第7話:交渉と騒動

 兵士には魔獣キラーの話が広まっていたのだろうが、民にまでは伝わっていないのだろう。

 見た事のない人がいると注目は集めているが、軽蔑する様な視線はどこにもない。

 ……いや、門番からすぐに俺の情報が警邏に伝えられたのだろう、そちらからの視線は軽蔑する様な視線になっていた。


『全く、面倒な奴らだのう』

「まあ、そう言うなって」


 俺も自分の立場を理解しているからこそ、問題は起こしたくない。

 見られるだけで、手を出される事がなければ問題はない。

 寄り道することなく港まで向かい、そこで商船の船長に声を掛ける。


「すみません。少し話をしてもいいですか?」

「……珍しいな」

「えっ?」

「ここの奴らは、俺たちに必要以上には声を掛けるなんてしないからよ」


 あぁ、そういう事か。

 内にこもる国民性だ。必要だから商船とのやり取りはしているものの、それ以上は関わらないというのがジーラギ国のやり方だ。


「それで、何の用だ?」

「俺はジーラギ国を出ようと思っているんですが、乗せていただく事は可能ですか?」

「国を出る? お前がか?」


 驚きの表情を浮かべた船長に、俺は事情を説明した。

 最初は解雇された奴なんて、みたいな視線を浴びていたのだが、その解雇理由に話が及ぶとあり得ない、といった表情に変わっていく。


「……おめえ、もったいないな」

「そうですか?」

「あぁ、もったいない。しかし、だからこそいいね」

「……?」


 何を言われているのか理解できず、俺は首をこてんと横に倒す。


「船に乗りたいんだろ?」

「えっと、はい」

「いいぜ。その代わり、魔獣が出てきた時の護衛として働いてもらうが、いいか?」

「もちろんです! ありがとうございます!」


 船長はニヤリと笑いながらそう口にした。

 まさか一回目の交渉で許可を得られるとは思わず、俺は大声でお礼を口にしながら頭を下げる。

 その行動を遠目から見ていた警邏の兵士が門番と似たような笑みを浮かべて、その場を離れていった。


「……おめえ、相当嫌われているんだな」

「まあ、そうですね。この国では、俺みたいなスキルは嫌悪の対象になりますから」

「おめえだったら、国を出てすぐに雇い手が見つかるだろうよ」

「……魔獣は、他国でも脅威なんですか?」


 ジーラギ国から外に出た事がない俺にとって、他国の情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。

 俺の問いに、船長は当然だと言わんばかりに頷いた。


「人間の天敵だからな。魔獣に滅ぼされた国も多くある。俺だって、魔獣から逃げて、逃げて、逃げて、今の仕事がある国でようやく落ち着けたんだよ」

「……そうだったんですね」


 そう言われて、どうしてジーラギ国は他国との外交を頑なに拒否しているのかと疑問に覚えてしまう。

 この国は実力主義であり、努力の国だ。

 だからこそ俺の魔獣キラーが軽蔑されてしまうのだが、個人の実力は折り紙付きだろう。

 他国を助ける事だってできるだろうし、軍を派遣する事で何かしらの見返りを要求する事も可能なはずだ。


「だから、おめえみたいな人材が外に出てくれる事を、俺は大歓迎だぜ」

「……ありがとうございます」


 船長はガイウスと名乗り、出発が1時間後になると教えてくれた後に別れた。


『この後はどうするのだ?』

「港で時間を潰すよ。町の中に行くと、まーたあの視線を浴びることになるからな」


 警邏は町の中を見回っている。

 そんなところにわざわざ向かう理由はないからな。

 海に向かって並んでいるベンチに腰掛けてボーっとしようかと歩いていくと――


「ちょっと、止めてください!」


 倉庫と倉庫の間、薄暗く細い通路の方から女性の声が聞こえてきた。


「……なんだ?」

『問題は起こしたくないのだろう?』

「まあ、そうなんだけど……」


 問題は起こしたくないが、女性の悲鳴を無視するのはさすがに心が痛む。

 商船の出発まで1時間と短いし、多少問題があったとしても、逃げる事はできるだろう。

 そんな計算をしつつ、俺は悲鳴が聞こえてきた細い通路へと向かった。


「……あんたら、何をしているんだ?」

「んあ? ひっく! ……てめえ、誰だあ?」


 真昼間から酔っぱらってるのかよ。


「女性の悲鳴が聞こえたんでな、様子を見に来た」

「た、助けてください!」

「……だそうだ。痛い目に遭う前に、手を放した方がいいぞ?」

「てめえ、俺たちに勝てるとでも、ひっく! 思ってるのかあ? ひっく!」


 数は三人。全員が俺よりも大柄な海の男。

 ……まだ仕事があるだろうに、なんで酒を飲んでるんだか。


「おらあっ! 死ねこらあっ!」

「遅いな」

「うおああっ!?」


 大振りで振り抜かれた右腕を掴み、肩に担いで、そのまま背負い投げ。

 背中を硬い地面に打ち付けて、丸刈りは白目を剥いて気を失った。


「て、てめえっ!」

「ぶっ殺すっ!」

「デン。彼女を頼む」

『む? 仕方ないのう』


 長髪と短髪の男が二人して突っ込んできたが、こちらも酔っぱらっているからか足取りはふらついている。

 こんな状態で、よく挑もうと思ったものだ。

 俺は二人の間に体を滑り込ませて後ろを取ると、長髪のこめかみに裏拳を叩き込んで壁に激突させる。

 何が起きたのかわからなかったのか、短髪の男はこの時点で動きを止めて気絶した長髪を見つめながら固まっている。


「……えっ? お、おい? ヒック!」


 おいおい、喧嘩の最中に動きを止めるなんて、バカじゃないのか。

 そのまま短髪の後頭部を鷲掴みにした俺は、渾身の力で額を逆側の壁に叩きつけた。

 わずかに壁に亀裂が広がったものの、見た感じでは分厚い壁だから、これくらいなら何の支障にもならないだろう。

 男たちが動かなくなったのを確認した俺は、襲われていた女性に視線を向けた。

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