閑話:エリカ視点

 ……あぁ、行ってしまった。

 私、ちゃんと気持ちを伝えられなかったのに。


「……はぁ。お前も難儀な性格をしているんだなぁ」

「……うるさいですよ、門番長は」

「直属の上司にうるさいとは何だ、うるさいとは」


 だって、本当にうるさいんですもの。


「……まあ、戻る前にレインズが言っていた事を説明してやるよ」

「あっ! そうですよ、門番長! 間引いていた魔獣が関係しているって?」


 大事な事を忘れるところだったわ。

 私は、レインズ先輩が魔獣を間引いている事は知っていた。

 ……そのおかげで、命を助けられたのだから。


「間引きの事は知っているよな?」

「はい」

「なら話は早い。んじゃあ、魔獣の進化条件は知っているか?」

「……魔獣の進化条件、ですか?」


 この質問には首を横に振る。


「まあ、知らないだろうな。俺も、レインズに教えられるまではわからなかった」


 そして、門番長は魔獣の進化条件を教えてくれた。

 話の内容を聞きながら、私は驚きの事実を知る事になった。

 ……あぁ、だからレインズ先輩はジラギースに残る理由を聞いてきたのね。


「でも、その事を統括長は知っているんですか?」

「レインズは何度も、何度も何度も、何度だって進言していた。だが、聞き入ってくれなかったんだよ」


 悔しそうにそう口にしながら、門番長は頭を乱暴に掻いている。


「……くそっ! 昨日の夜にも間引きはやってくれていたから、しばらくは大丈夫だと思う。だが、次の襲撃にはレインズがいない。……魔獣キラーが、いないんだ」


 魔獣は、倒されれば倒されるほどに、次の襲撃時には強く進化していく。

 つまり、今まで魔獣の相手をレインズ先輩だけに押し付けていたから、私たちは魔獣の進化に追いつけていない可能性がある。


「レインズだけに押し付けず、多くの兵士で倒す事で魔獣が進化するたびに俺たちも強くなれる。そうする事で、人間と魔獣は変な話だが、共存する事ができるはずだった」

「……魔獣キラーを持つレインズ先輩だから倒せた相手が、次は攻めてくるって事ですね?」

「あぁ。正直、俺は考えたくもないね。複数で当たっても、一匹を倒せるかどうかわからんぞ」


 ……統括長、本当に無能じゃないですか!

 っていうか、このままだとジラギースだけではなく、ジーラギ国が本当にマズい気がするわ。


「……んで、この話を聞いたエリカは、どうするつもりなんだ?」

「……どうするって?」

「だーかーらー! レインズも言ってただろう? ジーラギ国から出て欲しいってよ」

「……あ」


 そうだった。

 レインズ先輩は言っていたじゃないの。


『――達者でな。しっかりと考えて決断してくれよ!』


 ……私は、どうしたらいいのかな。


「……まあ、すぐに決断する必要はねえよ」

「えっ?」

「さっきも言っただろう? 昨日の夜も間引きをしてくれているってよ。俺とエリカに考えさせる時間を作ってくれたんだよ、あいつは」


 ……まさか、そこまで考えてくれていたの、レインズ先輩は?


「ってなわけで、俺たちは考える時間を貰えたんだ。一応、統括長には俺から進言はしておくが、エリカは自分の事だけを考えておけよ」

「……はい、わかりました」


 門が近くなってきた事もあり、門番長は先に歩きながら軽く手を振って進んでいく。

 さっきはレインズ先輩に挨拶をしなかった門番の二人がヘコヘコしている姿を見て、何だか嫌な気分になってしまう。


「……私がここに残っていた理由なんて、一つしかないのに」


 私は、レインズ先輩に命を助けられた。

 それまでは私も他の兵士たちと同じように、魔獣キラーだというだけでレインズ先輩を毛嫌いし、遠ざけていた。

 それを知っていたはずなのに、あの人は森の哨戒中に魔獣に襲われていた私を助けてくれたんだ。

 一緒に任務に就いていた人たちは自分の身を守るのに必死で、助けてはくれなかった。

 それどころか、助けてくれたレインズ先輩に文句を言う人までいたくらいだ。


「……昨日と同じじゃないのよ」


 その日からだ、私が変わったのは。

 魔獣キラーというスキルがあるだけで、遠ざけるなんて事はしない。むしろ、今まで遠ざけていた分、必死にかかわり合おうとしていた。

 それは罪滅ぼしだったのか? 違う、きっと私の心も変わったからだ。


「……私は、レインズ先輩が好き。レインズ先輩がいたから、ジラギースに残っていたんだ」


 今のジラギースにレインズ先輩はいない。なら、私がここに残る理由は何一つとしてないのだ。


「……なんだか、あっさりと決断できちゃったわね」


 一度気持ちが固まると、とても晴れやかな気分になっていた。

 統括長とのやり取りは門番長に任せちゃおう。

 私は、その時が来るまでは門番長の愚痴の一つくらいは聞いてあげてもいいかな、って気分になっていた。

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