第3話:ジストの森へ

 向かった先はジラギースから南に位置しているジストの森。

 ここには魔獣が生まれ落ちると言われており、時折兵士が巡回に向かい魔獣狩りを行っている。

 ……まあ、門番に配属されてからは七日に六日は俺が出向いてたけど。


「今考えれば、あの時から俺の事を切るつもり満々だったのかもしれないな」


 木々の隙間から覗く青空を見上げながら、そんな事を呟いてしまう。

 さて、俺はすでにジストの森に足を踏み入れている。

 整備された道を進みながら、人の気配を探っていく。

 すると、遠くの方で騒々しい物音が聞こえてきた。


「気配を探る必要もなかったか。って、そんなことを言っている場合じゃないな」


 戦っているのは十中八九、あいつだろう。

 あの出来事があってからはあいつも鍛えているし、魔獣を相手に油断するなんて事もないだろうが、手助けが必要なら加勢しなければならない。

 魔獣の気配もあちらこちらから伝わってくるので、これは加勢が必要になるだろうが。


「……いた」


 戦っているのはあいつも含めて五名の兵士。

 あいつは一人で一匹、残りは二人で一匹と戦っているが、分が悪いな。


「助太刀するぞ!」


 腰に下げていた剣を抜き放ち、一気に加速する。

 突然の声に驚きの表情を浮かべていたのは、あいつ以外の四人だ。


「あちらをお願いします、レインズ先輩!」

「おう!」


 あいつなら、一人で一匹を倒すのも問題ないだろう。

 というか、二人で一匹を抑える事しかできないこいつらの方が問題だ。

 魔獣はどちらもヘビーベア。

 こいつらが抑えていたのは小さい個体、子供のヘビーベアだ。これくらい、俺ならば――


「一刀だ」


 指示に従い、俺は子供のヘビーベアの一匹の横に回って横薙ぐと、その首が飛んで血が噴き出す。

 首を失ったヘビーベアが倒れるのを見届ける事なく、俺は進行方向を直角に変えてもう一匹の子供のヘビーベアへ。

 剣を振り上げて突っ込んでいき、渾身の一振りを見舞う。


 ――ザンッ!


 俺の一刀は、首だけではない。その大きな図体を、頭から左右に両断した。

 地面に血だまりができていくのと同時に、俺は反転してあいつを助けようと駆け出そうとしたのだが、その必要はなかった。


「はあっ!」

『グルアアッ!?』


 あいつの剣は鋭く、速い。

 その分、軽くもあるので一撃の重さはないが、何も一撃で決める必要はない。

 足を傷つけ動きを奪い、腕を落として反撃を減退、そして牙を向けられればカウンターを狙い首を刎ねる。

 素早い身のこなしから、全ての攻撃を的確に命中させたあいつの剣は、一番の強敵である親ヘビーベアを一人で仕留めてしまった。


「……さすがは、エリカだな」

「レインズ先輩! 今日は非番ではなかったんですか?」


 親ヘビーベアを倒したエリカは、疲労など感じさせないような笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。


「……ったく、本当に何をしに来たんだか」

「卑怯者は必要ないだろう」


 しかし、助けたはずの相手からは心を抉るような言葉が投げ掛けられる。


「み、みなさん、どうしてそのような事を!」

「卑怯者は卑怯者だろ」

「鍛錬もサボる怠け者でしょ? さっさと消えてちょうだいよ」


 そして、四人は俺に背を向けてジラギースへと戻っていった。


「……あの、レインズ先輩」

「あー、いや、慣れているから気にするな。それに……あいつらが言った通り、俺は目の前から消える事になったからな」

「……えっ?」


 ここで話す内容でもない気がするが、俺は門番を不当解雇された事をエリカに伝えた。

 最初は目を見開き、口を開けたまま固まっていたが、徐々に拳を握りしめ、体が震え始めた。


「というわけで、俺はあいつらからも、エリカの目の前からも消える事に――」

「ふっっっっざけないでよ! 先輩は門番として20年間も働いてきたじゃないですか! それを、いきなりの不当解雇って、あり得ませんよ! 私が統括長に直接文句を」

「それを止めてもらうためにここまで伝えに来たんだよ! 面倒を増やすな!」


 今にも走り出そうとしたエリカの腕を取り、俺は盛大にため息をつく。


「こうなったらもう終わり。覆すことはできないんだよ」

「でも!」

「でももくそもない。エリカはエリカのために、これからもしっかりと働けよ。……いや、それもちょっと考えものかもしれないな」


 エリカにはしっかりとした給金を得られる職に就いていてもらいたいが、それも俺がいた場合のみだ。

 このままではジラギースは……ジーラギ国は、色々と難しくなる。


「……どうしたんですか、レインズ先輩?」

「ん? いや、なんでもない」


 この宣言をするには、エリカしかいない場ではちょっと問題だろう。

 ……正直、エリカは考えなしだからな。


「俺は明日にでもジラギースを発つ」

「レインズ先輩!?」

「だから、ちょっと見送りに来て欲しいんだよね――ガジルさんと一緒に」

「……門番長と?」


 考えなしのエリカだけでは心配だから、ガジルさんと一緒に聞いてもらった方がありがたい。

 それに、もろもろの事情はガジルさんが知っているしな。

 という事で、俺とエリカもジラギースへと戻るのだった。

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