第1部 出会い

第1話 

その生徒ーーー中路なかみちたけるくんを見た瞬間、嫌な予感がよぎる。


タケルくんの顔は知らなかったが、彼が楽しそうに話しかける女性は俺がよく知る女性で、その2人の雰囲気から、彼がタケルくんに違いないと思った。


彼女が俺に、生徒の演奏を聴いてほしいなんて言ってきたのは初めてだ。


細身で、高校生らしいヒョロっとした青年と話す女性。

1年半ぶりに見る彼女は、相変わらず若くて、とても30代には見えない。

2人の間に割り入って話しかけようか迷いながら、彼女を見つめ


俺は、俺たちが高校生だった頃を思い出しはじめたーーー



俺が初めて彼女を見たのは、高校の入学式。

なんとなくぼんやりした顔で桜が舞い落ちるのを眺めている姿に、分かりやすく一目惚れ。


この世に、こんなに分かりやすく「好き」と感じることがあるんだろうか、と思うくらいに、好きという感情が一気に体中を支配する。


しかしクラスも別れてしまい、彼女に話しかける機会が得られないまま1年が過ぎ、2年に進級した頃に、思わぬチャンスが訪れた。


「北山くん、僕の伴奏してくれないかな?」


2年で同じクラスになったバイオリン専攻の同級生が話しかけてきたのだ。


「え?君塚くんの伴奏は確か…」


「去年は仲のいい友達に伴奏してもらったんだけど、北山くんのピアノが好きで…どうしても君に伴奏してもらいたんだ」


そう、君塚きみづか康平こうへいくんのことは正直よく知らない。

楽器も違うし、それほど興味はなかったけど、一目惚れの相手である小宮山こみやまはるかさんが伴奏をしていることは知っていた。


男女ペアで伴奏をすることは音楽高校ではそれほど珍しくないものの、小宮山さんが男子の伴奏をするのは、あまり気持ちのいいものではなかった。


「でも、小宮山さんは?」


「はるかちゃんには、もう話してあるから、そこは気にしなくていいから!」


「そんなこと言って、実は気分悪くさせてないよね?」


別に伴奏してもいいけど、そのせいで小宮山さんと変なヒビが入ったら困る。

友達はおろか知り合いにすらなれていないのに、嫌な印象を与えてしまえば目も当てられない。


「むしろ、はるかちゃんもその方がいいって言ってくれてるけど…北山くんが気にするなら、あとではるかちゃん連れてくるよ」


「小宮山さんを?連れてくる?」

「うん」


その言葉に、俺は乗ることにした。

1年間様子を伺いながら、接点がなかった一目惚れの相手と、話す機会が得られるなら


「小宮山さんと話して決めるよ」

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