part2 IRU──興味関心調査部隊──

 放課後。


 舞、心咲、椋子の三人はそれぞれ、白い長袖のシャツに淡い色の長ズボン、タオルを首にかけ、履き慣れた運動靴に軍手、リュックサックという、『捕虫網とケースがあればすぐにでも昆虫採集に移行出来そうな服装』で集まっていた。


 因みに、この三人はこのような着替えを常に持ち歩いている。


「動画見る限りこの辺に落ちたって感じだけど……」


 心咲は、スマートフォンで件の火球が落下する動画を見て、顔を上げて周囲を見渡し、


「美術館とか公園の敷地だよね?」


 三人がいるのは、冰山市郊外の山間にある、冰山市立美術館とそれに併設されるように作られている公園、その中間だ。平日の午後か、気温が三十度を超えているからか、あるいはその両方なのか、人影は見当たらなかった。


「だから言ったでしょう?」


 舞が溜め息交じりに言う。


「誰でも出入り出来るし、火球が落ちてから三日も経ってる。もう探し尽くされてるよ」

「それでも調べるのが、いつものアタシらIRUでしょ」


 椋子の物言いに、舞は小さく肩をすくめた。


「さて舞ちゃんや、普通の石ころと隕石の見分け方ってどうすればいいの?」

「あ、はい。隕石には、大まかに分けて、石質せきしつ・鉄・せきてつの三種類があるんだ。最もよく採取されるのが、石質隕石。これは、地球にある石とあまり見た目は変わらないみたい。鉄隕石は名前通り金属質な見た目で、99%が鉄とニッケルの合金。で、石鉄隕石は、石質と鉄が混ざった見た目なんだけど、こう……どう表現すればいいかな……とりあえず、一目見て『これだ!』ってなるやつ。画像見せた方が早いまであると思う」


 舞はそう言って、大学に附属している図書館のサイト、隕石学入門と銘打たれた項目を見せた。

 サイトには隕石の画像が載せられていて、よくある石と大差ない見た目、人工物のようにも見える金属の塊、そして、


「あー……石質の隙間に鉄がある?」


 そう言った心咲の頭には、疑問符が浮かんでいた。


「成程ね。これは例えにくいかも」

「ん、これ他と比べて非常に稀って書いてあるけど?」


 心咲が文章を指でなぞりながら言った。


「あ、本当だ。舞ちゃんこれ、見つかったら奇跡レベルとか?」

「どうだろう? 新聞とかニュースサイトに取り上げられるんじゃない?」

「そうなったら……IRUわたし達の名前が世界に轟くの⁉ 凄くない⁉」


 心咲が興奮した様子で言った。


「まあ、大前提としてまずないだろうけど、ね。で、続きなんだけど」


 舞は苦笑しながら言い、説明を続ける。


「多くの隕石には、大気圏での摩擦で表面が溶けて形成される、けて合したって書いて、溶融殻っていう構造が見られるんだって。この部分」


 舞が石質隕石の黒い部分を指して言った。


「……何か、焼きチョコみたいだね」


 椋子が言ったのを聞いて、心咲が小さく吹き出した。


「ふふ、確かに。ちょっとお腹減ってきたかも」

「ん、じゃコンビニまで戻る? 今なら全部奢るけど」

「それはダメ」「却下でーす」


 舞の提案は即座に棄却された。


「ちぇー……」

「どうせそのままズルズル帰宅させる方に誘導する算段でしょ?」


 心咲に言われて、舞はギクリとした表情を見せた。


「ぐ、バレてたか……」

「観念しなさいな。続きどうぞ」

「はーい……」


 舞は諦めた様子で返事をして、軽く咳払いして続きを話し始めた。


「溶融殻についてなんだけど、隕石の外側にはあるんだけど、内側にはないんだ。多くの隕石は落下時に高温になって、爆発して飛び散るから」

「ん、つまり、石質隕石で内側の物を見つけるってなると、専門家に見てもらう必要ある?」


 心咲の疑問に、舞は首肯した。


「そう。鉄でも石鉄でも、そうなる。ついでに所有権を主張出来るかって問題もある。美術館とか公園、要は私有地に落ちてたら、地面にめり込んでるか、とかで変わるらしいけど……その辺は、ちょっと判らない」

「何にせよ見つけないと『捕らぬ狸の皮算用』、って訳だ。説明は何か残ってる?」


 椋子に聞かれて舞は少し考え、


「大体話したはず。抜けてたらゴメン」

「了解! じゃ、調査開始! 各自散開!」

「あ、スズメバチとかウルシとか気を付けてね。あと水分補給!」

「はーい!」「はーい!」


 舞の付け足しに答え、心咲と椋子は別々に周囲の探索を始めた。


「…………」


 舞は、二人の注意が自分から逸れたのを確認してから、険しい表情で周囲を見渡した。


 まるで、何かを警戒しているか、或いは──。



§



 二時間程経過した頃。


「おーい、何か見つかったー?」


 水分補給を終えた椋子が、安否確認も兼ねて舞と心咲に聞いた。

 先に答えたのは、舞だった。


「いいや、何にも! 見つかったのは、落ち葉と枯れ枝とアリんことミミズくらい!」

「こっちも何も……あーっ!」


 何気なくコナラの木を見上げていた心咲が、大声で叫んだ。

 舞と椋子が心咲を見た。


「どした⁉ 何かあった⁉」


 心咲は椋子の問い掛けに答えず、「えいっ!」と気合いを入れて木を蹴り飛ばした。そうして樹上から地面に落ちた何かを拾い上げた。


「これ見て!」


 心咲が、拾い上げた何かを嬉しそうに見せる。

それは、赤褐色の甲虫だった。細く鋭く、かつ美しく湾曲した長い大顎を持っている。即ち、


「ノコギリクワガタ!」

「何だ、ノコギリか……」

「椋ちゃん、そんなガッカリしなくても……」

「だって、メインクエストじゃないし」

「ぐ……でも、めっちゃ大きいよこれ?」

「どれ?」


 舞が心咲に近寄り、ノコギリクワガタを見た。


「わ、凄い。測ってみるね」


 舞はそう言って、リュックサックからデジタルノギスを取り出し、粛々と測定を始めた。

 やや気まずそうに椋子が近寄り、そして、三人揃って目を丸くした。


「……マジか、76ミリって」

「うわあ……持って帰りたいのに、今日に限って持って帰れる入れ物がない……」


 それを聞いて、椋子が何かを思い出したような表情になった。


「あ、んじゃタッパー貸す?」

「本当⁉」


 悔しそうな表情が、打って変わって嬉しそうなそれに変わった。


「こんな事もあろうかと、ってね。これ、一回言ってみたかったんだぁ」

「ありがとう、助かる! 洗って返すね!」

「ん、頼んだ」

「むぅ、私も一匹くらい見つけ……」


 舞は、言い切らずに黙り、遠くの方、一点を見つめ始めた。


「……舞ちゃん?」

「……二人共、帰ろう」


 舞は心咲の問いに答えず、静かに告げた。


「え?」

「で、でもまだ二時間も経ってないじゃん。隕石だって、それっぽいのすら見つかってないし」

「駄目だ!」


 舞の怒鳴り声が椋子の声を遮った。

 さっきまで大合唱を続けていたセミまでもが一斉に黙る程、重く鋭い声だった。


 五秒程経ち、セミが合唱を再開し始めて、舞はようやく我に返った。


「あ……その、ごめん」


 心咲が不安そうな表情を浮かべた。


「……どうしたの?」

「その……嫌な気配がする。胸がざらざらする」

「どのくらい?」


 舞は視線をあちこちに向け、暫く考えた。迷っているような様子だった。

 ややあって、舞が口を開いた。


「去年、さ……洪水、あったじゃない?」

「ああ……」「うん」

「あの時、私達で連絡取り合っててさ、言ったじゃない? 嫌な感じがするって。その後、川が決壊して……。あの時より、ずっと嫌な感じ。生まれて初めて、くらい」


 心咲と椋子は、黙って顔を見合わせた。

 椋子が、「念のためなんだけど」と前置き、舞に聞く。


「疑う訳じゃないんだけど、さ。帰るための嘘でなくて?」

「それだったら、最初から一人で帰ってる」

「…………」


 椋子は舞の返答を聴き、ゆっくりと頷いた。


「分かった。撤収しよう」

「いいの?」

「こういう時の舞ちゃんの勘に、何度も助けてもらってるじゃない。電車を乗り間違えそうになった時とか、山登ってて土砂降りになる前とか、さ。無碍むげにしない方がいいと思う」

「……そう、だね。舞ちゃん、この子クワガタ、帰っても大丈夫そう?」


 舞は、心咲の持つノコギリクワガタを見て、


「大丈夫だと思う」

「分かった。ありがと」


 そうして、各々が帰り支度を済ませ、三人は早々に撤収したのだった。




 その日の夜からだった。

 私達の周りで、不可思議な事件が起き始めたのは。

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