第一章 星の欠片が降り注いで

part1 コペルニクス

 二〇二〇年七月十日の朝。福島県にある、こおりやま中学校に通う中学一年生女子の真野まの まいは、1-E教室の自分の席で科学系の雑誌を読んでいた。


「宇宙、か……」


 呟いた舞の眉間には、皺が寄っていた。


「舞ちゃん、おはよう!」「はよーっす」

「ふえ! あ、おう。二人共、おはよう」


 急に呼ばれたからか、舞は驚いた様子で返した。


 元気のいい挨拶をした方は、水野みずの さき。気の抜けた挨拶をした方は、かわ 椋子りょうこ。二人共、舞の友人だ。


「ビックリした?」

「何で楽しそうなの、心咲……? ビックリしたよ。長引いてた風邪、治ったばかりなのに勘弁してって」

「あはは、ごめんごめん。で、何読んでたの?」


 心咲が舞の持つ雑誌を確認すると、タイトルらしき『Copernicus』の文字と、どこかの星団の写真が表紙を飾っていた。


「こぱーにかす?」

「コペルニクス」

「あ、そう読むのね。宇宙の本なの?」

「そ、今月号のやつ」


 二人のやり取りを見て、椋子がああ、と呟く。


「それ毎月買ってるやつか。先々週に出たんだっけ?」

「そうそれ」

「宇宙かあ。ロマン、ってやつだね!」

「…………。うん……」


 心咲のウキウキした声に、舞は何とも言えない表情で答えた。

 椋子は、舞の表情を見て首を傾げた。


「ん、何か今日元気なくない? まだ体調悪いの?」

「いや、えっと……そう、寝不足」

「へえ、珍し。居眠りしてたらそっと起こすからね」


 ニヤリと笑った椋子を見て、舞は引き攣った笑顔を向けた。


「はは、お手柔らかに……」

「どうしよっかなあ? ……で、宇宙ってワードで話したい事があるんだけど」

「? どったの椋ちゃん?」


 舞と心咲が視線を向けるのを確認してから、椋子が話し始めた。


「ほら、一昨々日さきおととい、えと、三日前の夜十時くらいにさ、火球? が近くの山に落ちてきたじゃない?」

「ああ……」「うんうん」


 舞と心咲が各々頷いた。


「あれ、落ちてきた時から変だって騒がれてるじゃない?」

「あー、確かに、テレビもネットもずっと持ちきりみたいね」


 心咲がおとがいに指を当てて言った。


「色が変だ、挙動が変だ、とかね。で、どう見てるよ?」


 舞は、話を振られたと気付かず、心咲と椋子に視線を向けられた事でようやく自分を指差し、


「……へ、私?」

「うんそう。だって、宇宙の事めっちゃ詳しいし。専門家の意見って事で」

「いやいや、全然そんなんじゃないよ。精々フリー百科事典レベルだし」


 舞は困った様子で首を横に振ったが、椋子は引き下がらなかった。


「またまたあ。アタシが今から調べるよりかは知ってるでしょ? ネネ、いいだろう?」

「何その喋り方……分かったよ」


 舞はあっさりと、諦めた様子で話した。


「ありがとう! 話が分かるなあ!」

「自分用の現状確認のためにも、ね。では……」


 そう言って、舞は軽く咳払いした。


「まず火球とは何ぞやなんだけど、流星──流れ星の一種で、その中でも特に明るいものを指すの。大気中で蒸発しても、隕石になって地表に落下しても、どっちでも火球。最近だとほら、八日前にも千葉県の習志野市に落ちてたでしょう?」

「ニュースでやってたね」


 心咲が思い出した様子で答えた。


「そうそう、音と光が凄かった、ってね。で、こないだの火球なんだけど──」


 舞は一度区切り、親指と人差し指を立てた。


「椋子の言ってた変な点から、色と挙動なんだけど──赤と青の螺旋を描いているようだった。だよね?」


 椋子が頷いて、疑問を口にする。


「そう。挙動はともかく、流れ星ってそんな色するのか、って話でさあ。どうなの?」

「ええと、流星って炎色反応、要は金属とかが燃えて色がついて見えるんだけど……あんな風になるっていうのは聞いた事ない、かな……」

「じゃあ初めての事とか? だったら凄いかも! 観光地になったりするのかな⁉」

「うーん……」「だと、良いんだけどさあ」


 舞と椋子の険しい表情を見て、心咲は目を瞬かせた。


「……え、何? 何なのこの空気?」

「心咲さ、火球がどんな風に落ちたか、知ってる?」

「え? 凄い音を立てて発光したまま、裏山にズドーン、って。辺りを光で包んで、光が消えて、おしまい」


 舞の問いに、心咲は読点毎に指を折りながら答えた。


「似たような絵面、ってだけなんだけどさ。七年前にさ、ロシアのチェリャビンスク州に隕石が落ちたでしょう? あの隕石で建物が四千五百棟壊れて、怪我をした人が千五百人くらい出たんだよ? 今回のはどうだった?」

「え……あ! 建物にも人にも被害がない!」


 驚いている心咲を見て、椋子が頷く。


「そーゆーこと。怪奇現象だよなあ、って考えてた。舞ちゃんもだよね?」


 舞も無言で首肯し、三人でうーん、と唸りながら考え、


「……『宇宙からの色』、みたいな?」


 心咲が真面目な表情で言ったのを聞いて、椋子が噴き出した。


「いやそれシャレになんないってば! ここら一帯滅びるってぇの!」

「や、まあねえ。弱点が判らないから対処しようもないし」

「弱点判明しててもそれ用意出来るかは怪しいけどねぇ。……ところでさあ舞ちゃん」


 ケラケラと笑う二人を微笑ましく見ていた舞は、少し驚いた様子で答える。


「な、何でしょうか椋子さん」

「火球が落ちた辺りって、ここから歩いて行けるっけ?」

「え、その話題終わったんじゃなかったの?」

「終わってないよ?」


 当然と言わんばかりに返した椋子を見て、舞の顔が青ざめていく。


「え、何か、いやあな予感……」

「さぁてねえ。して? どうなの?」


 舞は少し考え、言いにくそうに答える。


「……ここから歩いて三十分もかからない所だけど」


 それを聞いて、椋子の目が爛々と輝いた。


「近いじゃん! じゃあ放課後、三人でそこ行ってみない? もしかしたら隕石見つかるかも!」

「あ、いいね! 楽しそう!」

「いや、もう調査されてるでしょ、見つからないでしょ……」


 楽しそうな心咲と椋子に対し、舞は眉をひそめている。


「いやいや、調査を掻い潜ったのが見つかるかもじゃん?」

「ええ……何にもないよ。だって、」


 舞はそう言いかけて口をつぐんだ。


「だって、何さ?」

「い、いや。なんでもない。『だって』は何かこう、ポロって出てきた。それだけ」


 舞は椋子の不審そうな視線を浴びせられ、慌てて弁明した。


「ふーん……まあいいや。とにかく行ってみよう。行くだけなら問題ないでしょ、ね!」

「いや椋子、それ、『だけ』にならないやつでしょ」

「それは行ってから決める! よおっし、興味関心Interest調査Research部隊Unit、出動!」

「おー!」「おー!」

「……お、おー……」


 舞だけが、最後まで乗り気でなかった。

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