メリークリスマス・フォーユー

水城たんぽぽ

12/23 23:59

 あわてんぼうのサンタクロース。

 そんな名前の歌があったはずだ。


 クリスマスよりも前にやって来て、鐘を鳴らしていく、たったそれだけ。

 それなのに、昔はずいぶんこの歌を気にしていた。

 大した理由じゃない。


 どうしてサンタさんは慌てていたんだろう。そんなことを考えていたんだ。

 歌の中では語られない。ただ、あわてんぼうだ、ということ以外には何も分からない。そんなサンタクロースの真実ってやつが気になった。

 周りの誰に聞いてもそんなことを考えている奴はいなくて、だから多分、俺は変わり者の部類に入っているんだろうと思う。


 本当にサンタは慌てていたんだろうか。ただうっかり日付を間違えたんだろうか。

 もしかすると何か、やむを得ない事情があったんじゃないだろうか。

 クリスマスにはまだ早いと分かっていながら、それでもどうしてもベルを鳴らさなければならないような理由が何か、あったんじゃないだろうか。


 いつからだったか、頭の中にはそんな仮説が浮かんでいた。そうするとなんだか、サンタクロースはうっかり者の汚名を着てまでクリスマス前に来なければならない理由を成し遂げて、そのくせ歌の中でも弁明一つしない不思議な誰かであるように感じられた。

 それは、誰でも思い描くステレオタイプなサンタクロース像よりもずっと、ミステリアスな存在に思えた。

 言い訳の一つもできただろうに決してそれをしない、義理堅い人格に思えた。どうしてなんだろうという疑問で自分の頭の中から決していなくならない、妙な存在感と魅力を持つ誰か。それが、幼い頃の俺が思い描くサンタクロースだったんだ。


 耳と、頬と、額を冷たい風が打つ。澄んだガラスのような空気を真っ二つに裂きながら、冷たいを通り越してむしろ痛いそれに目を細めつつも俺の目は確かに夜景を見ていた。真っ暗な空には月なんか見えない。そのかわりに白い雪の粒がちらほらとイルミネーション代わりに散りばめられていて。

 眼下には――いいや、ちょっと違う。正確には、になるが――いくつも並んだ人工の灯りが瞬いている。無機質な白ばかりかと思えば、よく目を凝らすと赤だの水色だの、ちょっと黄色がかったものだのと案外バリエーションに富んでいる。

 ふう、と吐いた息は真っ白で、口を出た途端に顎の方へと流れていった。


 頭を下にして、高度三千メートルの位置から、真っ逆さまに落下中。

 そんな状況で、それでも俺の頭は実に冷静だった。それはきっと、ずっと気にしていた答えを自分なりに得たからなんだろうと思った。


 ゆっくりと瞼を閉じる。

 ごうごうと、空気を切り裂いて落ちていく自分の音が耳を叩き続ける。

 落下まであとどれくらいだろう。五秒? 十秒? もっとかかるだろうか?

 なんにせよ、この高さから落ちればきっと全てが終わるんだろう。

 そう思いながら、それでも。

 俺の心はこの一カ月弱の間で一番落ち着いていて、満たされていた。

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