幼女信長の異世界統一

舞阪 洸/ファミ通文庫

プロローグ


 ベハルガッド地方の雄、アルザシャン三世は、ロゼリア・ロマネスコとの決戦に敗れ、自らの居城、ガルガルジェン城に逃げ戻ってきた。


 五万の大軍を率いて城を出たアルザシャン三世だったが、いま彼に従う兵は一万二千しかいなかった。城内に残しておいた三千と合わせても一万五千だ。一方、ロマネスコ軍には三万余りの兵がいた。それほど大きな損害が出ていないから、今でも三万ほどはいるだろう。となると、敗残兵の一万五千を率いて討って出ても勝機は薄い。


「くそくそくそ、どうしてロマネスコの兵はあれほど強い!? そもそもロマネスコ軍を率いているのは十を幾つか過ぎただけの童女だと言うではないか。あり得ないあり得ないあり得ない!」


 野戦を諦めたアルザシャンは、籠城して援軍が来るのを待つことにした。一万五千の守兵がいれば、三万の敵に攻められてもガルガルジェン城がお陥ちることはない。それがアルザシャンの読みだった。しかし、援軍が来るまで四、五日はかかるだろう。

(そのくらいなら問題はない。三万に攻められたからといって、この堅城が一日や二日で落ちることなどあり得ないからな)


 アルザシャンが籠城の備えを大急ぎで進めさせていると、やがてロマネスコ軍の三万が押し寄せてきた。現れたロマネスコ軍は、息つく間もなく陣替えを行い、あっという間に包囲網を完成させてしまった。


 ガルガルジェン城はヨシュギ山塊がムルグレン平野に突き出した突端部直下に建っており、背後は急峻な斜面になっているが、そちらを除いた平野側の三方を、三万余りのロマネスコ軍が埋め尽くした。


「早い。奴ら、疲れるということを知らんのか。だが、包囲されても城内には水の手もあるし、食糧だって十分にある。五日や六日の籠城で兵が飢えることはない。急追撃してきたロマネスコ軍は十分な兵糧の用意ができていないはず。じっくり腰を据えて籠城していれば、やがて援軍が来る。そうなれば奴らは撤退するしかない。そのとき討って出て背後を襲えば、今度は奴らが大敗を喫する番だ」


 堅城で名高い高いガルガルジェン城の防御力に絶対の自信を持つアルザシャン三世は、三万に囲まれても動揺することはなかった。攻め寄せてくるなら敵の犠牲が大きくなるからこちらにとっては好都合だ、くらいに考えている。しかし、城に籠もる兵はそうはいかない。つい先日、野戦で痛い目に遭ったばかりの兵たちは、ロマネスコ軍の強さが身に染みている。兵の士気はアルザシャンが思っていたよりも低かった。

 そんな兵たちの雰囲気を感じ取ったアルザシャンは、さすがに焦りを覚えた。


(このままでは不味い。堅城は、精兵が籠もるから堅城たり得るのだ。臆した兵ばかりでは、堅城もその実力を発揮できない)


 眼下の平野に展開を終えたロマネスコ軍を本城の尖塔から見下ろしたアルザシャンは、改めて援軍要請の密使を送り出そうとする。使者の行き先は、アルザシャンの叔父に当たるベルジオット地方の太守、サーシャルシャンである。サーシャルシャンは二万近くの兵を動員できるはずだから、彼の援軍が来れば兵数で互角以上になる。たとえ同数だとしても、前後に敵を受ける形になるロマネスコ軍は包囲網を維持し続けられず、撤収していくしかない。援軍を見れば城内の兵の士気は確実に上昇するから、サーシャルシャンの軍勢と連携して退却するロマネスコ軍に襲いかかれば、大勝利は間違いなしだ、というのがアルザシャンの戦術だった。

 そのためには、どうあってもサーシャルシャンの援軍が必要となる。


「何が何でも三日以内に援軍を引き連れてこい」


 アルザシャンは使者の尻を叩いて送り出した。


 2


 使者が密かに城を出て背後の山域へ踏み込んでいったのと入れ替わる形で、ロマネスコ軍の総大将、ロゼリア・ロマネスコからの使者がガルガルジェン城を訪れた。最初は斬り捨ててやろうかと思ったアルザシャンだが、考え直した。

 十に満たない年でロマネスコ本家の当主になり、その後まだ数年しか経っていないというのに、今では三万の軍勢を率いてこの地まで遠征してきた。そんなロゼリア・ロマネスコが何を言ってきたのかということにアルザシャンは興味をそそられた。そこで、とりあえず彼女からの使者を引見することにした。

 王の間に現れた使者は、三世王に一礼すると、堂々とした態度で口上を述べた。


「今からロゼリア・ロマネスコ様のお言葉をお伝えする。一字一句、聞き漏らさないよう傾聴していただきたい」


「御託はいい。さっさと述べよ」


 苛ついた顔でアルザシャンが促すと、使者は巻紙を広げ、そこに書かれている文章を読み上げた。


「我はロゼリア・ロマネスコ。ロマネスコ家当主である。我が名において、ベハルガッド地方を治めるアルザシャン三世王に告げる。直ちにガルガルジェン城から退去せよ。さすれば貴殿及び麾下きかの将兵の身の安全は保証しよう。だが、退去しない場合、麾下の兵は城を枕に討ち死にすることになる。無事に退去するか、全滅するか。貴殿が選べるのはこの二つの選択肢のどちらか一方だ。すぐに決めるがよい」


 かっと頭に血が上ったアルザシャンは、自らの手で使者を斬り捨てようかと剣に手を伸ばしかけ、すんでの所で思いとどまった。自分が招き入れた正式な使者を斬ってしまったら、今後、あらゆる場面で交渉事が一切不可能になる。戦だけではない。敵対国にせよ友好国にせよ、外交交渉もできなくなるだろう。為政者として、軍事指揮官として、それは避けなければならない。

 葛藤するアルザシャンに向かって、使者は残りの文言を読み上げた。


「これがロマネスコ家当主、我、ロゼリア・ロマネスコからの最後通告である。なお、我はロゼリア・ロマネスコであるが、かつて、我が国の者たちは我をこう呼んでいた。第六天魔王信長だいろくてんまおうのぶながと。第六天魔王の名に誓って、城を明け渡さねば貴様らを皆殺しにすることを約束しようぞ」


 ダイロクテンマオウノブナガというものが何を意味するのか、アルザシャンにはよくわからなかった。しかし、その不吉な響きに心が波立った。肌が粟立った。けれど王として、その怯みを、恐れを、使者にも部下にも見せるわけにはいかない。アルザシャンは自らを奮い立たせるように、使者に対して強気に答えた。


「一度の野戦に勝ったくらいでのぼせ上がるな、小娘が。そこまで大口を叩くのなら、このガルガルジェン城を見事にお陥としてみせよ」


 それが最終的な返答だと受け取った使者は、一礼して王の間を退去していった。去りゆく使者の背を見送りながらアルザシャンは、自分が何かとんでもない間違いをしでかしたのではないかという不安に押し潰されそうになった。


 3


 その日の深夜――。


 闇に紛れて背後の山に登ったロマネスコ軍別働隊の三千が奇襲をかけてきた。まさか深夜に山の上から攻撃されるとは夢にも思っていなかったしろ城がた方の兵は大混乱に陥り、何がなんだかよくわからないうちに防御線の一角を破られてしまった。この際、ロゼリアが用意した魔法兵団が大活躍をした。


 大量の火球を打ち上げれば、攻撃側は城内の様子を昼間のように把握できる。降り注ぐ魔法の火球は厄介で、地面に落ちてもまだ燃えさかっている。放っておけば、城内の建物に燃え移るかもしれない。城自体は石造りだが、石を支えるための骨組みは木製で不燃というわけではないし、城郭以外の倉庫群や馬房などは大半が木造建築だ。今夜は北東の風がやや強めに吹いているから、火は城の方へ燃え広がる可能性が高い。万一、倉庫に延焼したら備蓄してある食糧も燃えてしまう。守備兵は火を消そうと大わらわになった。そこをロマネスコ軍に突撃され、城壁を乗り越えられてしまった。


 籠城側の兵が慌てふためいたのは、火事になりそうだと考えたから、というだけではなかった。そもそも前線に出てきた多数の魔法士が魔法による攻撃を仕掛けてくること自体が常識外れの戦法だったのだ。


 鎧を着られない魔法士――金属と魔法は相性が悪い――は脆弱で、戦闘では使いにくい存在だった。魔法で攻撃すると目立つので、反撃を喰らいやすい。おまけに単体での魔法攻撃の威力はそれほど大きくない。だから魔法士は後方に置いておいて、負傷者や病人の介護に当たらせるのが関の山というのがそれまでの常識だった。魔法士の集団を攻撃部隊として運用するなど、常識外れもいいところだ。今まで魔法士をそんなふうに運用した武将はいなかったから、これはロゼリア・ロマネスコの独創と言えるだろう。もっとも本人は、以前にしたらがはら設楽原の戦いで武田軍相手に採用した大量の鉄砲手の戦場への投入と同列の話に過ぎない、と嘯くかもしれないが。


 それはさておき、山側からの攻撃に合わせ、夜間にも拘わらず平野側からも攻撃が開始された。無線も携帯電話もない世界だが、魔法で打ち上げた火球は、夜間故、平野側からも遠望できた。そのため連絡を取るまでもなく、攻撃開始のタイミングを合わせることが可能となった。山側と平野側から予想外の奇襲を同時に受けた守備部隊は大混乱を来した。そしてその混乱は、すぐに城全体へと波及していった。


 外郭を突破した奇襲部隊が城内に突入してくると、守備兵はそちらに気を取られてしまう。そのあいだに平野側から攻撃部隊の何隊かが城壁を乗り越え雪崩れ込んできた。それで勝敗は決したと言っていい。あとは逃げ惑う守備兵をロマネスコ兵が押しまくり、殺しまくるだけだった。堅城と謳われたガルガルジェン城は、たった半日の攻防でお陥ちてしまった。まさに電光石火の早業であった。


 旗色が悪いと見て取ったアルザシャンは、身内や重臣と共に夜明け前に城を脱出していたのだが、山中に逃げ込んだところをロマネスコ兵に見つかり捕らえられた。


 4


 翌日――。


 ガルガルジェン城に入城してきたロゼリア・ロマネスコの前に引き出されたアルザシャンは、噂通り、彼女が十を幾つか超えただけの小柄な童女であることに驚愕し、恐れおののいた。こんな子供に負けたのかという憤りと、こんな化け物が相手では負けても仕方なかったという諦観が心中で激しくぶつかり、渦巻き、アルザシャンは身悶えた。


「儂がロゼリア・ロマネスコだ、アルザシャンよ」


 女児特有の甲高い声で呼びかけられても、アルザシャンは小刻みに身体を震わすだけで、まともな返事ができない。


「愚かよな、アルザシャン。せっかく儂が降伏勧告をしてやったというに。その愚かさの代償は高くつくぞ」


 眩く輝くしろ白がね銀の鎧に身を包んでいる小柄な童女はやおら床几から立ち上がり、足下に跪いているアルザシャンに冷徹な視線を注いだまま無慈悲な宣告を下した。


「ロゼリア・ロマネスコの名において。いや、第六天魔王信長の名において、貴様はここで処刑する」

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