空飛ぶ島は秒で爆発する

「セイゾウ・セイコ様!」

 リインカが戦慄する。


「お知り合いですかな?」

「聞いたでしょ」マイペースな太田に女神は怒鳴った。「上位神様よ! ただ、転界では裏切り者扱いの!」

「そういえば上位神とやらはたまにお話に出ますな。お偉いさんでござるか、なのに裏切り者とはいかに?」

「この方は!」


「リインカ」

 説明しようとした女神を制し、花魁もどきのセイゾウは自ら発言する。

「そちらのお二方は存じておろうぞ。わっちの名前に覚えがあろう」


「「?」」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべた二人に首を傾げ、彼女は改めて告げる。

「……セイゾウ・セイコと申したのだぞ」


 一分くらい間が空いた。


「……セイゾウ!」ようやく、太田はポンと手を叩いて反応する。「四郎氏あれですよ、アルフレート卿が何やかんやあったと証言していた! 女性だったのですな」


「それは想起していたが」科学者も煮え切らない同意をする。「あれ、だからな。とにかく、貴様があのセイゾウだというのか?」


 花魁はキセルを吹かし、認める。

「さよう。アルフレートの語りしセイゾウこそが、このわっちぞ! 」


「「……」」


 衝撃の事実を発表したつもりがリアクションの薄い男二人に、上位女神は不安になる。


「……わかろう?」


「「いや」」


「お主ら、事情を耳にしておらなんだか?」


 そこで、太田は正直に述べた。

「何か話してはいましたが。よく、聞き取れなかったもので」

「おまえのせいだがな」

 四郎も回答し、セイゾウは愕然とする。

 まさか、会話中に攻撃しまくっていたので内容を把握していなかったとは予想だにしなかったのだ。

 そこで、彼女は強行手段に出る。

「……されば面倒」

 と。キセルが女神とオタクの足下を指すや、四郎は対抗する。


「〝アルクビエレ・ドライブ〟!」


 単純な突風を生み自分以外の二人を突き飛ばし、さっきまで彼らがいた下の地面が盛り上がる。

 それは瞬く間に槍のようになり、真上に伸びた。あのままいたら串刺しだった。

 だけではない、二人が動かされた先の地面にも即座に棘が発生。伸びようとする。

 が、四郎はそこにも対応していた。

 二人は新たな岩槍が突き出た地面をも超え、空中まで押し飛ばされたのだ。


「ちょ、四郎氏!?」

「あんた何すんの!?」

 抗議も空しく、二人は瞬時に無限の空を落下していく。


「ほう」花魁が感心する。「素早い判断じゃのう」


「リインカが裏切り者と言っていた、充分だろう。あれであの二人に危険もないからな」


「信頼しておるようじゃな。なれば、冥土の土産に教えてしんぜよう。わっちはアルフレートに力を示し神だと称し、魔王ネーションは裁きだと吹き込み人を裏切らせたのよ。あやつは騎士として過酷な戦場を渡り、人はいずれ断罪される愚かな生き物との認識に辿り着きし信心深き者であったからのう。迷うてはいたが」


「冥土の土産か」四郎はニヤリと笑った。「その発言はたいてい、死亡フラグだぞ!」


 途端。セイゾウはバランスを崩し、なぜだか上に飛んだ。

 四郎は空中に飛び出て気流を操作し、下へ飛翔。充分距離を置いたところで唱える。

「〝アルクビエレ・ドライブ〟!」


 浮遊する島が霧に包まれた。

 いや、周囲の空から微小な粒子が集まってきて雲のように島を包んだのだ。

 さらに一瞬後、


 爆発した。

 炎と煙は島全域を包み、集まった雲を巻き込んで地平の彼方まで到達する。


 頭上の爆炎をよそに降下した四郎は、どういうわけか宇宙空間のように中空を漂うリインカと太田の元に辿り着く。


「ど、どうなっているのですかな?」

 先に尋ねたオタクに、科学者は即答する。

「フィクションでお馴染み粉塵爆発だ」

「お~、よくありますなあ。どこに粉塵があったのかは謎でござるが」

 そういうものに親しんでいる太田をよそに、女神は不満げだ。

「ぜんっぜん、わかんないわよ!」


 溜め息を一つ、四郎は説明する。

「この異世界ダイロクノには大気中に微小な可燃性の塵があると、分析して捉えていた。それを集めて火の粉を起こしたんだ。一定濃度の可燃性粉塵が気体中に浮遊した状態で着火すると、酸素を元に引火が連続して爆発を起こす。これが粉塵爆発だ」


「なぜそのような粒子があると?」

 さらなる太田の問いに、続けた。

「単純な視力の強化だ。地球以上に地平線の彼方まで視認できたが、さらに遠方は不自然に見えなくなっていたからな」

「拙者のεὕρηκαエウレカも形無しですな」


「これは?」リインカは、空をじたばたしながらもっと問う。「羽ばたかなくても浮いてるのはどうしてよ?」


「ダイロクノには重力がない」

 答えたが要領を得ていなさそうな二人に、四郎は詳細を話す。

「島が浮いている時点でだが、あの島自体の質量では不充分にも係わらず上には地球と同等の重力があった。およそ秒速9.8メートルで島自体が常に上昇していたからだ。ここは地球平面説に基づいて考えられている世界に近いと判断した。さっきの塵にしても、地球が平坦ならもっと遠くまで見通せるはずという反論に対する言い訳として考案されているものだ」

 つまりアルクビエレ・ドライブで大地の動きを止めたために、備えていなかったセイゾウは慣性の法則で約時速60キロで上に飛ばされたわけだが、そこは二人が目撃していないので省略する。


「それより教えろ」

 むしろ、今度は四郎が女神に訊く。

「あいつは何者だ、上位神はどんなことができる? おそらく、あんな程度ではものともしないだろう」


「え、ええと」

 戸惑いつつも、リインカは回答する。

「天界の情報によれば、彼女も異世界の魔王になった神よ。行方不明だったけど、おそらくらこのダイロクノの魔王。上位神として無条件でできるのは世界の創造と操作よ!」


「そうさね」

 頭上を覆う黒煙の内部から、花魁もどきの託宣が響いた。

「木を隠すなら森の中。異世界ダイイチノ内にダイロクノを創造し隠しておうたのさ。ネーションが後から魔王になるとは想定しておらんかったが、倒した勇者が最初に潜入しようとは踏み、辿り着けば内部の情報を洩らさぬよう始末するつもりで待っておった」


 三人に見上げられる中、煙からゆっくりと姿を現したセイゾウは全くの無傷だった。

 悠々とキセルを吹かすや、妖艶な笑みで宣告する。

「一度入ればここからは死ぬまで出られん、そう設計したからのう」

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