島は秒で浮遊する

 未開地域で発見された通称〝浮遊島〟の調査志願者は、皆無だった。

 なにせ真下の洞窟で、全滅したはずの魔王軍最高幹部七魔大将との戦闘があったばかりである。

 四郎が人知れず魔王ネーションを倒すまで、彼女はもちろんアルフレート・フォン・ベッケンバウアーに勝てた者も誰一人いなかったのだから。

 そんなヤバい奴が潜んでいたところになど、血気盛んな者たちでさえ近寄りがたかったのだ。


「到着したぞ」

 島の上に広がるひたすら平坦な大地に突如出現し、四郎は告げた。


 移動は簡単だ。

 一度到達した場所には瞬間移動できる魔法があるし、でなくとも自分達を量子化しての光速移動もできるアルクビエレ・ドライブがある。


 というわけで、唯一浮遊島探査の依頼を受けた一行は、あっという間に目的地に着いたのだった。

 来たのは、四郎と太田とリインカ。

 メアリアンは仕事があり、クルスは秘密を暴露しそうなので大量のお菓子と玩具という賄賂を渡して留守番を頼んでおいた。


「なにこれ、殺風景なところね」周囲を見回しての、リインカによる第一声であった。「本当に新しい魔王の手掛かりがあるの?」


 疑念も無理はない。

 そもそもが嘘だし。まさに、そこは土と草によるひたすら平らなだだっ広いだけの大地だったからだ。地平線の彼方まで望めそうな、島としてはかなり大きな土地だが。

 四郎はいちおう釘をさしておく。


「あるかも、だ」


「そんな不確かな情報で呼んだの? ……はっ!」

 そこで我が身を抱く女神。

「まさか。野郎二人で人気のないところに連れ込んで、この超絶美少女なあたしに変なことする気じゃないでしょうね!?」


「くだらない、ましてやおまえなどに」


「そうですぞリインカ嬢、拙者は善良なオタクの代表といっても過言ではないかと。そんな下劣な輩は成敗こそしてやります。ましてや今はクルス嬢やメアリアン嬢推しですし」


「一言多いのよあんたら」

 否定に苦言を呈するリインカをスルーして、太田は尋ねる。

「ところで疑問なのでござるが。あなたの異世界ネットでこの地の情報は学べないので?」


「あれはあくまで魔王を倒す用の情報を得るものだからね、関係ないことは掲載されないの。未開地域全域が謎。オタクのεὕρηκαエウレカの方が使えるわ」


 四郎は首を傾げる。

「アルフレート卿は大幹部だったが、魔王関連ではないのか?」


「実際人間が正体だったんだから、省かれてたんでしょ」

 しゃべりながら、リインカは比較的近かった島の端に寄る。

「にしても、どれくらいの高さが――」

 そこから恐る恐る下を覗き込んで、静止した。


「どうした、高所恐怖症か?」

 からかいながら接近して、同じく下を覗いた四郎は驚愕する。

「これは!」


「地面が、ない!?」

 次いで、同様に隣で眼下を望んだ太田も口にした。


 まさしく。

 上空数キロほどにあった浮遊島の下には、未開地域の森が広がっていたはずだ。

 なのに、ない。

 全方向、雲のない青空がどこまでも続いているだけだ。


「い、異世界ネットに接続!」我に返って叫んだリインカは、まもなく戦慄した。「……なんてこと! ここはダイイチノじゃないわ。ダイロクノっていうみたい、いわば第六異世界よ!」


「別の異世界だと?」

 四郎は、信じられないといった様相で改めて辺りを見回す。

「すると、これまでとはわけが違うぞ。星でなさそうだからな。大気を維持する物体も窺えない。これまでの、元世界に似た通常の宇宙とは異なる法則で成り立つ可能性が高い」


「いかにも」


 そこで、遠くから誰かの声がした。

 背後からだ。

 島は、地平線が見渡せるほどの地だった。先程まで人影はなかったはずだ。


 三人は恐る恐る振り返り、真っ先にリインカが驚愕した。

「あ、あなたは!」


 十歩ほど離れたところに、いなかったはずの人がいた。

 抜き襟前結びの派手な着物。櫛と簪で飾った天神髷。三本歯の下駄。

 花魁のような格好をして、肩を大胆に露出し巨乳の谷間も露な、煙管キセルを吹かす大人の美女だった。


「よく来られたな」彼女は、恭しく名乗った。「わっちは元転界上位女神、セイゾウ・セイコじゃ」

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