転移したらスライムがいた件

メスガキ人造人間を秒でわからせる

 ある日の四郎家、地下。

 雑多に散らばる錬金術用の道具の中でも室内中央には特に目立つ、楕円形でクリスタルガラス製のカプセル状器具が設置してあった。

 内部には特殊な液体が満たされ、膝を抱える胎児の格好で裸の少女が眠っている。九歳ほど。ストロベリーブロンドの長髪はあたかも衣服のように白い肢体を隠していた。


「あなた……そういう趣味があったのね……」


 ノックして呼び掛けても反応がないので、相変わらず無遠慮に地下まで来たリインカは、階段を下りきったところで固まっていた。

 カプセルと向き合って顎に手を当て、何やら考え込んでいる白衣の四郎がいたからだ。


「――やはり、魔力の属性濃度は浸透圧のような作用を生むか……うん?」そこでようやく気付き、家主は来客に目を向ける。「来ていたのか。取り込み中だ、帰ってくれ」


「んなわけにいかないでしょ、担当勇者の幼女誘拐現場を見過ごすわけにはいかないわ!」


「勇者?」すごい剣幕の女神を軽くあしらう。「わたしは勇者という扱いだったのか。初めて聞いた肩書きだが、また後付けか」


「く、口にしなかっただけよ。転界が異世界に使わす存在は勇者と称されるの。だいたい想像つくでしょゲームやってたなら!」意外な返しに戸惑うも、どうにか話を戻す。「てか、ごまかさないでよ! その幼女どこからさらってきたの?」


「くだらん、こんな液体の中に人を閉じ込めたら誘拐どころか殺人だろうに。この子は人ではない、ホムンクルスだ」


 ホムンクルス。元世界にも伝説にはある、錬金術で創造されるという人造人間だ。


「え、ここのホムンクルスってもっと小さいんじゃなかった?」


「らしいな。購入した本で調べた限り、パラケルススの記録に似ている」

 きょとんとするリインカを置いて、四郎はカプセルに顔を戻す。

「だが、この子には元世界の科学を組み合わせた。先祖から受け継いだクローン技術だ、人造複製ホムンクローンとでも呼ぼう。ハイブリッドとして、わたしのDNAも一部継いでいる。だからか容姿も似ていないし、性染色体のYがXに変じて女児にもなったが、頭脳は優秀だろう」


「なんでまた」


「言ったろう、探求に行き詰まっていると。できることはなるべく試して求めているものを見つけたい。助手が欲しくもあったのでな」


 話しながら、彼はカプセルの根本に備えられたバルブを回す。

 液体が排出される音。同時に、容器内の水位が下がりだした。

 間もなく、女児はハートのハイライトが入った赤い瞳を開眼。寝起きのように伸びをすると、溶液の減少に合わせて底に足をつく。

 液体が空になると、カプセルは前半分がドアのように外側へ開いた。


「おはよう、君の名はクルスにしよう」


 両腕を広げて歓迎する四郎。

「あ、安直」

 思わずツッコむリインカだった。

「あたしは輪廻転生リインカーネーションから取った単純な名前とかぬかした癖に。自分もホムンクルスから取ってんじゃないのよ」


「生まれながらに全知ともされるホムンクルスだ。どうだ、状況は理解してるか。もしそうなら駄女神の代わりが勤まるのでありがたいが」


「それが狙い!?」


 スルーした上に衝撃的な発言をする四郎だった。

 ところが、


「えー、だっさ~♥」

 開口一番、邪悪な笑みで女児は言う。

「ホムンクルスだからクルス? もっと工夫したら、おじさん♥」


「ぶふっ!」


 ざまあという気持ちで吹き出すリインカ。


「……」


 さすがの天才も沈黙だった。


「だいたい可愛い女の子裸で造るって何のつもり?  ひょっとしてロリコン? ざぁこざぁこ♥」


「……すまんな」

 調子に乗るクルスへと、珍しく軽く頭を下げて四郎は謝る。

「わたしが未熟故に思ったように創造できなかったらしい。しかしおまえは立派な完成作だ。名前やここが気に入らねば、好きなものを選んで自由に生きて構わない。生みの親として、生活が安定するまで世話もしよう。困ったらいつでも頼ってくれ」


 呆気に取られるリインカ。


「……はあ?」

 けれども、とんとカプセルから出て床に降り立つ女児は、

「なに勘違いしちゃってんのおじさん♥ ここにいるに決まってんじゃん。あんたの期待なんか知らないけど、ちょっとくらいなら手伝いもしてあげるよ♥」

 などと遠回しに承諾した。


「そうか」

 四郎は安堵して顔を綻ばせる。

「ではとりあえず服を着てくれ。上のクローゼットにいくつか用意してある。気に入らねば買いに行こう」


「裸の方がいいんじゃないの♥ あ、それともエッチな服でも用意してんのかな♥ どっちもごめんだけど♥」


 などとほざきながら、クルスは女神になど目もくれずスキップで階段を上って行った。


 それを微笑ましげに見送った錬金術師。

 対して、わなわなと憤怒を堪えていたリインカはぶちまける。


「ちょ、態度違いすぎない!? 腹立つわ! それともああいうのが好きなの!? ざぁこざぁこ♥」


 たちまち四郎は真顔になった。そして残った少女に冷たい眼差しを注ぐや一言。


「キモい」

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