第21話:親友は後輩のおっぱいが好き
「え、俺たちに、ですか?」
それは小学6年生の秋のこと。
夏の大会でチームを全国ベスト8に導いた俺と矢上に、監督から地元のJリーグジュニアユースから誘いが来たと話があった。
「ああ、是非うちに来て欲しいとのことだ」
有名なクラブチームは才能のある選手を子供の頃から集めている。
小学生はジュニアチームで、中学生はジュニアユース、高校生はユース、そしてトップチームや将来は日本代表でも活躍出来る逸材を長い時間をかけて育てていくのだ。
俺たちもその存在は当然知っていたし、サッカーエリートであるその道を歩んでみたいとも思っていた。
ただし、その為にはテストがある。
合格する自信はあった。周りのみんなも俊輔ならきっと合格すると言ってくれていた。
だけどもし落ちたらどうしよう?
サッカーしか取り柄がない俺が、そのサッカーで認められなかったら。そう考えるとなかなかテストを受けようって気になれなかった。
なのにテストもなく、憧れのクラブチームに入れる!
それは俺たちにとってとんでもない朗報……のはずだった。
「んー、俺は別にいいかな」
ところが心浮き立つ俺の隣で、矢上がそんなことを言った。
「矢上、これはサッカー選手としてすごいチャンスなんだぞ?」
「でも監督、俺、みんなと中学に行っても一緒にサッカーするって、今度こそみんなで全国大会で優勝するぞって約束したんで」
矢上のその言葉に、俺の頭からすぅっと血の気が引いていくのが分かった。
そうだ、確かにそんな約束をした。
みんなで優勝を目指した全国大会、残念ながらベスト8でPK戦の末に負けたそのロッカーで、ボロボロに泣きながらそんな約束を俺たちはしたんだ。
「あの約束を守りたいので俺はいいです」
「……そうか。で、俊輔、お前はどうだ?」
「俺は……その……」
咄嗟には答えられなかった。答えられるはずもなかった。
本当はクラブチームに行きたい。どうしても行きたい。前からずっと憧れていた。
だけど矢上の言う通り、約束は大事だ。特にあの約束は決して破っちゃいけないものだと子供心に思った。
「あの、クラブチームに入りながら中学でもサッカー部に入るって出来るんですか?」
「残念ながら県のサッカー協会の規定でそれは無理だ」
「……そうですか」
マジかよ、サッカー協会もっと融通利かせろよな!
「うーん、俊輔はクラブチームに行った方がいいと俺は思うな」
答えを出すのが難しい問題に、そう言って手を差し伸べてくれたのは他らならぬ矢上だった。
「でもそれはみんなを裏切って……」
「大丈夫、みんな分かってくれるって。あのな、さっき俺はみんなとの約束を取るって言ったけど、それは半分本当で半分はウソなんだ」
「どういうことだよ?」
「ぶっちゃけて言えば、俺はクラブチームに行っても通用する自信がない。俺みたいな奴で、俺よりももっと上手い奴はいっぱいいるからな。クラブチームに行ったはいいけど全然試合に出れないんじゃ意味ないじゃん。だけど俊輔、お前は違う。お前ならクラブチームでも立派に通用すると俺は思う」
思えば矢上はこの頃からこういう恥ずかしいセリフを真顔で言える奴だった。
だから結局俺がクラブチームを選び、みんなが表には出さないものの心の中で「裏切り者」と思って距離を取るようになっても、矢上だけはずっと小学生の時と同じような関係が続いた。
なんだかんだで矢上はやっぱり俺にとって最高の親友、なんだけど……。
「あの、先輩。矢上先輩に私のおっぱいを見ながら話すのをやめるように言ってもらえませんか?」
「分かった。今度からあいつには目隠しして手伝ってもらうようにするよ」
……まぁ天野さんの大きすぎるおっぱいをどうしても見てしまうのは仕方がないとは思うが、それでも本人には悟られないようにするのが礼儀ってもんだろうが、親友よ。
まったく、俺は恥ずかしいよ。
☆
夜は家で窪塚の動画を見ながら脳内スケッチ、放課後はそのイメージを相手に攻略法を探る特訓という日々が続いた。
脳内スケッチのおかげでイメージは日々強化されていく。特訓を始めて2日目の水曜日には天野さんが、そして昨日、3日目の木曜日にはとうとう矢上までもがぼんやりとではあるものの、俺が作り出した窪塚のイメージが見えると言い出した。
他人にまでイメージを見せてしまうとは……凄いね、イメージトレーニング。
が、肝心の特訓の方はと言うと、これが困ったことにまったくもって捗々しくない。
矢上がどんなパスを出し、俺が色々なフェイントや動き出しを工夫しても、窪塚のイメージが目の前に立ち塞がってくる。
シュートを打とうとしたら足を出され、抜こうとしたらブロックされ、背後に走りこもうとしても俺より一歩速く反応してきやがるぞ、こいつ!
「なぁ、俊輔。窪塚って奴、ホントにここまでスゴイの?」
沈みゆく太陽にグラウンドが黄金に包まれる中、矢上が「ホントはお前の空想が生み出したバケモノなんじゃないの」と目で訴えかけてくる。
「ああ。しかもホンモノはもっと凄いかもな」
「マジかよ。俺、やっぱりクラブチームに行かなくてよかったわ。こんな奴を相手にしたらさすがに心が折れる」
その気持ち、分かるわぁ。
「でも、実を言えばひとつだけ、これならばあいつにも通用するかもってのがあるんだ」
「は? 奥の手があるって言うのか?」
訝しむ矢上に、俺よりも早く天野さんが「お婆ちゃんから教わった移動術ですね」と答えてくれた。
「そう。膝の屈伸と腰の回転を上手く連動させて素早く動くアレなら窪塚の壁をぶち抜けるかもしれない」
「なんだよ、だったら今すぐ試してみようぜ。絶好のスルーパスを出してやるからよ」
「いや、裏への抜け出しではもう試してみたが、ダメだな。これでもあいつは俺についてくる」
「だったらドリブルで抜くってことか?」
「ああ。でもこれがめっちゃ難しい」
試しにやってみる。
最初は従来通りのドリブル。慣れたもので足元にボールが吸い付くように動かせるのはいいが、これが窪塚に通用しないのは一年前に嫌というほど思い知らされた。
続いてサンマリーさんに教わった移動術を取り入れたドリブル。一見緩やかな動きに見えながらも、瞬間で爆発的に加速するからキレが段違いだ。が、
「あーあ、何やってんだよ」
フェイントを入れてボールに触るやいなや大きく蹴り出してしまったのを見て、矢上が呆れ顔を浮かべた。
「だから力加減がすげぇ難しいんだって」
「でも俊輔、いまだにそんなレベルのドリブルじゃいくら何でも無理だろ。試合は明後日なんだぞ?」
そうなんだよなぁ。せめてあと一ヵ月もあればなんとか物になったかもしれないんだけど。
今のままではまともなフェイントを入れず、スピードで縦に抜くシーンでしか使えない。背後に大きなスペースのあるサイドならばまだしも、俺の主戦場はゴール前。しかも相手はあの窪塚寛治だ。
「こうなったらあとは連携で崩すしかないんだが……」
「残念だがチームとは一年間離れていたから、それは期待出来ない。だから最初からその線は捨てて、矢上に個人練習を付き合ってもらってたんだ」
「……だけどさすがにこれは無理だぞ」
だよな。
でも、それでも俺はやらなきゃいけない。俺自身の為に、そしてなにより俺の可能性を信じてくれた天野さんの為に、最後の最後まで諦めてはいけないんだ。
だから矢上、悪いけどまだもうちょっと付き合ってくれや。
「それはいいけど、もうすぐ日も暮れる。今日はやめて、明日にしようぜ」
「え? いや、でも時間が……」
「だけど闇雲に特訓しても拉致があかねぇぞ。大丈夫だ、俺に任せとけ。実は俺にもひとつアイデアがあるんだ」
「マジか!?」
「ああ。でも準備がいる。だから明日は午後からにしようぜ」
そう言って矢上は俺の返事も待たずにさっさとグラウンドから出ていってしまった。
まったくワガママな奴だ、って受験生を無理矢理特訓に付き合わせた俺が言うことではないけれども。
それにしても矢上の秘策って一体何なんだろうな?
「あの、先輩……」
「ん? ああ、天野さんも帰っていいよ。俺はもうちょっとだけ色々試してみるから」
足元に転がるボールをひょいっと足で掬いあげる。空へ舞い上がり、夕日に照らされたボールの作る影が、天野さんの足元へと伸びた。
「いえ、私も付き合います。そうじゃなくて、私もひとつだけ『これだったら!』ってのがあるんですけど」
「え、マジで?」
ボールが俺の足元へ落ちてくる。影もその動きに合わせて、天野さんの元から俺の方へ。
「はい。なので明日の朝、旧美術室に来てください」
「……はい?」
どうしてそこで美術部の部室が出てくる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます