第12話:描きたい少年と脱ぎたい少女

 朝は土手と河原でサッカーボールと戯れて。

 運動の後には、天野さんのお祖母さんが送ってくれているという産地直送の牛乳でプロテインを飲み。

 放課後は絵を描きながら、時折マッサージをしたりしてもらったりしながら。

 そんなことをしながら俺の新しい可能性を探していたら、あっという間に夏休みとなった。


「暑いですねぇ、先輩」

「そうだな、暑いな」

旧美術室ここにもエアコン付けて欲しいですねぇ」

「無茶言うなよ。ただでさえ物置と化している旧校舎、しかもその三階だぞ。使う人間はおろか、ここまでやってくるのも俺たちぐらいしかいないだろ」

「ですよね。ましてや今は夏休み。私たち以外誰もいませんよねぇ。だから」

「だから?」

「今日は最後までヌードデッサン会にしませんか?」


 天野さんがキャンバスの向こうからお誘いしてくる。

 

「やらない」

「えー、やりましょうよぅ」

「ヌードデッサンならさっきやっただろ」

「でも、夏休みなんですよ? 誰も学校に来てないんですよ? ヌードデッサンやりたい放題じゃないですかー!」

「だから最近は部活のある日は必ずやってるじゃないか。それで我慢しなさい」

「でも今日はすごく暑いんですもん!」


 そう言って天野さんは突然立ち上がった。

 全身汗だらけで、ただでさえ癖毛の髪の毛がクルクルと大変なことになっている。

 が、それ以上に大変なのは上半身だ。

 Tシャツ姿なのはいいのだが、問題はその中……本来はおっぱいを覆い隠すブラジャーが、先ほどのヌードデッサンで脱ぎ捨てたまま、床へ無造作に放置されていた。

 すわなちノーブラ。てことは……。

 

「見てくださいよ、ほら。Tシャツもこんなにびしょ濡れで、おっぱいも透けて見えちゃってるんですよ!」

「だからブラジャーを付けろって言ってるだろ」

「嫌ですよ。ブラジャーってすごく蒸れるんですもん」

「だったらおっぱいが透けるのは我慢しないと」

「そんな我慢をするよりもヌードデッサンをやった方がいいじゃないですかー」


 天野さんがやにわにTシャツを脱ぎだし、汗が滴るおっぱいがぶるんと露出する。

 うん、ナイスおっぱい! でも、しまっとけ。

 俺はやれやれと再び天野さんのTシャツを下へとおろす。

 

「先輩、なんで脱がせてくれないんですかっ!?」

「今日はヌードデッサンが終わったからだ。てかそろそろちゃんと描いておかないと学園祭にマジで間に合わないんだよ!」


 少し怒ってみせると天野さんは「ううっ、先輩のイジワル」といじけながらも諦めてキャンバスへと向かった。

 駄々はこねるが聞き分けもいいのが天野さんのいいところ。

 そして生おっぱいもいいけど、汗で乳首が透けて見えるおっぱいもいいよねなんて俺が考えているとちっとも疑わないのも、天野さんのいいところだった。

 

     ☆

 

 それは夏休みに入る少し前のことだ。

 珍しく美術部顧問の先生から呼び出しを食らった。

 

「え、学園祭に出す作品をこれまでの倍にする、ですか?」

「そや。お前ら最近は真面目に部活しとるやろ? 結構な数の作品が出来てるんとちゃうか?」

「いや、それほどでも……」

「実はな先日の職員会議でお前らのことが話題に上がったんや」

「は?」

「旧校舎の旧美術室で、若い男女が放課後に二人きり……もしかしたら何か変なことをやっとるんちゃうか、ってな」


 ギクゥゥッ! イヤ、マサカ、変ナコトナンテヤッテマセンヨ?

 

「チャント真面目ニ部活シテマスッテ」

「なんで片言やねん! ま、ええわ。とにかく先生はお前たちを信頼して『そんなことありまへんがな』って答えておいたわ」

「おおっ! さすがは先生、俺たちのことをよく見ておられる!」


 まぁ入部してこの方、指導を受けたことがないどころか、部室に顔を出されたこともないけどな。

 

「そやろ。ただ、そう言うたら『だったら今年の学園祭、美術部の展示は期待できますなぁ』とか言われてな。先生、思わず『任せといてください。去年の倍は作品を展示しますさかい』って答えてもうてん」

「…………」

「出来るよな、中林?」

「え、えーと、さすがに倍は……」

「変なことしてへんのやったら出来るよな、中林!?」

「……はい、頑張ります」


 かくして学園祭まで残り二ヵ月足らずで、作品を大量生産しなくてはいけない羽目になった。

 てか俺、中三だぞ? 夏を制する者は受験を制するとかで勉強しなくていいのか?

 

 いや、俺のことはこの際だからどうでもいい。問題は天野さんだ。


 天野さんはいい子だけど、いかんせん俺の裸を描きたくて美術部に入った子だ。ヌードデッサンでの集中力は目を見張るものの、それ以外の時はどうにも身が入らないみたいで、学園祭に展示できるような作品がほとんどない。

 なんとかして天野さんにまともな作品をいくつか描いてもらわないと、美術部はもうおしまいだ!(何がおしまいなのかは例によってよく分からないが)

 

    ☆

 

「うーん、なんかのっぺりしてるんだよなぁ」


 天野さんは決して絵が下手ではない。

 対象を正確に描き写しているし、全体的に淡い印象ながらも色使いも丁寧だ。

 ただ、何か物足りない。

 

「立体感がイマイチというか……」

「でも遠近感はちゃんと意識しましたよ?」

「だよなぁ。実際、下書きの段階では問題なかったんだ。だけど色を塗ってみたら……あ」


 ふと顔を上げて天野さんの描いた絵の『旧美術室の風景モチーフ』を見てみる。

 

「分かった。光と影の意識が足りてないんだ」

「…………?」

「ほら、旧美術室は薄暗いけど、窓から差し込む光で照らしだされているところと、影になっているところがあるだろ?」

「はぁ」

「だけど天野さんの絵にはそれがほとんどない。だから全体的にのっぺりした感じになってるんだよ」

「なるほど……あの、先輩、ひとつだけいいですか?」

「なんだ?」

「見た目では先輩が仰る通りなんですけど、私が感じる印象ではこの絵のまんまなんですけど」

「……はい?」

「だから先輩の足には翼が生えているように私には感じるわけじゃないですか。それと同じようにこの部屋には何もない、光も影もなくてただ静かにイーゼルとかキャンバスとかが立てかけられているようにしか感じられないんです」


 ……あー、なるほど、そうだったのか。

 俺のヌード以外はなまじっか普通っぽい絵を描くもんだから勘違いしてしまっていたが、どうやら天野さんはバリバリの印象派だったらしい。

 しかもモチーフの見た目には一切干渉されず、自分が受けた直観だけで描いてしまうのだから相当な武闘派だ。


 でも、ということはだ。

 つまりは適度に彼女の感性へ訴えるモチーフを描かせばいいってことだよな、よし!

 

 ……で、そこそこいい感じに訴えるモチーフって何?

 

「ちなみに訊くけど天野さん、何か描きたいもの、ある?」

「はい! 先輩の裸が描きたいです!」

「だと思った。じゃなくて、俺の裸以外で」

「すみません、だったらこれと言って思い浮かびません」

「即答はやめろ、即答は。せめてもうちょっと考えてから答えてくれ」

「うーん……」


 アホ毛をみょんみょん動かし、天野さんが考え始める。

 ホント、俺の裸に固執する以外はいい子なんだけどなぁ。

 まぁ考えたところで、多分これといった答えは出てこないんだろうけど。

 

「あ、ありました!」

「え? マジで?」

「はい! かつて光と影の魔術師・フェルメールはこう言いました。『若者よ、パリピも陰キャも青春を謳歌せよ!』と」

「いや、絶対言ってないだろ、それは」

「てことで先輩、海に行きましょう!」


 にこっと本日一番の笑顔を見せる天野さん。

 でもごめん、何言ってんだか全然わかんない。

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