第9話
通された貴賓室には、最低限の家具のみが揃えられており、無駄な装飾は一切ない。
財団としての方針か、財政面での都合なのか。
いずれにせよ、こういった待遇に慣れていない俺にとってはありがたい。
出された不可思議な香りの飲み物には口を付けず、気持ちばかりに頭を下げる。
「まさか、かの有名な緋色の剣聖と対面できるとは。思ってもいませんでしたよ」
男は向かい側の席に腰を下ろしながら、俺と晄に笑顔を向けた。
栗色の髪に線の細い体。中性的なら顔つきと、一見柔和な印象を受ける優男だ。
微笑みも自然で爽やかな物であり、女性ならそれを向けられて悪い気はしないはずだ。
ただ晄は不機嫌そうに一言返すに留まる。
「悪いんだけど、アタシはおしゃべりが得意じゃないの」
依頼主に対してあるまじき態度に、思わず表情がこわ張る。
しかし男は気にした様子もなく、さらりと受け流した。
「えぇ、腕の立つ冒険者をわざわざ雑談の相手に呼んだわけではないので構いませんよ。依頼の確認は、そちらの彼とすればいいのですね」
「よ、よろしく頼む。晄と組んでる、レイゼルだ」
「私は教団に所属する騎士のサジェットです。ようこそ、レノヴィット教団へ。我々は誰であろうとも歓迎しますよ」
差し出された男の手を握り返し、少しでも印象の回復に努める。
このレノヴィット教団は唯一、俺達に依頼を任せてもいいと名乗りを上げた組織だ。
ここで追い返されてしまえば、ダンジョンへ入る手立てを失ってしまう。
一体どういうつもりなのかと視線を送っても、晄は明後日の方向を向いたままだ。
なにが原因で晄が機嫌を損ねたのかはわかっていない。
しかしこれ以上、晄が余計な事を言う前に話を付けておきたかった。
「早速で悪いんだが、依頼の詳細を聞かせてもらいたい」
「仕事熱心ですね。素晴らしい姿勢です。我々としてもそういった方に依頼を任せるのはやぶさかではありません」
「それはどうも」
「ですが依頼の詳細については、後でもよろしいですか?」
サジェットは笑顔のままだが、その言葉には確かな強制力が感じられた。
話の流れが良くない方向に進んでいる事だけは理解できた。
「この場所では、はばかられる様な内容だと?」
「いいえ、違います。我々としても緋色の剣聖が引き受けるのであれば意見はありません。依頼内容を詳しくお話しすることにも抵抗はありません。ですが問題は、貴方にあります」
お前は果たして自分達の眼鏡にかなうだけの実力を持っているのか。サジェットは言外に、そう俺へ伝えている。
そして現在、この状況では依頼主である教団側が冒険者である俺達を選ぶ権利を持っている。
名の知れた緋色の剣聖ならばまだしも、無名の冒険者である俺の信頼や実力を見極めようとするのは当然と言えた。
「つまり依頼を任せる前に俺の実力を見ておきたい、と」
「端的に言えばそうなりますね。我々が納得できるだけの実力を証明していただければ、依頼の詳細をお話ししましょう」
◆
再び案内されたのは、教団が構える施設の中庭だった。
戦闘を想定されて作られた場所とは言い難いが、刀剣を振り回す程度の広さはある。
黙って後ろをついてきていた晄だったが、それ以外にも観客がひとり増えていた。
施設の内側から俺達の様子を眺めている、初老の男。
青と白の豪奢な服装から見るに、教団の中でも高い地位にいるのは容易に想像できた。
模擬戦用の剣を準備するサジェットに、それとなく伺う。
「あのこっちを見てる彼は?」
「あぁ、現教団のリーダー、レヴィニアス卿です。どうやら話を聞きつけて、物見に来たみたいですね。それほど今回の依頼を重要視しているのでしょう」
「つまり彼を納得させるだけの実力を見せればいいのか?」
「そうなりますね。現在の実権を握っているのはレヴィニアス卿ですから。彼に認められなければ依頼は任せられません」
「じゃあ下手な真似はできないな」
まさかトップが出てくるとは思っていなかったが、逆に考えれば好機でもある。
ここで実力を認めさせることが出来れば、依頼を任せられることは間違いない。
相対するように剣を構えたサジェットを見て、俺も腰の剣に手を伸ばす。
「では、準備がよろしければ始めさせていただきます」
「決着はどうする」
「どちらかが降参したらでどうでしょう」
「なるほど。それじゃあ遠慮なくいかせてもらう」
「えぇどうぞ、抜かりなく。レノヴィット教団の騎士は数こそ少ないですが精鋭ぞろいですから。もちろん、私も」
分厚い長剣を両手で握り、切っ先を相手に向けたまま、顔の高さで構える。
サジェットのそれは無駄が多く見える構えだが、不思議と堂に入っていた。
ともすればどこか形式美を感じさせる。
さすがは騎士を名乗るだけの事はあった。
ただ実戦で使うには、やはり無駄が多い。
それに距離があるからか、気を抜いている。
その油断が命取りになるとも知らず。
柄を握る感覚だけが研ぎ澄まされ、相手の動きが緩慢に見える。
俺の出方を探っているのだろうが、無駄なことだ。
サジェットは俺の構えを見て、足元を見て、武器を見て、そして来ないのかと気を緩める。
その瞬間――
「来ないのですか? それならば私の方から仕掛けさせてもらいますが」
「いや、もう終わった」
「なにを――」
疑念の声が止まる。
なぜかは聞くまでもない。
サジェットは戦いの最中だというのにとっさに剣を手放した。
いや、本能的に危険を察知して投げ捨てたと言った方が良いのか。
模擬戦に使われていたとはいえ、金属製の剣だ。
それが地面に打ち付けられて、甲高い音と共に砕け散った。
地面に広がる金属片を呆然と眺めるサジェット。
ただ、そこでようやく俺が抜刀している事に気づいたのだろう。
六華が纏う冷気を振り払い、鞘へと納める。
サジェットは遅れながら、なぜ剣が砕け散ったのかを理解した様子だった。
「まさか斬ったというのですか? 私の剣を」
「斬って凍らせた、と言うのが正しいな」
「す、素晴らしい実力ですね。刀を抜く動きさえ、目で追えませんでした」
「そういう技だからな。さて、俺の実力はお眼鏡にはかなったか」
見れば鷲鼻の男は姿を消していた。
レヴィニアスを納得させるだけの結果は残したつもりだった、仕方がない。
サジェットの様子を窺えば、彼も納得した様子で頷いて見せた。
「勿論です。これなら我々の依頼を任せられます。さぁ。お二人とも。此方へどうぞ」
◆
「これは?」
目の前に置かれたそれは、年代を感じさせる一冊の書物。
内容はどれも複雑な言い回しの詩的な文章が連なっているだけだ。
最初は詳細な依頼書かと思っていたが、どうやたそうではなさそうだった。
サジェットは俺達の反応をひとしきり楽しんだ後に、書物のとある項目を開いて見せた。
そこには一人の騎士が剣を掲げ、人々がひれ伏している様子が描かれている。
「これは教団に伝わる聖典の写本です。レウォールが栄えていた時代、レノヴィット教会が最も信奉されていた時代の物とされています」
「この聖典の内容が、依頼と関係があると?」
「えぇ、その通り。聖典の一説には、聖域と呼ばれる場所の奥深くに騎士の遺産が眠っているとされています。おふたりには、その聖域の調査をお願いしたいのです」
エンリーの助言によれば、潜るダンジョンによって手に入れられるアーティファクトや魔道具の性質が異なるという。
そして俺の目的は、精霊王の涙の代わりとなる呪いを払う事の出来る代物だ。
聖域と呼ばれるダンジョンは、元々レノヴィット教会などが所有していた地下施設の成れの果てであり、聖なる力を宿したアイテムが多く見つかるらしい。
その調査を任されるとなれば、まさに願ったり叶ったりの状況だ。
とは言え最後の確認が残っている。
「俺達もダンジョンに入る以上、アーティファクトや魔道具の回収をさせてもらう。その時に権利を主張されて諍いになるのは、は互いの為にならないはずだ」
「そうですね。これからの私達の関係を考えれば、無用な争いは望むところではありません」
「だから最初に確認しておきたいんだ。教会が探している遺産がどういった代物か、わかっているのなら教えて欲しい」
全力を尽くすつもりではいるが、一度で教会側が求めている代物が見つかるとは思えない。
一度の調査で見つけられるほどの代物なら、俺達を雇うまでもなくとっくに見つけ出しているはずだ。
それらを大前提として、このレノヴィット教会とは何度も共にダンジョンへ潜る事になるだろう。
そうなったときに無駄な争いで関係性がこじれる事は、俺達としても避けたかった。
現在のところ、俺達にはレノヴィット教会からの依頼という形でしかダンジョンに入る術はない。
ならば無用な火種は最初に潰しておくに越したことはない。
さすがに聖域にあるアイテム全てが教会の所有物だと主張することは無いだろう。
そんな考えを巡らせていると、サジェットは聖典と呼ばれる書物を指出した。
指されたページには、天に掲げられた一本の剣が描かれてた。
「我々が求める物はただ一つですよ。レノヴィット教会を設立した初代騎士王の聖遺物……聖剣フリューゲル。ただそれだけです」
◆
サジェットに見送られ、レノヴィット教会を後にすると、すでに日が暮れ始めていた。
それまで黙りっぱなしだった晄は、ようやく肩の力を抜いた様子だ。
最終的には話がうまく纏まったものの、晄の態度には終始肝を冷やしていた。
「なんでそんなに不機嫌なんだよ。今回の依頼が気に食わないのか?」
「いいえ。ただあのサジェットって男、気を付けた方がいいわ」
前を歩いていた晄は振り返り、念を押すように俺の胸を叩いた。
野性的な直感で動く晄に、論理的な説明を求めても無駄なことは理解している。
だが今回のことは、余りに突拍子がない。
「立ち会った感じだと、戦えないって訳でもなさそうだったけどな。足手まといにはならないだろ」
話の流れで、サジェットがダンジョンに付いてくる事はわかっていた。
最初は全く戦えない素人がついてくる物だと思っていたため、その点に関して言えば行幸と考えていたほどだ。
しかし晄は、俺とは全く別の印象を抱いている様子だった。
「そうじゃない。いやな感じがするのよ、アイツから」
吐き捨てる様に、晄は言い放つのだった。
そして事実、その予感は的中する。
だがこの時の俺には、それを知る由は無かった。
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