二章 神聖領域Ⅰ
第8話
大迷宮都市レウォール。
巨大な壁に囲まれたこの街は、大きく分けて二つの区域に分かれている。
一方の区域は活発に人が行き来する、現在も発展を続ける生活区域。
街に立ち並ぶ建物にも宿屋や酒場、武具を修繕する鍛冶屋、冒険に必要な道具を取り扱う商店など、冒険者にとって必要な施設が軒並み揃っている。
そしてもう一方の区域は、古代に栄華を誇ったとされる都の眠る迷宮区域。
数々の大迷宮が待ち構える古代都市レウォールだ。
全体が高い城壁に囲まれ、高い水準の建造物や復元不可能な古代技術のアイテムが山の様に埋蔵されている。
何故それらが地下の迷宮に収められているのかは、未だに解明されていない
だがそれらは冒険者にとっては些細な問題であり、過去の記録などの解明は研究者に任せておけばいい。
冒険者が知っていればいいのは、それらの物品を持ち帰れば莫大な富になる、という事だけだ。
それ故に危険が潜む古の都に、冒険者達は今日も足を運ぶ。
命を懸けて財宝を探し出し、富と名声を得るために。
そして俺と晄も、例に漏れず迷宮へと足を運ぶ。
呪われた故郷を救う手立てを探して。
古の時代に建造された迷宮を舞台に、俺達の冒険が幕を開ける。
◆
「いいや、駄目だ。認められない」
前言撤回。冒険の幕は開かなかった。
自信満々に迷宮区域に入ろうとした俺達は、守衛の男によって通行を遮られた。
身振り手振りを交えて事情を説明していた晄はと言えば、固まったまま動かなくなっている。
まさかここまであっさりと断られるとは思ってもいなかったのか。
無言のまま二人が向かい合う状況に、思わず俺も声を上げた。
「なぁ、晄。水を差すようで悪いんだが、事前に聞いてたのとだいぶ話が違うんじゃないか? 事情を話せば簡単に通してくれるとか言ってたが」
「すこし落ち着いて、レイゼル。まずはこの頭でっかちをぶっ飛ばしてから、冷静に対処方法を考えましょう」
「いや、まずはお前が落ち着け」
男へ殴りかかろうとする晄の肩を掴んで引き戻す。
守衛の男――ガネットはと言えば、殴りかかろうとする晄を前に表情をいっさい動かさず、淡々と話を続ける。
「迷宮内の死傷率は非常に高い。それ故に特例を除いては、実力を担保する冒険者章の階級で、通行の可否を定めている。そしてこの先の迷宮区域にはシルバー級以上の冒険者しか通す事はできない。これは以前にも話したが覚えていないようだな、緋色の剣聖」
「だからアタシも事情を話したでしょ。このレイゼルはアタシと同等かそれ以上の実力を持ってるって」
「そうか。ならその首に下がっているアイアン級の冒険者章は俺の見間違いか」
「ぐ、ぐぬぬ……。」
一言で理解された晄は、唸りながら俺の方を見る。
知り合いだから話し合いは任せろと意気込んでいた結果、これである。
一瞬で手詰まりとなった俺達が首をひねっていると、もう一人の仲間が声を上げた。
一瞬にして黙らされた晄は、唸りながら俺の方を見た。
知り合いだから話し合いは任せろと意気込んでいて、これである。
もはや手詰まりとなった俺達が首を捻っていると、もう一人の仲間が声を上げた。
「落ち着きましょうよ、お二人とも。このクソ堅物のガネットはオリハルコンより融通が利きませんから」
「お前はどちらの味方なんだ、エンリー」
「私はお客様の味方ですよ。ささ、今は一度、窓口の方へ戻りましょう。紅茶でも入れて、作戦を練り直すべきです」
笑顔で毒を吐くエンリーは、少しばかり強引に俺達を窓口へと連れ戻す。
迷宮都市に来て早々問題を抱えた俺達は、エンリーの言葉に従う他なかった。
なんせ迷宮都市に来て、未だに迷宮を拝むことさえできていないのだから。
◆
「ふむ、困りましたね。計画の一歩目から躓いてしまうとは」
小さな個室で、エンリーは先刻の言葉通り紅茶を淹れて俺達の前へ差し出した。
紅茶の香りは、焦燥感と凝り固まった思考を解きほぐしてくれる。
とは言え、俺達が置かれている状況を打開できるほどの妙案は浮かんでこなかったが。
「どうにかできないの? エンリー」
「出来ないことはないですよ。非合法でその場しのぎのやり方なら、いくらでも」
晄の問いに、エンリーは真顔で物騒極まりない返事を返していた。
さすがの俺も目的の為とはいえ、法を破りお尋ね者になる気はない。
「本当に正規の職員なのか、お前。勝手に制服を着てる犯罪者とかじゃないよな?」
「なにを失礼な! 迷宮探査支援機構の敏腕職員、エンリー・フィンクとは私のことですよ!?」
「じゃあ正規の手段で、面倒事を起こさずに問題を解決する方法を頼む」
そう、エンリーはこの迷宮都市の管理を総合的に行う組織の職員である。
晄がレウォールで活動していた時の友人兼仕事仲間であり、今回も俺達の活動を支援してくれる運びとなった。
到着早々、晄の紹介でエンリーの元を訪ねて、これからの方針を話し合ったのだ。
だが今後の方針を決める以前に、重大な問題が発生した。
先程の通り、パーティとしての階級が足りずに、目的のダンジョンに入る事が出来ないのだ。
ガネットと知り合いだという晄に話し合を刺せてみたものの、全く持って望み薄。
精霊王の涙と同じ効果を持つ魔道具やアーティファクトを探し求めてこの街に来たと言うのに、このままでは無駄足になってしまう。
冗談にしても笑えない状況に、思わず俺と晄は頭を抱えた。
この思わぬ危機的状況を脱するためには、エンリーに頼るほかなくなっていた。
「とは言われましても。かなり難しいですよ、あのガネットを説得するのは」
「念のために聞いておきたいんだが、ガネットの許可が取れないとどうなるんだ?」
「アイアン級に見合った、もう攻略されてる簡単なダンジョンにしか挑戦できなくなるわ」
不機嫌そうに返す晄だったが、詳しく理解できなかった。
てっきりガネットの許可が無ければ一切のダンジョンには入れないと思っていたのだ。
だが俺達でも入れるダンジョンがあるのなら、問題ないのではないか。
そう考えたが、晄の態度を見るにそんな簡単な話ではなさそうだった。
欲しい答えが貰えそうな、事情に詳しいであろう職員のエンリーに視線を向ける。
「あっと、つまり?」
「晄さんは置いといて、レイゼルさんはダンジョンについてはご存知ですか?」
「いいや、名前を聞いた程度だ。詳しくはなにも」
「それでは迷宮探査支援機構の正規職員である、このエンリーから説明させていただきますね」
なぜか自分は職員だという念を押すエンリーの話に耳を傾ける。
エンリーの複雑かつ詩的な説明を要約すると、ダンジョンと呼ばれる地下建造物にはいくつかの種類があるのだという。
レウォールに存在する代表的なダンジョンは合計で四つ。
その内三つが未だに攻略されていないダンジョンであり、毎日財宝が持ち出されている。
しかし強欲な冒険者が寄ってたかっても未だに攻略されていないのには理由がある。
ダンジョンの内部には凶悪な罠が張り巡らされ、凶悪な魔物も住み着いているのだ。
それらを掻い潜り、財宝を手にするのは容易な事ではない。
階級の低い実績を持たない冒険者が足を踏み入れれば、まず生きては出てこれない。
だからこそ迷宮を管理する機構は、ダンジョンへの挑戦資格として冒険者章の階級を導入した。
俺達の階級はアイアン級であり、この階級で挑戦できるダンジョンは一つだけ。
迷宮区域にあるダンジョンとは違い、生活区域にある攻略済みのダンジョンだ。
攻略済みという事は、すでに何度も冒険者が足を運んでいるという事でもある。
中の財宝は殆どが取りつくされ、今では初心者が腕試しに入る程度だという。
「つまりその攻略されたダンジョンに潜っても、俺達にはなんの利益も生まれないってことか」
「簡単に言えばそうですね。古代の文明で作られたアイテム……アーティファクトなどを目的とするのであれば、そのダンジョンに入る意味は全くありません」
「貴重な品々は最初に入った冒険者達に取りつくされてるだろうしな」
「その通りです。ですから冒険者達はひたすら高難易度のダンジョンへ挑み、日々命懸けでアイテムを漁っている訳ですね」
精霊王の涙と同等の効果を持つアイテムを探しに来たことを考えれば、今さら攻略済みのダンジョンに入る意味はない。
目的のアイテムを狙うなら、やはり未踏のダンジョンでの捜索を優先すべきだ。
となると、結局は最初の問題に戻ってくる。
「だがこのままだと、俺達はダンジョンを見ることさえ叶わないってわけだ」
「それもこれも、あのガネットのせいよ! ほんとに融通の利かない男ね」
「ガネットは支援機構の守衛部門管轄を務める男でもありますから。顔見知りだからと言って、規則を破る様な人ではないでしょうね
確かに、あの男は情に流される性格には見えなかった。
知り合いを特別扱いするようにも、取引に応じるようにも思えない。
となればエンリーの言った通り、その場しのぎの方法でどうにか迷宮地区に侵入する他ないのか。
そんな事を考えていると、ガネットが放った一言が頭を掠めた。
「そういえば、ガネットの言ってた特例っていうのは、なんなんだ?」
「確かにそんなこと言ってたわね。なんなのよ、その特例って」
特例を除いては、実力を担保する冒険者章の階級で挑戦できるかを判断する。
ガネットは晄に対して、そう言っていた。
つまりシルバー級冒険者でなくとも、迷宮区域に入る事の出来る特例が存在しているのだ。
微かな糸口を見つけ出したと思ったがしかし、エンリーの表情は曇ったままだった。
「あぁ、それですか。あまりお勧めできない話ですが、聞いていきます?」
「少しでも奥に進める可能性があるならな」
「特例と言うのは、迷宮探査支援機構と正式に協定を結んでいる組織から、正式に迷宮調査の依頼を受けた場合の事です」
冒険者ギルドの傘下組織である文明保全を目的とした、研究者協会。
古代技術の解明と復元を第一に推し進める、ゴルデット工房。
古代都市レウォールで最も栄えたとされる、レノヴィット教団等々。
それらから指名で調査依頼を受ける事が出来れば、なんの問題もなく迷宮区域に入れるのだという。
つまり、冒険者ギルドが冒険者を指名して出す公式依頼と同じ物だと考えればいいのだろう。
巨大な公的組織が個人へ依頼を出した際に、ガネット言った特例が認められる。
だがそれは、エンリーの懸念通り簡単な話ではなさそうだった。
「どのみち信頼関係と実力を認められないと受けられなさそうだな。俺達には縁のなさそうな話だ」
「いえ、実力さえ示すことができれば、声がかかる可能性は高いと思いますよ。指名依頼を受ける冒険者が少ないため、慢性的に人手不足に陥っていて、我々としても扱いに困っている有様です」
「そう、なのか?」
「そうなんです。ですが殆どの組織は研究員や調査員を同行させてくれと条件を付けるので、ダンジョンの攻略難易度が跳ね上がります。なのでお勧めできないと言ったんです」
その理由は、言うまでもない。
戦い方を知らない素人を守りながら罠が満載の迷宮を進み、凶悪な魔物と戦う。
それがどれだけ難しいことかは、護衛依頼などを受けた冒険者ならば理解しているはずだ。
加えて研究者や調査員が同伴するともなれば、現地に留まる時間も増えることになるだろう。
一般的にダンジョンへ入る場合を比べて、どれほど難易度が上がるかなど想像すらつかない。
しかし――
「どう思う、晄」
「少し面倒だけど、いいんじゃない。それしか方法がないなら、仕方ないわ」
晄はあっけらかんと言い放った。
背に腹は代えられない。
多少なりとも難易度が上がったとしても、ダンジョンに入る事が出来るのであれば問題はなかった。
話が纏まりつつある中で、エンリーが恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「まさかとは思いますけど……。」
「その組織に俺達を推薦してくれないか? どんな危険なダンジョンでも、同行すると」
◆
後日、返答がきたのはたった一つ。
かつてレウォールで信奉されていたとされる教会の思想を継ぐ者達。
レノヴィット教団だけだった。
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