六華の剣聖 ~パーティを追放された冒険者、最強幼馴染と共にダンジョンを攻略して、成り上がる!~
夕影草 一葉
一章 六華抜刀
第1話
「本気で言ってるのか、リリーナ」
確認の為に、向かいの席に座っていた小柄な少女――リリーナへと再び問いかける。
今しがたリリーナが話した内容を聞き逃したわけではない。
話の内容を聞いたうえで、再び問いかけたのだ。
しかしリリーナは鬱陶しそうに俺を睨みつめて、言った。
「えぇ、当然。それとも今の私が冗談を言ってるように見えますか? レイゼルさん」
「いいや、真面目腐ったお前がこんな状況で冗談を言うとは思ってない。だからこそ聞いたんだ。本気なのかってな」
「なら何度でも言いましょう。今日限りで貴方を……レイゼル・リンディニアムを嵐の角笛から除名処分とします」
◆
この街、パーヴァスで嵐の角笛の名前を知らない冒険者はいないだろう。
結成二年余りでシルバー級に上り詰め、一気にその実力を知らしめた冒険者パーティ。
本来であれば数年、下手をすれば十余年の実績が無ければシルバー級とは認められない。加えてそこまでの成果を出す前に、多くの冒険者達は道半ばで散っていく。
だが嵐の角笛はそれらの常識を覆すほどの活躍により、すでにゴールド級の実力があるのではとさえ噂されている。
かくいう俺も嵐の角笛が結成された当初から所属しているメンバーであり、パーティを支えてきた自覚はある。
少なくとも大きなミスをした覚えもなく、理不尽に追放を言い渡される理由はなかったはずだ。
だからこそ、こうもあっさりと除名される事が信じられずにいた。
加えて、なぜ今なのかという疑問もある。
現在、嵐の角笛は今後の評価に関わる大切な任務を控えており、その結果次第では結成当初からの悲願であったゴーrド級への昇格が実現する。
怒りよりも先に、重要な時期にメンバーの一人を追放する理由への疑問が先立っていた。
「ギルドは次の依頼の結果次第でこのパーティの評価を下すと言ってる。俺が抜ければ、その評価にも差し障ると思うが」
「わかっていますよ、それぐらい。ですがレイゼルさんの力が絶対に必要だとは、考えていません」
「だが俺が抜ければ戦力は確実に落ちる。それで任務を失敗でもしたらどうするつもりだ。千載一遇のチャンスを棒にふるのか?」
昇格がかかった特別な依頼を用意したとギルドの受付嬢が話していたのが、つい先日。
受付嬢の話を信じるのであれば、あと数日もしない内にその依頼が俺達に向けて発行されるのだ。
たとえ俺が抜けたとして、その戦力の穴埋めはどうするのか。
リリーナはこの嵐の角笛を結成した当初から、ゴールド級という階級にこだわっていた。
まるで何かに追われるかのように、リリーナは一心不乱に依頼を次々とこなしていった。
そこまでして追い求めた階級が目の前にありながら、なぜ俺を追放するのか。
声なき疑問に答えるように、リリーナは不満げに鼻を鳴らすと、一枚の手紙を取り出した。
封には見覚えのある名前と蝋印が施されている。
「先日、面白い内容の手紙が私の元に届きました。差出人は、わかりますよね」
「まさかとは思うが、それは……。」
「お父様が私にあてた手紙です。この中にはお父様と貴方が交わした契約内容が事細かに書かれています」
その一言で、疑問のほぼすべてが氷解した。
「あのおっさん、やりやがったな」
「手紙を見た時はまさかと思いましたよ。私達がゴールド級に昇格するまで面倒を見れば、お父様の持つ『宝』を貴方に受け渡す契約を結んでいたようですね」
一瞬、その手紙が偽物であってくれと願ったが、その願いは儚く散った。
リリーナが契約を知っているという事は、手紙は間違いなく本物だ。リリーナの父親であり、俺の依頼主であるゼントールから送られてきたのだろう。
とは言えその契約内容について、俺がリリーナに責められるいわれなどこれっぽっちもない。
「その通りだが、契約はお前の親父さんから俺に持ち掛けてきたものだ」
「それも知っていますよ。お父様はこの私にお目付け役を送る程度には過保護ですから」
「じゃあなんで俺を追放するなんて話になるんだ。お前達は無事に冒険者ギルド内での評価と地位を得て、俺は報酬を受け取る。そこになんの問題もありゃしないだろ」
誰もが損をせず、誰もが願った物を手に入れる。
四方が丸く収まる――この場合は二方と言うべきか――契約内容だ。
しかしリリーナは、俺の主張を鼻で笑い飛ばした。
「いいえ、ディエンタール家の宝を渡す必要などないと私が判断しました」
「そりゃ面白い。ゼントールと俺の取り決めに、なんの権限があってお前が首を突っ込んでるんだ?」
「次期当主である私が、家の状況を憂うのは当然でしょう。送られてきたのが生きる伝説と名高い緋色の剣聖ならまだしも、貴方のようなどこの馬の骨とも知らない相手に宝を与える必要性が感じられません」
一瞬、言葉に詰まる。
俺に報酬を渡す程度の価値はない。
そう言われたからではない。
こんな場所で聞くはずのなかった名を聞いたからだ。
大陸に名前を轟かせるひとりの剣士、緋色の剣聖。
美しい緋色の刀を操り、たったひとりで次々と凶悪な魔物を葬る姿からそう呼ばれるようになったらしい。
らしい、と言うのは俺もまだその姿を見ていないからだ。
少なくとも、剣聖と呼ばれる姿は。
だが彼女が送られてきていたらどうなっていたかは、想像に難くない。
いい意味でも悪い意味でも大雑把。考え方も実力至上主義そのもの。
厳しい実戦で実力を磨くことを美徳だと考えており、自分から困難にぶつかっていく。
少なくとも、彼女がお目付け役になっていたら、リリーナはすでにこの世からいなかっただろう。
とは言えそんな事をリリーナに言ったところで、どうなる訳でもない。
静かな態度の中に怒りを秘めたリリーナは、矢継ぎ早にまくしたてた。
「お父様は戦争で身寄りのなくなった貴方の面倒を見たというのに、その恩を忘れて卑しく資産を狙うとは」
「話を聞いていなかったのか? 取引はお前の親父さんから持ち掛けられた。俺はそれを受けただけだ」
「そもそも、そこが一番納得できない点です。お父様は貴方を非常に高く評価している。お世辞にも腕が立つとは言えない貴方をです。事実、私達は何度も依頼を失敗しているし、仲間を失ったこともある。忘れてはいませんよね?」
それは、少なくとも事実だった。
いくら優秀なパーティと言えども失敗はするし、取り返しのつかない事だって起こる。
準備不足や情報不足で重要な依頼を失敗したこともある。
強敵との戦いで負傷した仲間が、怪我を理由に冒険者を辞めたこともある。
ただそれはパーティ全体での責任であり、俺に押し付けるには少々強引ともいえた。
リリーナは俺を追い出すための理由が欲しいだけなのだろうが。
「回りくどいな。ハッキリ言ったらどうなんだ?」
「お父様に気に入られているからと言って勘違いしてもらっては困る、と言いたいんですよ。私が必要なのは腕の立つ冒険者であって、ご機嫌取りだけが一流の曲芸師ではないので」
「曲芸師?」
「違いますか? そんな大層な物を持ち歩いていながら、役立ったことなど数える程しかないでしょう」
言ったリリーナは壁際へと目をやった。
壁際に立てかけられていたのは、美しい反りを有する細身の刀剣だ。
異国では刀と呼ばれる代物であり、そしてそれは俺の愛刀でもある。
この地では珍しい刀は希少価値が高いため、芸術品の様に取り扱われる。
そもそも耐久力が低く、実戦向きではないと言われており、使いこなせる者も少ない。
緋色の剣聖が異様に高く評価されるのは、この刀を完璧に使いこなしている部分も大きいのかもしれない。
ただ、お世辞にも刀を使いこなせているとは言えない俺を、リリーナは快く思っていない。
少なくとも実戦で活躍していれば見る目は変わったのかもしれない。
しかし目立った活躍もせず、そんな色物をぶら下げていれば余計に目に留まるだろう。
玄人ぶってる暇があれば、扱いやすい剣に持ち替えて、少しでもパーティに貢献しろと。
そしてなにより、リリーナの父親であるゼントールは傭兵王と呼ばれる男だ。
傭兵としての彼の信条は、勝つことこそ全て。
娘であるリリーナはその姿を見て育っている。
俺のような大した結果も残せず、実力も伴わない男をお目付け役として付けられている事こそ、リリーナにとっては不満だったのかもしれない。
それら様々な理由が積み重なり、俺の追放という考えに至ったのだろう。
俺のような『曲芸師』が居なくとも、自分達の実力だけで十分やっていけると。
納得はできないが、理解はできる答えでもあった。
「なるほどな、それがお前の本心ってことか。よくわかった」
「理解できたのなら、荷物をまとめて出ていってもらえますか?」
「今すぐにか?」
「えぇ。レイゼルさんの除名手続きは私の方で済ませておきますから」
それが優しさではなく、当て擦りであることは理解している。
元々はゴールド級まで所属している予定であり、少しは前倒しになったが頃合いだろう。
少しの情はあれども、未練は無いに等しい。
唯一の後悔があるとすれば、ゼントールとの契約が果たせなかったことだ。
目的を果たすために必要だった『宝』が、すんでの所で手の内から零れ落ちてしまった。
どうにかして実力を示し、パーティに残る事はできないか。
そんな事さえ頭をよぎる。
だが二年という歳月を共に過ごして、リリーナの性格は理解していた。
彼女が一度決めたのであれば、何人たりともそれを覆すことはできない。
それがたとえ、リリーナ本人であったとしても。
宝を手に入れるには、ほかの方法を探し出す必要がある。
二年の歳月が無駄に終わった徒労感と、脱力感が押し寄せる。
浪費した時間は決して短くはない。
深いため息と共に、壁際の刀を手に持ち席を立つ。
そ、その時――
「へぇ、ならレイゼルはアタシが連れていっても構わないよね?」
背中から声が上がり、肩を掴まれる。
振り返れば、ひとりの少女がそこにはいた。
夕暮れのような深紅の髪。
夜の海にも似た藍色の瞳。
口元には勝気な笑み。
異国の空気を感じさせる軽装を身に纏い、腰には刀を下げている。
そんな苛烈な印象を見る者に抱かせる外見とは裏腹に、凛とした佇まいは静謐さを湛えていた。
異質さと力強さ、そして美しさが混在する少女の姿は、周囲の視線を引き付ける。
ただ、その姿には嫌と言うほど見覚えがあった。
二年と言う歳月の中で、少しばかり見た目はは割っている。
それでも長年、同じ時間を過ごしてきた相手を見間違えるはずがなかった。
少女はいたずらが成功した子供の様に、口角を釣り上げる。
「お前……なんでここに……。」
「誰ですか、貴女」
不機嫌なリリーナは、俺と赤髪の少女を見比べていた。
自分達の話に首を突っ込んだ相手を見極めようとしているのだろう。
しかし、そんなこと知ったことかと、赤髪の少女は続ける。
「アタシ? アタシの事はそっちもよく知ってるんじゃない? さっきも名前を呼んでたみたいだし」
「なにを言って……。」
「ほら、これなーんだ」
腰に下げていた刀を、見せるけるように取り出した。
美麗な装飾が施された刀は、鮮やかな緋色をしていた。
その色の刀を有することが、いったい何を意味するのか。
遅れながらに理解したリリーナは、驚愕からか、瞳を大きく見開いた。
信じがたい事だが、その予想は的中している。
彼女こそが、大陸に名を轟かせる凄腕の剣士。
そして幼少の頃に俺をドツキ回した幼馴染にして、永遠の好敵手。
「
生きる伝説と名高い、緋色の剣聖である。
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