第50話 VTuber祭 二日目 告白と、未知との遭遇
VTuber祭、二日目の朝。会場の扉が開かれて、まだ間もない頃。
スタッフの姿がちらほらと見え始め、設営もおおかた終わったような落ち着きが出てくる、そんな時間帯。来場者の波はまだなく、空気は前日より少し冷たく、張りつめた静けさが漂っていた。
その朝、私ははやて丸さんを会場の外にあるベンチへと呼び出した。
まだ光が優しい時間帯。空は曇っていたけれど、柔らかい陽の光が差し込んでいた。ベンチの横には小さな木が立っていて、わずかに風が吹くたび、枝が揺れて葉の影が私たちの足元をちらちらと踊らせる。
「どう? 眠れた?」
そう声をかけると、はやて丸さんは明るく笑った。
「ぐっすり眠れたッス!」
元気な声。けれど、その笑顔の奥にほんの少しだけ、気を張っているような気配が見えたのは、たぶん私の気のせいじゃない。
私はしばらく迷いながらも、言葉を選んで口を開いた。
「……ごめんね。本当は昨日、話したほうがよかったんだけどね」
はやて丸さんは、きょとんとした表情で私を見る。
「……? どうしたんでスか?」
私は一呼吸おいてから、意を決して言った。
「……あの姫がね、この会場に来てたんだ」
その瞬間、はやて丸さんの顔からさっと表情が消えた。目が揺れ、口元がかすかに震える。
「……え、え? な……え?」
あまりにも突然のことだったのだろう。理解が追いついていないようだった。
「昨日、僕がはやて丸とアカネちゃんとおっさんの三人に合流する前、サキさんと会ったんだ。……たまたまなのか、狙ってたのかわからないけど……まぁ、うん、あれは狙ってたんだろうね」
はやて丸は沈黙した。さっきまで元気だった顔が、見る見るうちに曇っていく。彼女は目を伏せたまま、何も言わなかった。
「彼女が現れて、はやて丸にVTuberを辞めさせられたことを、すごく責めてたよ」
「……っ」
小さく息を飲む音が聞こえた。肩がほんのわずかに震えた。
「その時、サキさんもいたし、周りの目があったから、何も言えなかった……って言ったら、言い訳になるとは思う。でも、正直に言うと……ふざけるなって思った」
「彼女もさ、もし反省して謝罪して、配信でもその姿勢を見せて、それでここまで来たなら文句はないし、君も頑張ったんだなって思えたかもしれない。応援も、できたと思う」
「でもさ、はやて丸と違って、自分のリスナーに好きなだけ叩かせて自分は何も言わずに消えて、それでこういう大事な時にまた現れて、『あなたのせいで〜』ってさ。……俺には理解できないよ」
はやて丸はじっと足元を見つめていた。表情は読めなかったけれど、その手がぎゅっと拳を作っていたのは見えた。
「なんで、謝って努力してる子が、謝らないで努力もしないやつに、好き放題言われなきゃいけないのさって。……おかしいでしょ」
「……」
「もちろん、全部あの人が悪いとは言えない。はやて丸にも、当時、駄目だった部分があってそれで起きたことだってのは分かってる。でも、それを俺は責めるつもりはない。……自分でちゃんとわかって、やり直そうとして、ずっと頑張ってる姿を見てるから」
私はまっすぐにはやて丸を見た。その瞳に、彼女の想いが宿っている気がした。
「だからさ、はやて丸」
「……はい」
「きっと、どこかでまた、あの人に会うかもしれない。嫌な思いをするかもしれない。……でも、そのときは」
少し間を置いて、私はゆっくりと言葉を重ねた。
「遠慮なく、俺を呼べ。頑張るって決めたお前を……絶対助けるって、決めたから」
はやて丸は顔を上げた。瞳には涙が浮かんでいたけれど、それでも彼女はまっすぐ私を見て、力強く頷いた。
「……はいっ。……雹夜さん」
「ん」
小さく笑って応えたそのときだった。
「……もしそうなったら、わたしも、ガツンと言います。もう、逃げません!」
彼女の声は、震えていなかった。強く、はっきりとした決意のこもった声だった。
「おぅ、言ってやれ」
「はいっ!!」
はやて丸は拳をぎゅっと握って、空に向かって突き上げた。
その姿に私は思わず笑みをこぼした。
そして空を見上げると、分厚かった雲の切れ間から、細い光が差し込んでいた。
はやて丸さんと話したあと、彼女は「午前の部で見たいステージがあるんスよ〜」とタイムテーブルが書かれたパンフレットからそのステージを指さして見せてくる。
私は昨日あまり会場を巡れなかったので少しだけ見てみたい気持ちがあった。だから、お互い少しの間ソロで行動することにした。
人の波が昨日と変わらず熱気を帯びていて、会場は開場早々から賑やかだった。色とりどりのフライヤーを手に持ったファンたちが足早にブースを巡り、ステージ前では最前列を目指して走る人々の姿もある。
私はといえば、まだこの日最初に何を見ようか決めかねていた。どこも魅力的だし、気になる新人もいれば、古参の貫禄あるパフォーマーもいて、優柔不断な性格が出てしまう。うーん悩むぜ。
「さて、どこ行こうかなぁ」
独りごちるように呟きながら、人混みを避けて会場の端の方へと足を運んでいたそのときだった。
「わっ」 「あっ」
コツンーーと何かに当たる。それと同時に小さな悲鳴が聞こえ、思わず下を見る。自分の太もものあたりに、子どもが頭をぶつけていた。私は反射的にしゃがみこみ、大丈夫?ぶつかってごめんね?と声をかける。
その子はブンブンと顔を横に振り、「わたしのほうこそごめんなさい」とペコリと頭を下げて謝った。
見上げてくるその子の顔は、まるで小学生のように幼く、小柄な身体にふわふわのツインテール。けれど、首からはしっかりとスタッフ用のパスがぶら下がっている。
「もしかして……VTuberさんだったりする?」
「うん! でも、いまは迷子!」
「迷子……?うーん、そっか……じゃあ、誰か探してる?」
「うん、いっしょにいた人たち、いまどっかいっちゃって……すぐ戻るって思ったら、戻らなかったの」
どうやら、仲間とはぐれてしまったらしい。
クロエちゃんしかり、何故かこういう場面に遭遇しやすい気がする。体質なのか???
私は少し辺りを見渡すが、似たような小柄な子どもは見当たらない。まあ、こんな見た目のVTuberはそうそういるものじゃないだろうけど……。
「ここで待ってたら、きっと迎えに来てくれるよ。良ければ、戻ってくるまで一緒に待とうか?」
「いいの……?」
「うん。僕でよければ一緒にいるよ」
「わぁ……!ありがとう、お兄さん!ママみたいに優しいね!」
「ま……え?パパじゃなくて???」
何を言ってるんだこの子は。
「んー、なんかね、優しいのもあるけど、声がね、ママみたいに安心するの!」
「ママってこんなに声野太いの?」
「ぶー、違うよ!もっと可愛い声だもん」
「あはは、ごめんごめん。……しかしママか、初めて言われたなぁ」
嬉しいような嬉しくないような……いや嬉しい枠に入るのか?母性があるって考えればうーん……うーん???
頭の中でウンウン唸りながら、彼女と一緒に近くのベンチに腰を下ろした。
「それでさ、君は普段どんな配信してるの?」
「んー……ヒミツ!」
「秘密なんかーい。まぁいいか……じゃあ僕の話をしようか。昨日、すごく緊張したけど、VTuberとして初めてイベントに出演したんだ」
「そうなの?おめでとう!」
「ありがとう。と言ってもステージの方じゃなくて通路でやってるやつね。通路にモニターが置かれてて、いろんなVTuberさんがそのモニターの前でファンと交流したり」
「それならわたしも見たよ!みんな楽しそうに話してて、わたしも話に行こうとしたら同期の人に止められちゃった」
「あらま。じゃあ、もしかしたらそこで会ってたかもしれないね」
「だね!」
彼女は私の話に、目をキラキラと輝かせて相槌を打ってくれる。ただ、自分のことはほとんど話さない。聞いても「ヒミツ」「うーんと、わかんないっ」と、まるで本当の子どもみたいな反応を返してくる。
まぁ言えないなら言えないでいいんだけど、やっぱちょっと気になるよね。
そうしているうちに女の子が「あ、見つけた!」と言って指を指す。
見ると、明るい金髪の元気そうな女性と、色素薄めの黒髪で大人びた雰囲気の女性が小走りに近づいてくる。
「よかったぁぁ! あんたね、どこ行ってたの!」
「やっぱり手を繋いでないと駄目なのかしら」
「むー、子供扱いしないでよー!」
二人はベンチに駆け寄ってきて、金髪の女性はガミガミと女の子に説教をし、黒髪の女性は私にペコリと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしたようで……ええと」
「いえいえ。あ、初めまして、個人勢の紅雹夜と言います」
私はベンチから立ち上がって同じようにペコリと頭を下げて挨拶した。
「初めまして。ユメレイド所属の紬綺(つむぎ あや)と言います。雹夜さん、宜しくお願いします」
黒髪の女性、紬さんが挨拶を返す。続けて金髪の女性が、十分説教したのか、私に挨拶をした。
「うちの子がごめんね。アタシは灯羽(ともは)って言うの。よろしくね」
ニコッと笑う姿に太陽のような明るさを感じた。うーん、陽キャだぁ。
「そしてこの子がうちのエース」
「……エース???」
灯羽さんが女の子をベンチから立ち上がらせ、私の正面に立たせる。そして彼女の両肩に手を置いてそう言った。
「そうです。こんな感じですけど、私達の事務所のエースなんですよ」
「やっぱちっちゃい子が一番人気出るんだね~。ねぇ、ようじょ~」
「ようじょって言うな~!」
灯羽さんに頭を撫でられプンプンと怒る女の子、もといようじょの正体に私は驚いた。なるほど、だからあまり喋りたくなかったのかな?わからんけど。
しかしエースかぁ。すごいな。後輩とかいるんかね?
「見守り隊の後輩ちゃん達がずっと心配してたよ~。ようじょ先輩どこだー!って。あんた、ちゃんとメッセージ返しなさいよ?」
「スマホの充電無くなっちゃった……えへへ」
「この子はほんとに……」
灯羽さんは頭を抱え、紬さんも慣れているのか、自分の鞄からモバイルバッテリーを取り出してようじょ先輩に渡す。しかしようじょ先輩か。いいな、私もそう呼ぼう。
「この人ね、ママ!」
私が頭の中でようじょ先輩呼びを確定した時、ようじょ先輩は私の事を紹介していたようだった。ママという形で。
「僕、母性力あるように見えますかね?」
「えーと……」
「あるかもしれませんね」
「「え」」
紬さんの発言に私と灯羽さんの言葉がハモる。
「冗談です」
ニコニコと笑顔でそう言う紬さんに、私は苦笑いし、灯羽さんは「なんかごめんね」というような視線を送ってくる。なるほど、だいぶ濃い事務所さんなんだなぁ。
「ようじょ先輩、後輩さんに慕われてるんですね」
「あ!ママまで変な名前で呼んでる!!」
「ママ呼び許しますんで」
「むー」
「ちなみに何期生?とかあるんですかね?」
「ありますよ。私達の事務所は今で四期生まで居ますね」
「おぉー……え、多いですよね?」
「多い方なのかな?まぁ全員で20人近いし多いんじゃないかな?」
「ふぇーすごい人数。ようじょ先輩達は一期生なんですかね?」
「そうだよ~一番偉いんだからね!」
胸を張るようじょ先輩。うーんこれは前ならえの構え。
「まぁでも、ようじょが懐くなんて珍しいね。雹夜さん、面倒見てくれてありがとね」
「いえいえ、僕の方こそ話聞いてもらってたので」
「お礼をしたいのですが、私達これからイベントがあるので、どうしましょうか……?」
「いやいや、気にしないでください。イベントのほうが大事ですし、そっち優先で」
「うーん、でもねぇ」
「まぁまぁ。僕も十分楽しめたのでそれで大丈夫です。んじゃ僕も、これから人と会う予定なので失礼しますね。皆さん、イベント頑張ってくださいね」
「ありがとね、雹夜さん」
「ありがとうございました」
「ママ、またね」
「ようじょ先輩、またね」
ブンブンと両手を振るようじょ先輩に僕も手を振り、はやて丸との待ち合わせ場所に向かった。
「……さて、アタシ達も急がないと」
「次は手を繋いで行きましょうね」
「次は大丈夫だもん!あ、スマホ使えるようになった……メッセージいっぱい来てる」
「後輩ちゃん達にちゃんとごめんなさいするんだよ~?」
「ぶぅー」
「ほんと、子供みたいですよね」
「これで同い年だからほんとびっくりだよ。まるっきり子供だもん」
「子供じゃないもんね~!」
そう言い合いながら三人はイベント会場に向かった。
「あのお兄さん、ようじょの事本当の子供だと思ったりして」
「ありえますね」
「ママはそんなんじゃないよ~」
「……しかし、今はあんな小さな子供でもVTuberになれるんだなぁ」
通路を歩き回る人達の波の中で、私はそんな事を思いながら歩いていた。
なんだか、今日は一日、いい意味で予想がつかない気がする。
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