第46話 Vtuber祭 一日目 前

遂に開催されてしまったVtuberによるVtuberのための祭り。可愛らしい女性の声による掛け声で始まった祭りはさっきまでスタッフ以外居なくてガラガラだった会場が、大げさに言うなら某アニメマーケットに参加する人達と同じくらいの行列と密度で埋め尽くされてしまうくらい一気に賑やかになっていく。


 流石にあっちよりは少ないしちゃんと会場を歩き回れるくらいには人数制限されているけども、しかしすごい。どこを見ても人、人、人。人ざかりが苦手な自分はこの時点でだいぶ「うわぁ……」という気持ちでいっぱいだった。迷子になりそうで怖いなこれ。


 自分の出番までは時間があるのでとりあえず会場めぐりでもしようかな。サキさんとアカネちゃんは出番まで事務所組と固まってるだろうし、おっさんとはやて丸さんと合流してぶらぶらしよっと。スマホを取り出しスッスッスー。おっさん呼び出しプルルルル~。


 「でーとしてくれまっすっか~」

 「帰るぞ」

 「ごめんて」


 


 

 「おー、いたいた。おっさんやーい。めっちゃ目立ってるな」

 軽く手を振りながら目的の人物を見つけて近づく。こういう大勢人が居る場で声出すと結構注目されるけど気にしない気にしない。自分慣れてますからアピールをしつつ俺より注目浴びてるおっさんの目の前で止まる。


 「おっすうっす。めっちゃ目立ってるねきみぃ」

 「慣れてはいるが、ここまで人が多いと少し恥ずかしい気持ちはあるのぅ。それ、わしのモノマネか?」

 「似てるっしょ。きみぃー^^」

 「はっはっは。グーとパーどっちがいいかのぅ」

 「チョキがいいかなぁ。カンチョー!的なね」

 「なるほど目潰しか」

 「ごめんて」

 いつものやりとりをしつつ右手でスマホを弄りケツポケットにしまう。

 「おや、誰かにメッセージかの?」

 「うん。はやて丸さんに合流したいから場所教えてってメッセ送った」

 「ふむ。わしも一緒でいいんかの?」

 「え、なんで?」

 「いや、怖がらせてしまわないかと思ってのぅ」

 「なんだそんな事か。大丈夫でしょ。あの子は外見で判断するような子じゃないよ」

 「そうか。なら早く合流しに行こうかの」

 「うぃ。えーと……あっちかな」



 おっさんと合流しメッセージに載せられた「ここにいまス!」の文章と画像を頼りに10分くらい歩いた頃、大きな柱を背にさっき外で見かけた黒い帽子を深く被って地面を見てる子を見つけた。多分あれだと思うけど、一応メッセージを送って反応を確認。


 【始まりましたッス!わたしもこれから会場入りまス!】

 【うん。後で合流しようねー】

 【はやて丸さん合流できる?】

 【できまス!!どこで合流しまス?】

 【俺がそっち行くよー。とりあえず周りの写真送って貰っていい?】

 【はいッス!送りまスね!】

 

 【はわわ丸発見なう】



 メッセージを送ったところ地面から顔を離しキョロキョロを周りを見渡すその姿を見て、確信する。



 「やっほはやて丸さん。さっきぶりだね」

 声をかけながら近づいていく自分に対しはやて丸さんはビクッと身体を震わせつつ私のほうを見てくる。一瞬パァーっと笑顔になってたけど、私と一緒に歩いてたおっさんを見たからかすぐに表情が固まるのがわかった。コロコロ表情変わって面白いなこの子。


 「せ、せんぱい、その、ど、どなたでスかね……?」

 「紹介しよう。おっさんだ」

 「待て待て待て。それだけじゃ何もわからんじゃろ。確かにおっさんではあるが……」

 「……あっ、もしかしてせんぱいがよく話題に出ス……?」

 「ん?わしの事話してるのか?」

 「うん。そりゃ話さないわけないでしょー。Vtuber始めるきっかけになったし、俺の親友だし」

 「……はぁ」

 「ん?どしたん?」

 「いや、君はもう少し恥ずかしさというかのぅ……まぁいいか。えーと、はやて丸ちゃんだったかな?初めまして。こいつの保護者兼友人の龍じゃ。……まぁおっさんと呼ばれておるよ。はやて丸ちゃんも好きに呼んでくれていいよ」

 「あ、はい!えっと、それじゃ、り、龍さんでお願いしまス!よろしくおねがいしまス!!」


 ぺこりと大きく頭を下げるはやて丸さんに対しおっさんはちょっと苦笑いしながらも「うむ、よろしくのぅ」と同じように小さく頭を下げた。私はなんとなくその光景をパシャリと撮って保存しつつ改めて三人で会場めぐりをする事にした。



 「これが龍さんなのね……ちょっとびっくりしちゃった」

 「で、ですよね……で、でも、優しそうな感じでよかったです……!」

 「ふふ、そうね」


 スマートフォンに映し出された一枚の写真をボクとサキさんは見ている。さっき会った雹夜さん、はーちゃん、そして大柄で雹夜さんより怖い見た目をしている龍さんが写っていて、三人仲良くカメラにピースしていた。はーちゃんは若干ぎこちない笑顔で、龍さんは照れくさそうに、雹夜さんは真顔でピースじゃなく龍さんの顔の近くに右手でハートを作っていた。雹夜さんって意外とおちゃめさんなんだなとって思った。


 二人でクスクスと笑っていたけれど、冷静に考えればサキさんがボクの隣に座っていて一緒にスマートフォンを覗き込んでいるんだ。ちょっと、いやすごく恥ずかしくなってきた。何か話題を変えて落ち着かなきゃ。えーと、えーと……


 「えと、は、はやて丸ちゃんの私服すごく可愛いですよね……!」

 「そうね。とってもお洒落で可愛いわ。もちろんアカネちゃんもね」

 「え、あ、ありがとうございましゅ……」

 

 急な不意打ちに顔が真っ赤になってしまう。うぅ、ボクもサキさんに「サキさんも素敵です!」って言えたらなぁ。そんな事を考えていると、コンコンと待機部屋のドアをノックする音が響き、六人の女性が入ってきた。

 

 「戻ったわ」

 

 そう言って先頭を歩いていた女性がボクとサキさんの向かい側の席に座る。後ろを歩いていた五人は四人組と一人に分かれてそれぞれ離れた席に座った。ボクは向かい側に座った女性にペコリと頭を下げた。

 「ちょっと、同期なんだからそういうのいらないって。いつまで怯えてるのよ貴方は」

 「あ、えと、ご、ごめんなさい……」

 「はぁ……まぁいいわ。できることならこの三日間の間に慣れてほしいけどね」

 「う……が、頑張ります……」

 「大丈夫よ、アカネちゃんのスペースで慣れていけばいいわ」

 「あ、ありがとうございます……!頑張ります……!」

 「ふーん……貴方、変わったわね」


 ボクとサキさんのやり取りを見て、

 向かい側に座っている女性が頬杖をつきながらサキさんに言った。


 「えっと、そうかしら……?」

 「ええ。まるで別人のようにね。ここ数ヶ月で何かあった?」

 「特に何も……」

 

 サキさんがそう言った直後にスマートフォンの通知音が鳴る。

 ボクのスマートフォンの通知音でもなく、向かい側の女性のものでもない。

 チラッと隣を見るとサキさんが自分のスマートフォンを覗き込んでいた。

 そして「ふふっ」と小さく笑った。

 「あら、嬉しそうね。何かあったのかしら?」

 向かい側の女性の言葉にサキさんが答える。ニコッと笑って。

 「ええ、とても」

 「ふーん……」

 サキさんの答えを聞いた女性は頬杖をやめて席から立ち上がる。

 そして待機部屋に居た全員を軽く見渡して言った。

 「さぁ、そろそろ準備してステージに向かうわよ。一日目は私達エンドレスが盛り上げましょう」

 

 サキさんと同じ女王の名を持つ彼女、アヤさんの言葉にボク達は返事をした。




 「エンドレスエイト?あの地獄のような日々を見たいの?」

 「エンドレスでス!アカネちゃんやサキさんが所属してる事務所でスよ!」

 「面白い名前じゃのぅ」

 「インパクトある名前でスけど、事務所自体は結構厳しいらしいでスよ?」

 「ほほう。どんなのだろうか」

 「ふふん!」

 「おやはわわ丸殿。もしやご存知で!?」

 「はやて丸でス!情報と言えばこのはやて丸に任せてほしいッス!コホン……えーと」


 Vtuber事務所 エンドレス

 実力派Vtuberが多く所属している事務所。

 応募数や所属Vtuberが一番多い。

 それぞれの分野のトップには女王の二つ名が与えられる。

 現在確認されている女王は三人。

 三期生のサキとアヤと奏が女王の名を持っている。

 内二人は一期生からトップの座を奪っている。

 ゲームカテゴリーの女王だけ未だ不在である。


 「でス!」

 「おーパチパチパチ」

 「わかりやすかったのぅ。説明してくれてありがとうねはやて丸ちゃん」

 「いえいえ!そんなエンドレスにアカネちゃんとサキさんは所属してるんスよ!凄いッスよね!」

 「うん。全然知らなかったからびっくりしちゃった。サキさんはなんとなくわかるけど、アカネちゃんもそんな事務所に入ってるとは驚きだなぁ」

 「アカネちゃんは目標にしてる人物に追いつくために入ったッスからね!」

 「ほほう。気になりますなぁ」

 「え、キミわからなかったのか?」

 「え?」

 「せんぱいまじッスか……」

 「あれー?」



 スタッフや関係者のみだけが通れる廊下を歩きながら、

 頭の中に残っている違和感を考える。

 (やっぱりおかしい。あのサキがあそこまで変わるなんて)

 ここ数ヶ月彼女と会う機会はなかった。彼女とは友達でも何でもないから別に会わなくても気にしない。気になるのはそこじゃなく、あのサキの変わりようだ。配信だけじゃなくリアルでも冷たい対応をしていた彼女がまさかアカネを気遣うなんて。朝に会った時もそうだ。普段は挨拶だけなのに「今日は大変だから」なんて言って温かいお茶を淹れてくれたりして。絶対におかしいわ。こんなのありえない。


 誰かがサキに何かをしたはずだ。誰かが、サキの中の何かを変えたんだ。どこの誰か知らないけど、あの氷の女王を変えるなんて恐ろしい奴だわ。一体誰が……いけない、これから本番だっていうのに。しっかりしなきゃ。


 アヤはチラッと後ろを見る。

 彼女の後ろをサキやアカネを含めた7人の女性が続いている。

 私はグッと拳に力を入れて、そして後ろの彼女達に背中を向けたまま言う。


 「さぁ、ぶちかましてやるわよっ!」




 サキが貰ったメッセージ


 【サキさんそろそろ出番ですよね?はやて丸さん達と一緒に応援しますねー】

 【ありがとう。頑張るわね】

 【このイベントに来た理由、おっさんって言いましたけど】

 【もう一つはサキさんのイベント見たかったから来たんです。】

 【いつも頑張ってて僕らの事も考えてくれてるサキさんに】

 【お礼も込めて直接応援したかったんです。】

 【恥ずかしくてさっき言えなかったですけど、俺凄い楽しみにしてますから】

 【頑張ってくださいね】

 

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