第34話 わたしの、大切な――。

―――


あの人は、何も求めず、ただ、その手を伸ばしてくれた。


―――





 出たらだめだ。

 絶対に、それに出たらダメだ。

 このまま無視して、自然と終わるのが一番いいんだ。

 期待しちゃダメなんだ。だってずっと、そうだったじゃない。

 だから出ない。絶対に、出ない。

 今までそれでやってこれた。

 これからも、それをやっていけばいいんだ。

 わたしになんて必要ないんだ。



 「……もしもし」

 「お久しぶりです、はやて丸さん」

 結局出てしまった。

 わたしは、何をやっているんだろう。

 期待、しているのかな。

 電話をしてくれた雹夜さんが、わたしを助けてくれるんじゃないかって。


 「……お久しぶりです」

 「身体の調子はどう?風邪引いたりしてない?」

 雹夜さんの優しい声が頭に響く。

 いつも寝る前に聞いている声。

 心がぽかぽかして、あったかくなる優しい声。

 それが、今のわたしにはとても辛くて。


 「最近寒いからね。ちゃんと身体温めて寝るんだよ?

  あと運動ね。まぁはやて丸さんは学生だし大丈夫だと思うけど、歳取るともうねぇ……あ、でもね、これでも最近はちゃんと外に出てるよ?朝は軽くランニングしたりしてるし」

 

 どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?

 どうして、何も聞いてこないんですか?

 いろいろ言いたい事があるはずなのに、なんで、そんな優しい言葉を言ってくれるんですか。責めてくれたほうが、楽になるのに。


 「……どうして」

 「うん?」

 「……どうして、わたしに電話したんですか。

  聞きたい事があるから電話したはずなのに、

  なんで、いつも通りに話すんですか……」

 「どうしてだと思う?」

 「……大人だから。

  大人だから……大人として心配だから、ですよね……。

  雹夜さんは大人で……わたしは子供だから……

  だから……可哀想だから……」


 雹夜さんは優しいから。大人だから。

 困ってる子供が居たら、きっと手を差し伸べる。

 だからわたしにも手を伸ばした。困っているから。

 わたしを、可哀想だと思ったから。


 「そうだね。心配はしたよ。何かあったんじゃないかなって」

 「……別に、何もないです」

 「そうなの?それなら、いいんだけど」

 「……ええ、何もないです。大丈夫です。

  だから、もういいですか……」

 「俺も心配したけどさ、アカネちゃんも、先輩方も、皆心配してたよ」

 「……迷惑でしたよね。ごめんなさい」

 「迷惑なんかじゃないさ。それで、どう?Vtuber、戻れそう?」

 「……戻っても、何も変わりませんよ」

 「はやて丸さん?」

 「もう、いいですか?わたし、忙しいので」

 「……そっか。ごめんね、邪魔しちゃって」

 「…………それじゃ」

 「

 「……え?」

 「本当に、このまま通話を切って、いいんだね?」

 「……」

 「休止してる理由は俺にはわからない。

  家の事情なら俺から言えることはないし、

  1人で解決出来るなら、俺は何もしない。

  このまま通話を切って、皆にはリアルが忙しいからって伝えておくよ」

 「……」

 

 「でも」

 「でも……もし、家の事情でもなく、1人で解決出来ないモノなら

  それがもしはやて丸を苦しませてるなら、

  助けてほしいのに、誰にも頼れない状況なら」


 「


 「……っ」

 「はやて丸。今抱えてる問題は、1人で解決出来るのか?

  本当に、俺はこのまま、この通話を切っていいのか?

  この通話に出たって事は、お前は、助けてほしかったんじゃないのか?」

 「……違います」

 「はやて丸」

 「違いますっ!!」

 「わたしはっ!!!……わたしは、大丈夫です。

  独りで、大丈夫なんです……」

 「……声が震えてるのに、大丈夫だって?」

 「……っ」

 「そんな感情をむき出しにして、大丈夫だって?」

 「……やめて……」

 「本当に、心の底から、大丈夫だと言えるのか?はやて丸」

 「……もうやめてよ……」

 「はやて丸」



 「でもなんでもないのに、わたしに関わらないで!!」




 「……」

 「……あっ……ち、ちがう……」


 違う……違う!!!

 こんな事を言いたかったんじゃない!

 わたしは……わたしはただ……!!

 ただ……たすけてほしくて……なのに……


 「、か」


 離れていく。

 手を伸ばしてくれた雹夜さんが、わたしを見捨てて、離れていく。

 ここまで来てくれたのに。

 ここまでしてくれたのに。

 わたしが、わたしが……自らその手を振りほどいてしまった。

 自分がここまでバカだとは思わなかった。

 本当に、救いようのないバカだ。


 ただ、ただ……友達がほしかっただけだった。

 一緒に遊んでくれる友達がほしかっただけだった。

 一緒に泣いてくれる友達がほしかっただけだった。

 一緒に笑ってくれる友達がほしかっただけだった。


 ただ、欲しかっただけなのに。

 それを知らないから、わたしは振りほどいてしまった。

 もう二度と来ないチャンスを。もう作れない友達を。

 ずっと欲しかったモノを、自分の手で、壊してしまった。


 やだよ……たすけてよ……


 もうひとりは……やだよぉ……



 「それで?」

 「…………え……」

 「友達じゃないから……それで?」

 「…………」

 「まぁ、はやて丸さんがそう言うなら、そうなんだと思うよ。うん」

 「確かに出会ってまだ数ヶ月だし、そんなに遊んでもないから、友達じゃないと言われればそうかもしれんね。……そうだな。俺も、今は友達は2人しか居ないし、親友は1人しかいない」

 「その友達の中に、はやて丸、

 「……っ」

 「悪いな、はやて丸」

 「俺は、いい大人じゃないから。

  お前の求めてる言葉も言えないし、

  大人としての優しさも与えれない。

  お前の抱えてるモノも俺はわからん。

  お前にとっては、頼りない大人だと思う」

 「情けなくて、かっこ悪くて、頼りにもならない大人だ」

 

 「……だから、大人として、何か言うのはやめた。

  大人としてのプライドも、

  大人としてあるべき姿も、全部捨ててやる。

  ただシンプルに、俺は、お前に聞くぞ」


 「……なぁはやて丸。俺に、教えてくれないか」


 「何を抱えてるんだ?何が、お前の重みになってるんだ?

  怖いのか?辛いのか?ずっと抱えてて、お前は大丈夫なのか?

  誰にも言えなかったのか?誰にも、頼れなかったのか?」

 「もしそうならな、はやて丸」


 「何も気にせず俺に全部ぶちまけろ」

 「……っ」


 「俺じゃ、頼りないかもしれない」


 ちがう。


 「俺じゃ、お前を救えないかもしれない」


 ちがう。


 「俺じゃ、何にも出来ないかもしれない」


 ちがう。


 「それでも、俺が全部受け止めてやる」

 「確かに、今は友達じゃないかもしれない。

  お前がそう言うなら、そうかもしれない」

 「友達じゃなければ関わっちゃいけない問題だと言うのなら」



 

 「なら、

  そんで、友達として、お前の問題に関わってやる。

  お前が嫌がっても、お前がそうやって泣いてる限り、

  俺は関わり続けるぞ」



 ― ごめんね、友達とだけだから ―

 ― ○○ちゃんは友達じゃないから ―

 ― 友達にしか話せないから、ごめん ―



 「俺はいつだって覚悟できてる。お前はどうなんだ?はやて丸」


 「……うぅ……ぁぁあ……」


 言っていいのかな。

 ぶつかっても、いいのかな。

 泣いて、叫んで、バカみたいな情けない顔をして、

 求めてもいいのかな。

 友達が欲しいって、言って良いのかな。


 「……やだよぉ……」

 「もう……ひとりは……やだよぉ…………やだよぉ……」

 「…………たすけてよぉ……たすけてよ……せんぱい……」

 「ああ。助けてやる」

 「……ぁぁあああ……ぅぁぁぁああぁぁ……」


 「…………うぁぁぁああああああああああああ!!」





 「……ぐすっ……えぅ……」

 「そうか。そういう事があったのか」

 「……わたし……違うと思ったけど……でも……」

 「不安だったんだね」

 「……ほんとうにそうだったら……どうしようって……こわくて……」

 「そうだよな。……うん。辛かったね」

 「ずっと……ずっと…………ともだちがほしかったんです……」

 「ひとりがこわくて……だれかと話したくて……インタビューをはじめて……」

 「ごめんなさい……だまして、ごめんなさい……」

 「……まぁ、そうだな。理由はどうあれ、は騙されたわけだ」

 「……うぅ……」

 「だからな、はやて丸。今度はちゃんと、向き合って言ってこい」

 「……え……?」

 「向き合って、言いたい事言ってしまえ。……んじゃ、また後でな」

 「せんぱい……?」


 ブチンと通話が切れる。

 それから少し経って、画面に通話の文字が浮かぶ

 わたしは、恐る恐る、それに出た。



 「……はやて丸ちゃん!!聞こえてる……っ!?」



 「あ……アカネ、ちゃん……?」

 「……バカっ!!」

 「えっ……」

 「なんで……なんで言ってくれないのさ!!ボクは!!

  ……ボクは、あの時から、友達だと思ってたのに……」

 「……アカネちゃん……」

 「嬉しかったのに……!友達が出来て、嬉しかったのに……っ!!勝手に1人で抱え込んで……消えようとしないでよ……!!」

 「……アカネちゃんは……わたしのこと……友達だって……ほんきで……」

 「……当たり前だよ……!!そうじゃないなら……一緒に遊んだり、通話したりなんて、しないよ……友達だから……っ!!……友達だから、こんなに心配したんだよ……」

 「……だましてたんだよ……?

  ずっと、わたしはアカネちゃんもだまして……」

 「だからなんなのさ……っ!!」

 「……っ」

 「騙されたとしても……それでもいいよ……はやて丸ちゃんが何もなかったのなら、それでもいいよ……でも……でも泣いてるじゃないか……助けてって……叫んでるじゃないか……だから……例え騙されてたとしても!!……ボクは助けるよ……友達だもん……」

 「……ごめんね……ほんとに、ごめんね……」

 「許さないからね……はやて丸ちゃんが……友達だって言ってくれるまで、絶対、許さないから……!!」

 「……いいのかな……わたしで、ほんとうに、いいのかな……」

 「いいんだよ……もう、我慢しなくて、いいんだよ……」

 「……うぅぅぅぅぅ……」


 「……アカネちゃん……わたしと、もういちど……

  友達に、なってくれる……?」

 「……うんっ!!……うん!!!」




 「本当は、本当は……もっとはやく、

  はやて丸ちゃんに声をかけたかった……。

  でも……マネージャーさんが、絶対、ダメだって……」

 「ボク……ずっと、ずっと……心配で……」

 「……そうだったんだ。あれ、でもそれなら……だ、大丈夫なの?」

 「……うん」

 「あのね……ボクもよくわからないんだけど、少しだけなら、話してもいいって……それで……雹夜さんから連絡くるまで、待ってた……」

 「……ありがとう。アカネちゃん」

 「もう、1人で抱え込まないでね……?」

 「……うん。何かあったら、相談するね……?」

 「絶対だよ……っ!?ボク達、友達なんだから……っ!!」

 「……うんっ!!」


 わたしには、もう一つの夢がある。

 それは、アカネちゃんにも言ってない夢。

 恥ずかしくて、誰にも言えない夢。


 昔お母さんが読んでくれた絵本。

 その絵本には、王子様が居て。

 ピンチになったお姫様のところに現れる、そんなお話。

 ありきたりで、でも、ずっと夢見てて。

 いつか、自分のところにも、そんな王子様が現れるんじゃないかって――。

   


 アカネちゃんは、わたしの友達になってくれた。

 雹夜さんも、わたしの友達になってくれると言ってくれた。

 2人が友達になってくれた事は本当に嬉しくて。……それなのに。

 どうしてだろう。


 アカネちゃんを想う気持ちと。

 雹夜さんを想う気持ちが。

 

 少しだけ、違う気がするのは、なんでだろう。





 「……そう。それで、私に頼みに来たのね?」

 「無理を承知で言います。少しだけでいいんです」

 「……難しいと思うわ」

 「そのアカネちゃんが、もしはやて丸ちゃんの問題に深く関わってしまったら……」

 「わかってます。だから、はやて丸の問題は俺が解決します」

 「アカネちゃんには、ただ彼女に、声をかけてあげてほしいんです」

 「……」

 「友達を」

 「……雹くん?」

 「友達を、心配して声を掛けるのはダメなことですか」

 「……正直ね。私は今も、Vtuberを仕事として見ているわ」

 「その仕事に、私情を持ち出すのはどうかと思ってる」

 「でも……彼女達は違う。Vtuberを、違うものとして見ている」

 「そんな彼女達に、私は自分の考えを押し付けるつもりはないわ」

 「むしろ、私個人としては応援する。……それに……」

 「サキさん?」

 「……わかったわ。話だけはしてみるけど、期待はしないでね?私も、こういう頼みごとは初めてだから」

 「お願いします」

 「ふふ。きっと大丈夫よ。

  これでも、事務所の中では一番人気なんだもの」

 「いざとなればそれを切り札に使わせてもらおうかしら」

 「えーと……頼んでおいてあれですけど、無理しないように……」

 「何かあったら事務所辞めて雹くんとコンビでも組もうかしら?」

 「それはそれで嬉しいですけど、

  自分の生活は大事にしてください……」

 「ふふふ」

 

 (……それに、友達を想う気持ちは、

  今の私なら、少しだけわかる気がするから)





 「……なるほどのぅ」

 「多分だけど、そのインタビュー配信に何かあったんじゃねぇかなって。コメントもさ、はやて丸を心配するコメントが多くてな。

  流石に俺の配信だから、触れないようにしたけど」

 「……DMにさ、頼るのは癪だけどっていう前書きを書いてさ、メッセージが来たんだよ。助けてあげてくれって」

 「ふむ」

 「……俺は、どうしたらいいんだろうか」

 「助けたくないのかい?」

 「助けたいさ。でも、わかるだろ?俺は……俺は、大人だから。

  大人だから、あの子に優しい言葉を掛けてあげないといけないんだよ。……でも、正直わからない。なんて言っていいのか、全然わからない」


 「大人として、どんな事を言えばいいのかなって」

 「……」



 「……ぶふふふ、ぶははははははは!!」

 

 「……おっさん?」

 「いやぁ……キミがで悩んでるとは思わなかったよ」

 「そんなことって」

 「ふふふ……なぁ雹夜」



 「お前、いつからそんなに偉くなった?

  生意気言ってんじゃねぇぞクソガキが」

 

 「……」

 「大人だぁ?お前がいつから大人になったよ。

  俺からしたら、まだクソガキだわ。

  カッコいい言い訳考えてる暇があったら、クソガキらしく感情で動いてみろよ。大人なんてのは、いつだってなれるんだよ」

 「でもな、感情で動くことなんて、大人になったら簡単に出来ねぇぞ。

  お前はまだまだ未熟なクソガキだ。クソガキはクソガキらしく、思うままに言ってみろ」

 

 「



 「…………悪いな、おっさん」

 「……それで?どうするんじゃい」

 「もう決めたよ。行ってくる」

 「手を貸すかい?」

 「いや……助けてくれそうな人を知ってるから、大丈夫」

 「そうか。……なぁ雹夜」

 「ん?」

 「その子を助けるのは、大人としてかい?それとも――」

 「決まってんだろ」



 「クソガキらしく、、アイツを助けに行ってくる」



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