第10話 本音。そして、友達。 【サキ編終了】
携帯を持った手が震える。
本当に、本当にあの雹くんなのだろうか?偽物だという可能性は十分ある。しかし本物だったら?本物を否定してしまったら?二度と謝る機会がなくなってしまう。謝りたい。その気持は本物だ。だけどすぐには信じない。彼女の件に続いてこれだ。頭は混乱している。正しい判断が出来るかもわからない。確かめるしかない。相手が本当に彼なのか、確かめるしかない。
【本当に雹夜さんですか?】
私は恐る恐るメッセージを送る。返ってきた返事は「本当です」だけだった。彼女に騙された私が言うのもなんだが、言葉だけならなんとでも言える。なら、声ならどうだろうか。私は雹夜を語る相手に音声を送ってほしいと頼んだ。相手は「使い方を教えてほしい」と言った。私は仕方なく使い方を教えた。SNSもやっていない、録音の仕方もわからない、これが本当に雹くんなのだろうか?私のイメージとはかけ離れている。
【確認しました。……ごめんなさい】
それから数分後、ようやく送られてきた音声を確認する。もしかしたら変な物を送られているかもしれないと思いイヤホンを耳から離した状態で聞いた。再生ボタンを押す。……流れてきたのは紛れもなく彼の声だ。間違いない。声真似なんかじゃない。聞いた瞬間に頭に響くこの声。精神を落ち着かせてくれる優しい声。間違いない、雹くんだ。
心臓がドキドキしている。こんな奇蹟が起きるなんて思わなかった。いや、今は喜んでいる場合じゃない。とにかく、謝りたい。迷惑をかけてしまった彼に。私を救ってくれた恩人に。私は謝りたい。
【……私の話を、聞いてくれませんか?】
私は彼に全てを話した。彼女の事も、私が彼に救われた事も。ファンでずっと配信を見ていた事も。謝りたかった事も。全て、話した。
彼は黙って聞いてくれた。必死にチャットを打つ中、私は本当に信じてもらえるのだろうかと何度も不安に思った。いや、信じてもらおうなんて事が浅ましいのかもしれない。謝りたいなんて言っておいて、私はどこかで彼に認めてほしかったのだ。「貴方は悪くない。全て彼女が悪い」と。それで自分に自信をつけたかったんだ。安心したかったんだ。救ってくれた彼に、紅雹夜に、優しい言葉をかけてほしかったんだ。
最後の言葉を打つ。指が震える。呼吸をしているのかわからなくなるくらい息が乱れている。彼は、雹くんは、私の話をどう思うだろうか。
【信じますよ】
その言葉を最初認識できなかった。私の一方的な話を、本当に信じてくれると思わなかった。疑うと思っていた。でも彼は数分、数時間と時間をかけず即答した。信じると。なんて簡単な言葉だろうか。信じるなどと、誰でも言える言葉だ。そんな簡単な言葉一つで、私は安心している。喜んでいる。こんなにも、頼もしいと思える言葉だと思わなかった。ほんと、くだらない女だと思う。こんな簡単な言葉一つでホッとしているのだから。
謝罪もした。真相も話した。後は、お詫びの印に彼に何かしたかった。今の私に出来ること。なんでもいい。彼が望むのなら何でも。でも私は彼が何に喜ぶかを知らない。だから無難に、今までコラボした相手が皆喜んだから、そうするのが正しいと思った。
サキさん「この件が落ち着いたら……私とコラボしませんか?」
一方通行「とても嬉しいですが、やめておきます。ごめんなさい」
「え……?」
な、なんで?なんで、断るの?彼にとってコラボは嬉しくない?
だって、他の人は……
一方通行「それじゃ、僕はこれで落ちますね。お疲れさまです」
サキさん「ま、待って!!」
思わず素で反応する。
これで終わり?嫌、私はまだ何も彼に返していない。
これで終わりなんて、嫌!
サキさん「ディスコード、ディスコードで話しませんか!?」
一方通行「ごめんなさい。ディスコード?もわからないです」
あぁ、そうだった。彼はSNSや通話アプリに詳しくないとさっき言っていたんだった。彼に説明してダウンロードしてもらう?でもこれ以上身勝手な理由で付き合わせるわけには……でも、でも!!もどかしい。こんなに悩んだ事は今までなかった。でも悩んでいる暇はない。彼に説明して、それで、駄目なら……
一方通行「あのー、もし嫌でなければディスコード?の使い方とかも教えてもらっていいですか?そしたら出来ると思います」
「…聞こえてますか?」
私は息を整え、マイクに向かって喋った。
少しして、イヤホンから何度も聞いた声が聞こえてくる。
「こんばんはー。聞こえてますよ。こっちの声も聞こえていますかね?」
彼の声だ。雹くんの声だ。何度も何度も聞いた声。私を救ってくれた声。
「大丈夫です。あの、急にごめんなさい」
「全然いいですよ。それで、どうしました?」
いつもの優しい声で彼が私に聞いてくる。いつまでも聞いていたいと思いながらも、私は本題に入った。
「その、コラボ、嫌でしたか……?」
「あー……嫌ってわけじゃないですよ?こんな自分とコラボしたいって言ってくれただけでも物凄く嬉しいです。めっちゃ喜びました」
喜んでくれた?それが本当なら、嬉しい。
「でも断ったのは、うーん……」
「本音を言ってください。お願いします」
「んー……これは僕個人の問題なんですけどね、なんというか、違うかなぁと」
「違う、とは?」
「今の僕たちの関係でコラボするのは、違うかなぁって」
彼は、あの事件をきっかけにという流れで相手に乗っかるのが嫌だと言った。面倒臭い性格でごめんなさいと先に断った彼は続けて言った。相手がどう思おうと、弱音につけこんで内側に入るのは嫌だ、関わるならちゃんと相手の事を知った上で関わりたい。今のままじゃ、ただただサキさんの力だけ借りてる状態になるだけ。自分のプライドがそれを許さない、と。私は、正直わからなかった。でもこの考えは、社会で生きてきた私なんかよりもずっと人間らしいと思えた。それだけは、理解できた。
「とまぁ、ニートが語る話じゃないけど、こういう理由で断らせていただきました」
彼はすみませんと最後に言って黙り込む。謝るのは私の方だと言うのに。
「……私は、どうしたらいいですか」
自然と言葉が出ていた。どうしていいのか本当にわからなかった。
「うーん」
「私は、私は貴方に救われたんです!苦しくて、辛くて、泣きたくて、全て投げ出したくなって!でも、でもそんな時貴方の声を聞いて、大丈夫だと思えたんです!初めてなんです!こんな気持ちは……!だからお礼がしたいの……!私を救ってくれた雹くんのように、私も何かしてあげたいの!じゃないと私は、私はもう何も……」
「んー……あの、いいですか?」
しばらくの沈黙の後、彼がそう言った。私は「どうぞ」と答えた。
「まぁーその、サキさんは人生の大先輩ですし、Vtuberとしても先輩なんですよ。だから、正直言いたくはないんですけどね。でもまぁ、きっと、この先誰も言わないだろうから俺が言います。嫌になったら切ってください。俺もそれを承知で言いますので」
彼は私にもわかるように大きく息を吸った。そして、私に全てをぶつけてきた。
「救われたとか、感謝しているだとか、そのへんはとても嬉しいです。俺の声でも誰かの役に立てたならこれ以上ないくらい嬉しい。でも、それを言葉にしないでください。それを生きる理由にしないでください。感謝するのも救われたと思うのも貴方の勝手です。でもそれを俺に言うな。俺にそんな重みを背負わせるな。勝手に感謝してろ。勝手に救われてろ。俺を理由にするな。踏み台にしろ。通過点にしろ。そこで満足するな。突き進んでいけ。いつまでもそんなものに重みを感じるのはやめろ」
彼の言葉が次々と突き刺さる。配信でも聞いたことがない、荒っぽい言葉遣いが、私の脳を刺激する。
「あと……やめた。長々と言っても混乱するだけだろうし。これだけ言っておきます」
脳は十分刺激され、心臓は今にも爆発しそうなほど暴れている。彼の言葉一つ一つが怖いと思った。でもそれ以上に、聞いていたいと思った。
「泣きたい時は泣けばいいんですよ。我慢なんて時間の無駄です。人生損してます。時には感情の思うままにすればいい。さっきそれができたでしょ。溜め込んでいるものはこの際出してくださいよ。最後まで聞くから」
泣いてもいい。今まで生きてきて、それが許された事は一度もなかった。そう言われてきたから。……でも今は、今だけは、いいのだろうか。泣いても、いいのだろうか。
「ほら泣けー。今すぐ泣けー。じゃないと落ちちゃうぞー」
彼のおちゃらけた声が聞こえる。不思議と、馬鹿にされているという感覚はなかった。堪えていた物が溢れだす。私は、これ以上ないくらい醜く、激しく泣いた。
「泣けたじゃねぇか……じゃなかった。……どう?楽になりました?」
しばらく泣いて、泣いて、泣いて。そしてようやく涙が枯れて、何も言わなくなった私に彼が喋りだす。全てをさらけ出した今の私にはその声が凄く心地よくて、今すぐ眠りそうになる頭に、それでもまだ動いてほしいとお願いする。もう一度、彼に感謝したいから。
「……ありがとう」
「いえいえ。ごめんなさい、いろいろと生意気な事を言ってしまって」
「大丈夫です。おかげで、楽になれました」
「そうですか。あ、さっきも言ったけど」
「重みを背負わせるな、ですよね。わかっています」
「うんうん、あーあとね、僕に敬語なんていらないですよ」
「でも」
「さっきみたいに素の感じで話してくれると僕は嬉しいです」
「……わかったわ。ふふ、変な感じね」
「そうですか?僕は違和感ないと思いますよ。それじゃ、今度こそ落ちますね」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみなさい。お疲れさまです」
彼の声が消えていく。
私はもう少しだけ起きることにした。この気持ちと少しでも向き合う為に。
「やっちまったなぁ」
通話を終えて頭をポリポリと掻きながら私は独り言を言った。いやぁ、まさかサキさんがそんなものを抱えているとは。話してみないとわからないもんだ。とはいえ、流石にやりすぎたと思う。うん。キツく言い過ぎたよなぁ。あれ絶対嫌われてるよなぁ。まぁ、あの人の性格上それで私の配信をどうこうするとは思えないから、配信に関しては気にしなくていいか。とはいえなぁ、もう関わってくれなさそうだなぁ。いやぁ、初めてサキさんの声をしっかり聞いたけど、良い声してたなぁ。好きだなぁ、あの声。もっと優しい言葉言うべきだったよなぁ。あんな生意気な事を言ったけど、結局私もおっさんに救われてるんだよなぁ。おっさんに頼ってるんだよなぁ。人のこと、言えないよなぁ。
彼女は、サキさんは私と同じだ。不器用で、全部独りで抱えて、ぶつける事もなく背負い続ける。それでずっと生きてきたんだろう。それは駄目なんだ。そんな事を続ければ、あの人はいつか壊れてしまう。私はおっさんで救われた。でもサキさんは独りだ。誰かが手を伸ばすだけで、少なくとも今の彼女は救われる。手を差し伸ばすだけでいい。それは誰でも出来ることなんだ。誰かが手を伸ばせば、それでどうにかなるんだ。だから、それを私がやる必要はない。誰かがやるでしょ。私は必要なことを十分伝えたんだから。
「はぁ……」
ため息ばかり出る。よくない、よくないぞ私。これ以上はよくない。こういう時、大抵駄目な行動をするのが私なのだ。今まで何度それをやってきた?何度それで駄目にしてきた?抑えろ。彼女の件はこれで終わり。私が関わる事はもう何もない。後は彼女の問題。やることは十分やった。伝えるべきことは十分伝えた。もういい。何もしなくていい。後は勝手に進んでいく。そう思え。じゃないと、また失うぞ?誰かがきっと手を伸ばすしてくれる。それを待つだけなんだ。何年、何十年と経っても、誰かが必ず手を伸ばすしてくれる。だから……
(……それで、お前は何年待った?それを信じて、お前は何年苦しんだ?彼女にも、そうやって待たせるのか?)
「……ほんっと、めんどくせぇ性格してるよなぁ俺」
落としたディスコードを再度起動する。さっきまで話していた彼女に再び通話をかける。応答すれば言う、しなければ終わり。もう何もしない。そうしよう。シンプルが一番。他は何も考えない。
「……もしもし?」
出てしまった。あぁ、出てしまった。面倒になった。でも、もう遅い。こうなったら、もう関わるしかないだろう。
「あ、サキさん?急にすみません。今大丈夫です?」
「あー……その、俺と友達になりません?」
それを知ってしまった以上、放っておけるわけないだろ。見捨てれるわけねぇだろ。ほんと、めんどくせぇ性格だわ。
~ 謹慎期間中 ~
「そういえばサキさん」
「あら、なにかしら?」
「前からファンって言ってましたけど、どの配信から居たんですか?」
「寝落ち配信の二回目からかしら。あれ以降ずっと見ているわ」
「ほぇー、ちなみに、コメントなんてのもしたり?」
「ええ、もちろん」
「え、ほんとに?全然気づかなかった……」
「ふふ、雹くんにバレないように気をつけながらコメントしていたわ」
「んー、ちなみに、どんなコメントです?」
「え?」
「ん?」
「えーと……何故知りたいのかしら……?」
「今後コメントした人の名前見たらサキさんだとわかるかなーって」
「そ、そう」
「サキさん?どうしました?」
「あの、えと、そのね……?」
:そういえばもう一ヶ月か。
:一ヶ月で50人……気にしない気にしない!
:大丈夫だぞ!俺達が居るから!
:Vtuberでここまで伸びないのも珍しいよね。
:いや、結構居るぞ?でも雹夜さんに関しては本当に珍しいが。
:正直このまま少人数でもいいけど、スパチャをしたいという気持ちもあって複雑だわ。
:まぁ人気が出たら出たでいいじゃない。俺は応援し続けるぞ。
:生活が苦しかったらボイス販売してくれ!買うぞ!!
:俺も買う!できれば罵倒系でお願いします!【サキ】
:気が早いぞ。でも販売したら俺も買います。
(あ、やべーやつこの人だったのか)
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