砂の城の城下町で
紫鳥コウ
上
城主が誰なのかはわからない。一日で作られたこの砂の城は、夜になると外堀が崩落し、次の日には、耐えきれず陥落してしまった。
紅白のパラソルは砂をかぶり、空気の抜けたボールが、流木の上に垂れている。
夏はもう、終わろうとしている。が、季節が変わろうと、山を背負った海沿いのこの小さな村は、想像もできないほどまえから、変わらず、ここにあり続けている。……
× × ×
「ヤスちゃん。まだ帰らなくていいの?」
叔母は、茶の間で漫画を読んでいる安彦に優しく
「いい。もうちょっといる」
安彦は、叔母の方を見ることはなかった。
「そう……暗くならないうちに帰るんだよ」
「うん」
叔母は勝手口から外へ出ていった。なるほど、陽光は薄らいでいる。夏なのに、冷たい風が吹きはじめている――もうすぐ、夜になろうとしている。
それでも安彦は、漫画を読みふけっていた。
「ただいま」
ひとりごとのような声だった。が、安彦にははっきりと、それが仁志の声であることがわかった。
「よお。なんだ……
安彦は、いつしか、この仁志におびえるようになっていた。自分をさしおいて、どんどん背がのびていくものだから。
「……もう帰る」
安彦は、漫画を畳のうえに置いたまま、立ちあがった。
「ふん……早く帰れよ。今日はどうも夜になるのが早いみたいだ」
安彦は、叔母の家を出て、走った。どんどん、太陽が、山の向こうに消えようとしていた。仁志がいうように、やけに、陽が沈むのが早い気がした。――
だんだんこころが冷えてきて、安彦は、叔母の家に戻ってしまおうかと思った。が、いつのまにか、自分の家に近い方まできていた。安彦は、また、走り出した。
国道だというのに、車がまったく通らない。たまにある街灯は、にぶくてうすいひかりをためこんでいた。
そして――いくじをふきとばすほどの、強い風が吹いた。
安彦は、山道を抜けるもう少しのところで、泣き崩れて座りこんでしまった。
まもなくすれば、海が見えてくる。そして、左に折れれば、あかりをともした家がいくつかあるはずだ。
そうすれば、安心できるというのに。安彦は、ぴったりとおしりを地面につけてしまった。
十分もたつと、安彦は、このままここで死んでしまうのではないかと思い始めてきた。
大粒の涙があふれてくる。
「安彦!」
まばゆい懐中電灯のひかりが、安彦をくりぬいた。
誰の声なのか、安彦にはすぐに分かった。
「おかあちゃん!」
「まったく……こんなところに座り込んで。お母ちゃんたちがどれだけ心配したか分からないの」
母は、しゃがみ込んでいる安彦の顔を、のぞきこんだ。
「なに泣いてるの。しっかりしなさい」
白色のハンカチが安彦のほほにあてられると、ふんわりと花の匂いがした。
「帰ったら、お父さんに怒られるんだから、覚悟しなさいよ。でも……見つかってよかったわ。こわかったね。さあ、帰ろう」
母は、両腕を引っ張って、安彦を立たせた。が、安彦は、安心とひきかえに恥ずかしさをおぼえて、顔がまっかになった。
また、動けなくなってしまった。
「どうしたの?」
そのときの安彦は、言葉としてまとまりそうな、素直な感情をもっていなかった。
「お父さんが怖いの?」
どうしたらいいのかわからなくなって、安彦はまた泣き出した。
「もう。いつになったら泣かない子になるんだろうねえ。泣いててもいいから、歩きなさい」
母は安彦の手を強く握った。安彦の頭を撫でてから。――
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