衝撃
『チェイサーやてっ?』
『どういうことだい?』
「霧雨がスライプギアを履いてた! 藤林が捕まったのもA5からの狙撃だ」
追跡してくるのはゴーグル男だけで、霧雨が追ってくる気配はない。
予想外の事態に混乱しかけるが、考えてみれば思い当たる節は充分あった。
出雲の奴が驚くと話していたこと。
RAC部に入った霧雨が妙にボロボロだったこと。
『私が強くなれば、空也のチームも負けない』
不意に霧雨が口にしていた言葉が脳裏をよぎる。
もしかしたらアイツはアイツなりに、負けて責任を感じていたのかもしれない。
『まずは落ち着いて立て直そう。甲斐君、大丈夫かい?』
「ああ。二階B3S、トリックワン、エスケプ」
『捕まらないように頼むよ。一葉ちゃんと双葉ちゃん、ジャイル・サイドだ』
『オケオッケ~』
『了解ですわ』
今回俺達は親父の特訓で救出の練習だけじゃなく、何故かガードの練習もさせられた。見張り経験の少ない俺と藤林だけでなく、未経験の一葉や双葉も含めてである。
今まではムサシさんや雷神先輩に頼りっ放しだった牢屋番だが、いざやってみるとこれが難しい。特に初心者がやりがちなミスを頻発し、困る攻め方をされてばかりだった。
『スタンバイできたよ!』
『リリースコールは双葉ちゃんに任せたよ。チェイスケアも忘れずにね』
『わかりましたの』
最初は親父がふざけているだけかと思ったが、練習していくうちに理解する。
自分達がされたら嫌な攻め方。
それは裏を返せば、救助する際に相手が嫌がる行動でもあった。
『リリースですわ!』
『行っくよ~』
ゴーグル男から逃げている中、視界の片隅に一階が映る。
連行を終えた直後のトリッカーがいる牢屋。赤い光の枠の中へ捕えられた忍者少女を助けるべく、物陰から飛び出した二人が挟み撃ちの形で強襲するのが見えた。
その行く末を見ることはないまま、俺は店の並ぶ通路へ突入。ゴーグル男から距離を取った後でスポーツ用品店に身を隠すと、丁度良く双葉の声が耳に入った。
『解除しましたの!』
『助かったっす!』
『まだ油断したら駄目だよ』
どうやら救出は上手くいったらしく、途絶えていた藤林の通信が復活する。
そんな報告を聞きながら、俺はゴーグル男を撒いた後で拳を握りしめた。
「二階G1トリックワン、パリィだ」
いける。
練習の成果は確実に出てる。
そう思いつつバディで残り時間を確認した矢先、不穏な叫びが耳に入った。
『逃げろ逃げ……なんですと~っ?』
『えっ?』
『一葉ちゃんと双葉ちゃんが足首を拘束されたね』
『二階B8エイムワンっす!』
一度で二人を同時に狙うなんて芸当もできる辺り、敵になって改めて強さが分かる。更にスライプギアによって機動力を増したとなると、今の霧雨は相当厄介だ。
『そのことだけれど、エイマーじゃなくてチェイサーだから気を付けて。藤林さんと双葉ちゃんは一階B8、甲斐君と一葉ちゃんはH1で落ち合――――』
『てきしゅ~っ! 一階E3E! 強いスライプワンとトリックワン!』
『H1から二階へ。H1でチェイスケアだよ!』
『オケオ…………ッケ~?』
捕まっていた間の情報を知らない藤林へ簡単に状況説明し、二人の拘束解除に向けて裏真が指示を出そうとした瞬間、今まで音沙汰無かった出雲がついに動き出す。
いつでも助けに行ける位置でスタンバイしていたものの、一対二では流石に厳しかったらしくリベンジマッチとなる勝負は数十秒後に幕切れとなった。
『一葉ちゃんが両手首を確保。一階H8だね』
『フタフタの拘束は解除したっす』
「どうする?」
『リリースは警戒されているだろうから、少し様子を見よう』
『わかりましたの』
確保された時点でポイントは表示されるため、既に相手はこちらの割り振りが均等であることを見抜いているに違いない。
無理に救出には行かず各々が身を潜めて時間経過を待つが、長続きはしなかった。
「二階G1N、トリックワン、エスケプだ!」
『甲斐君。G2Wで広間に出て、チェイスチェックできるかい?』
「わかった!」
見つかったのは俺。追ってきているのは、先程藤林を追い掛けていたトリッカーだ。
裏真の指示通り、店の並ぶ通路ではなく一階を見下ろせる広間に出る。しかし前方に見えるエスカレーターを、三段飛ばしでゴーグル男が駆け上がってきていた。
「E3S、トリックワンだ!」
『何だってっ? 申し訳ない。ボクのミスだ……』
後方から追ってくるトリッカーが投擲したキャプチャルを避けつつ進むが、こちらがエスカレーター前を抜けるよりも早くゴーグル男は俺の目の前に立ちはだかる。
「諦めるなよ裏真。謝るには少し早いっての!」
ゴーグル男が俺を捕まえるべく腕を伸ばす。
瞬間、俺はしゃがむように姿勢を低くして急加速した。
ハードレベル6、ダウンアボイド。
相手の腕が頭上ギリギリを掠めたが、拘束も確保もされずにすり抜ける。
以前ならバランスを崩し転びかけていたが、そんなこともなく姿勢を整えた。
「っし!」
『甲斐君、抜けたのかい?』
「ああ。ギリギリだったけ――――っ!」
微かに聞こえたスライプギアの音。
反射的に加速すると、通路との合流地点からキャプチャルを構えた出雲が現れた。
「二階D2E、スライプワン、エスケプ!」
「へー。良い勘してるじゃん」
「勘じゃないっての!」
「確かにそうかもね。あの小さいのもだったけど、ちょっとはやるようになったかな」
「勝った気になるのが早過ぎなんだよっ!」
全速力で滑る俺の後を、出雲はピッタリ付いてくる。
直進でもコーナーでも差は開かず、だからといって縮まることもなかった。
「空也君の癖に、中々熱くさせるじゃん!」
「ならっ! これでっ! どうだっ?」
「そうこなくちゃね! こっちも本気でいかせてもらうよ!」
お互いが無言になり、デッドヒートを繰り広げる。
集中力が感性を研ぎ澄ましていた。
出雲がキャプチャルを投擲するが、間一髪のところで避ける。
負けてない。
負ける訳にはいかない。
速く…………もっと速く…………。
更なる加速をすべく、アクセルを入れた瞬間だった。
「……っ?」
突然目の前に現れる一人の少女。
恐らくは挟み撃ちの指示が出ていたのだろう。
しかしその場合は相手の元へ向かうのではなく、相手を待つのがスライパーの常識だ。
それを彼女は知らなかった。
知らずに、こちらへと滑って来ていた。
結果として相対速度は増す。
目を瞑り、身を強張らせる霧雨。
気付いた瞬間には、既に衝突する寸前だった。
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