特訓

「よう」

「空也君さ、オレを待ち伏せしてた?」

「別にしてないっての」


 放課後になり階段を下りていると、踊り場で出雲と鉢合わせした。

 偶然にも先日と同じ場所で会った宿敵は、ふと思い出したように口を開く。


「そうそう。悪いけど明後日の試合もオレが勝たせてもらうから」

「相変わらずのビッグマウスだな」

「ひょっとして空也君、オレに勝てるとでも思ってるの?」

「ラックはチーム戦であって、一対一の勝負じゃないからな」

「いやいや、守護神の抜けた空也君のチームなんて問題外でしょ。雷神さんとくノ一さんを引き入れたところで、Bランクのメンバー相手じゃ手も足も出ないから」

「甘く見てると足元すくわれるぞ?」

「へえ、言うじゃん」


 出雲はニヤリとするが、その表情は微笑みというより嘲笑っている感じだ。

 それでも今回だけは負ける訳にはいかない。


「目的はやっぱり音羽ちゃんを賭けたリベンジマッチってことね」

「ああ」

「別にいいけど、オレが勝ったら空也君は何をしてくれるの?」

「お前の言うことを何でも聞いてやるさ」

「あっそ。まあ決めるのはオレじゃないけど、音羽ちゃんはOKって言うんだろうね。せっかくBランクに上がってきて、また一緒にプレイできると思ったんだけど」


 出雲はそう言いながら、階段を上がっていく。

 そして上りきった後で立ち止まると、こちらを挑発的に見下ろしつつ答えた。


「ま、せいぜい音羽ちゃんの成長に驚いて捕まらないようにね」

「そっちもな」


 いくらアイツが上手くなろうと、甲斐空也と愉快な仲間達であることに変わりない。

 そして俺のやることはたった一つ。いつも何を考えているかわからない、ねりねりばっかり食べている困り者を迎えに行くだけだ。








「おらおらっ! へばってんじゃねえっ!」

「ちぃっ!」


 かつてラックにおいて伝説と謳われたチームが一つ。

 無月と名乗っていた彼らのプレイは、パフォーマンスに溢れたトリッキーなテクニックばかりであり、相手を確保する姿は見る者を魅了させたという。

 中秋の名月が曇ったり雨が降ったりして月が見えないことを無月と言うらしいが、そのチーム名が真に何を意味していたのかは誰も知る由はない。

 そんな伝説のチームのメンバーに、今日も俺達は学校から帰るなり指導されていた。


「回避でハイジャンプすんな忍者娘! トリッカーはすぐに高く飛びたがりやがる」

「ちょっ! 多過ぎっす!」

「避けろ! ビビんな!」

「そんな無茶な――――」


 二十……いや、三十はあるだろうか。

 まるでスコールのように、親父が投擲した無数のキャプチャルが俺と藤林、そして雷神先輩の足元を目掛けて次から次へ止むことなく飛んでくる。

 少しでも避けることから集中力が途切れると、あっという間に確保される的確な狙い。当の投げている本人は、汗を掻くどころか息一つ切らしていなかった。


「…………さ、避けられたっす」

「当たり前だろうが。こっちは手を抜いてやってんだ」

「いちいち手抜きアピールすんな! 何回目だそれっ?」

「8回目だ!」

「数えてたのかよっ?」

「おら続けるぞ。この程度の投擲で拘束なんてされんじゃねえぜ?」


 親父の特訓は、何と言うか不思議の一言だった。

 体力がないのに身体は動き、不可能なことが可能になる。

 チサトさん曰くジョージマジックと呼ばれているらしいが、何となくムカつくので俺達は『できる! できるぞ!』といった感覚から進○ゼミ現象と呼ぶことにした。

 言ってしまえば肉体面の厳しさを精神面がカバー。ゲームのレベルアップのように自分の成長が目に見えてわかるとなれば、これ以上の楽しさはない。


「しもたっ!」

「アウトだ! 行ってこい!」


 唯一問題があるとすれば、練習が終わると疲れ果てて動けないことくらいか。

 もっとも今ではそんなこともなく、すっかり身体が慣れてきていた。


「あれ~? シロッケ、また捕まったの~?」

「やかましいわ。さっさとやるで」

「もち!」

「お願いしますの、万代お兄様」

「こちらこそお手柔らかに宜しゅう頼むで」


 今日の練習は親父に捕まると、一葉と双葉を相手に三分間の勝負をする。負けた方には罰ゲームが待っている訳だが、今日の内容はまだ知らされていない。

 拳銃型のバインドアームズをホルスターから抜き出した雷神先輩は、二人の練習相手をしていたムサシさんと交代。腕を上げた一葉と双葉を捕まえるのは一苦労だ。


「――――っ!」


 そんなよそ見をしていた俺を、隙ありとばかりに親父が狙ってくる。

 飛んできたキャプチャルに危うく捕まりかけたが、すかさず片足を上げて回避した。

 スーパーレベル2、ワンサイドWターン。

 要するに片足滑りであり、スーパーレベルのスキルはこれが基本。以前ならできなかった芸当だが、親父の練習は本物であり気付けばこなせるようになっていた。

 ちなみに指示された練習内容は何てことはない、単なる片足立ちである――――。




『こんなんで本当にできるようになるのかよ?』

『いいから黙って突っ立ってろ。こちとらテメエの相手だけしてる訳にもいかねえんだよ。右足左足10分ずつが終わったら次は20分、最終的には30分だ』

『ただ立っているのも退屈だと思われますので、こちらをどうぞ』

『えっと…………チサトさん、何で英単語帳を?』

『はい。先日の空也さんのテスト結果を確認させていただきました』

『あ』

『一日10単語覚えましょう。勿論テストもさせていただきます』




 ――――とまあ、大体こんな感じだ。

 正直言って片足立ちより、英単語の記憶の方が難しかった気がしないでもない。まあお陰様で学校の小テストは中々の高得点を取ることができている。

 メンバーには自宅での練習も指示されていたが、俺の課題は目を瞑っての片足立ち。これが中々に難しく、最近になってようやく二分を維持できるようになった。


《ジリリリリリ――――》


「うし、時間だ。休憩すっぞ」


 今では休憩中も片足立ち。そんな傍らではチサトさんが裏真と一葉と双葉の三人を従えて、恒例と化しつつあるクイズ大会を始めていた。


「では第一問。全員が散り散りになってフィールドを虱潰しに探すコールは?」

「「「クリーン!」」」

「はい。皆さん正解です。では第二問――――」


 出されている問題はラックのルールや作戦に関するもの。一ヶ月前までは何一つ知らなかった一葉と双葉だが、チサトさんの教育もあって今ではバッチリなようだ。

 裏真は普段姿を見ないためどんな指導を受けているのかは知らないが、二人と一緒に答えているところを見る限りナビゲーターとして充分な力を付けていることだろう。


「おら、集まれテメエら」


 何やら紙束を手にした親父が俺達を招集する。

 そして全員の顔が揃うなり、チームメンバー一人一人に紙を配り始めた。




 甲斐空也(かいくうや) スライパー

 警察6(速度6 技術6 投擲5) 泥棒6(逃走率6 救出率5) 総合6




「あっ! これ、一葉達のデータ?」

「前より星が沢山増えてますの!」




 冬野一葉(ふゆのかずは) スライパー

 警察4(速度6 技術4 投擲2) 泥棒4(逃走率3 救出率5) 総合4




 冬野双葉(ふゆのふたば) スライパー

 警察4(速度5 技術4 投擲3) 泥棒4(逃走率4 救出率4) 総合4




「この数値、本当に信用できるっすか?」

「間違いないで。ワイの泥棒の数値が正確やさかい」




 藤林輪廻(ふじばやしりんね) トリッカー

 警察5(速度5 体力7 投擲3) 泥棒6(逃走率7 救出率5) 総合5




 万代雷神(ましろらいか) エイマー

 警察7(近距離8 中距離7 遠距離5) 泥棒2(逃走率2 救出率2) 総合5




「ボク達のチームトータルは警察が26に泥棒が22…………今回戦うBランクメンバーは警察泥棒共にチームトータルが25だから、総合ではまだ負けているね」


 ナビゲーターである裏真には、全員のデータが載せられたものが渡されたのだろう。俺達と同じように紙を受け取った少女は、冷静に戦況を分析する。


「所詮数字は数字だぜ。そんでもってその差を埋めるのがナビの役目だろうが」

「頼むぞ裏真」

「できる限りのことはしてみるよ」

「ま、いざとなったら切り札を使えばいい話だがな」

「切り札?」

「詳しいミーティングは明日好きなだけやりやがれ。現状を理解したなら、ラスト1セット気合い入れていくぞ! 舐めたプレイしやがったら承知しねえからな!」

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