見放された少女は夢を見る

Lopp

第1話 目覚め

 クサイ、臭い、くさい、


 何とも言えない臭いが私の鼻を通り過ぎていく。まるで、私が異物であるように睨みながら。潮の死臭を引き連れて。

 私はまだ何もしていない。目も開いていないのに。その臭いは私を私の知らない場所へと連れていく。


「はぁ、はぁ」


 時折、おかしな呼吸をしながら、私に“それ”は指示する。


「ハッ、ハッ、ハッ、」


 ”それ”の呼吸はさらに激しくなる。急いでいる。


「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」


 激しさは増し、声は大きくなる。私は”それ”に問う。なぜそんなに急ぐのか...と。

 ”それ”は言った、


「ワンっ!!!」


 ははっ。まるで犬みたいだな、私はそういった。


 ん?『ワンッ』だと?



「あっ!!!!!!」


 その瞬間私は起きた。目の前には車いすを付けたアラスカンマラミュートという犬種の愛犬が口を開けて私を見ている。


「フォル...。起こしてくれたの?ありがとう。デモ、口は近づけないで。朝からその臭いは強烈。」

「ワンっ!」

 

分かっているかはわからないが、フォルは元気よく吠えた。


「さてと。今何時なの...?っっ!!やっばっっ!!!」


時間は八時。


「今日から新しい学校なのに!フォル!なんで早く起こしてくれなかったの?!」


 犬にそれを求めるのは無理だというかのようにフォルはあくびした。


「遅刻したらフォルのせいだから!!!」


 それは理不尽だ、とでもいうかのようにフォルは『ワンっ!」と吠えた。


「ホントヤバイ!ごめんフォル、ごはんここに置いとくね。あっ!ちょっとこぼれちゃった。帰ってから片付けよう。フォル、ここそのままにしといてっ!いってきますっ!」


 私は急いで外へ出た。フォルはいってらっしゃいのつもりなのか玄関でしっぽを振りながら私を見送った。


 私は学校へ一分でも早く着くために、無茶苦茶に走った。胸がはちきれそうだが、それでも間に合うかわからない。

 父さんと母さんが亡くなって以来、叔父夫婦のもとで過ごしてきたけれど、あそこには私以外の子供がいる。他人私がいることで家の中はいつも暗い雰囲気に包まれていた。私が高校進学を機に一人暮らしをしたいと伝えた時も『寂しくなるな』といいながら、反対なんてしなかった。それどころかなぜかほっとしたかのように、肩をなでおろした。愛されていないとは感じていたけど、少しぐらい反対とか一緒に悩むとかして欲しかった。ごっこでもいいから、家族でいたかった。

 今そんなことを考えていてもどうしようもない。私は合格がわかるとすぐに、学校から歩いて三十分の場所にフォルを連れて引っ越した。少しでも長く居心地の悪いあの場所にいたくなかった。これからはフォルと一緒に生きて、自分の愛する家族を作りたい。そして愛されたい。それで最後には、人生の中で愛した人たちに見守られながら死にたい。

 まぁ、できないかもしれないけど。私は自分の想いを心の隅に隠した。十分走ると大通りに出た。今日はなんだか車の通りが多い。間に合うかな?走り続けたらいけるよね。


 なるべく早く変わって、と信号に"ちちんぷいぷい"を唱えながら、信号の色が変わるのを待つ。もうすぐで信号が赤になるからなのか目の前を走っている車は徐々にスピードを上げて止まるのを回避しようとしている。

 信号が変わる。そう思った瞬間、ドンッと後ろから何かに押された。押された反動で私の体はまだ車が激しく行きかう道路へと出る。

 戻らなきゃ、そう思った時にはもう手遅れで。私は目の前に迫るトラックを見る。信号はもう青だというのに、そのトラックは止まる意思が見えない。


「とまってよ...」


 迫りくる死に恐怖で体が動かない。私はトラックの鉄錆のにおいを感じながら、目をつぶる。


キキ―――――――――ィイッッッ!!!!


 無慈悲にも死神は鎌を振り下ろす。周りからは悲鳴、怒号、私を轢いた運転手の弁明、助けを呼ぶ声...様々な音が聞こえる。次第にそれらは小さくなっていき、聞こえなくなった。先ほどまで赤に染まっていた景色も今は見えない。痛みも感じなくなってきた。

 人生とはあっけなく終わる。先ほどの構想はまさか走馬灯だったか。あまりにも早い終わりに未練が残る。

 もし...生まれ変われるとしたら、最愛の家族が欲しい。何にも代えがたい、かけがえのない家族が。


 そう願い、私はただ死を待つ。遠くでフォルの声が聞こえる。まるでいかないでと叫んでいるみたいに、『ワンッワンッ!!』と吠えている。フォルは家にいるから、これは幻聴だな。せめて最後にいっぱいナデナデしてやればよかった。ごめんね、フォル。私ダメみたいだ。


 そんなことを思いながら、私は死神へと身を預けた。




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