[短編]どこかの誰かの話
岩瀬肯
[少々残酷描写]幼馴染を失った女子高生の話
目が醒めた。身体も頭も痛い。ぎしぎしと軋むような感覚である。悲鳴をあげると言うよりか、それぞれが自らの自己主張をしているようである。起き始めた頭がそれを理解し始め、そんな感覚に憤懣しながら少しずつ体を動かしていく。
幼馴染が死んだ。
昨日警察からそう聞いた。
身元と持ち物の確認を今日の夕方するのだそうだ。
呆然として涙も出なかった私に警察は
「薄情ですね」
と言い放った。
言い返す気もない。
何かをする気にもなれなかった。
ただ、パンケーキ、食べに行く約束したのに。ということだけを考えていた。
何もする気になれないとはいえ、学校に行かねばならない。
決して義務ではない。が、幼馴染の死は忌引にもならない。しかし現代社会ではこれが当たり前である。
ある人物は言う。学校に行けるだけで素晴らしい事だと。世の中には学校に行けず苦しむ人もいるのだと。そんなことは分かっている。深刻に捉えていないだけで、脳では知識として理解している。この知識がなんの役に立つのか知らないがきっと覚えておいて損は無いのだろう。少なくとも、そうだろうと同意を求められ、はいそうですね、と言って返してやれるぐらいには。
学校とはなんであろうか。
勉学を学ぶところだろうか。
学友とバカ騒ぎするところだろうか。
はたまた部活や恋愛に打ち込み、青春時代というものを謳歌するところだろうか。
それを後で思い出し、あの時はよかったが、今はいけないと変わることを恐れ思い出に浸り昔の情景を眺め続けるのだろうか。懐古主義も甚だしい。
私の中の学校とは。
脳裏に浮かぶのはただこれだけ。
親の見栄のための道具である。
うちの子はどこどこの何科に受かったのよ!
あらそうなの?!おめでとう!
言葉だけ見ればただの祝福である。
言葉だけ見ればの話だが。
彼女らの中ではそれは序列決定に値する。私の見てきた世界ではそれが彼女らの地位を決め、立場を作り、自らの防衛壁を形づくるものである。
私の小中9年間共にした兄弟同然の幼馴染の親も例外ではなかった。彼は県内最高偏差値校首席の姉と比べられ続けながらも、県内でも上位の私立高校に受かり、なかなかの成績を修めていたと聞いている。
しかしそんな彼はゴールデンウィークが終わった日、降りた遮断機の下をくぐった。
何があったのだろうか。
何がいけなかったのだろうか。
何が彼をつき動かしたのだろうか。
わからないから視界が眩む。
涙が滲む。
手が震え、熱くなる。
早く、早く理解しろと焦燥に駆られる。
どうしてそうなってしまったのかとそればかりに埋め尽くされる。
脚から、そして
だんだん身体も巻き込まれてゆく。
骨を断ち
肉を裂き
咽喉を刻む。
野菜の端を切るように呆気なく
さっきまで生きていた「もの」がただの肉塊になる。
見ていたはずではないのにフラッシュバックする。
そして私は彼の親を恨む。
どうして、どうして気付いてあげなかったの
どうして聞いてあげなかったの
どうして比べてしまったのと。
自分ができなかったことを人に責任転嫁して、恨む。
なかなか汚い人間である。
本当に救いようのない人間である。
私は彼の心を守る事が出来なかったのに
責任転嫁しかできない。
あの時間はどこに行ってしまったのだろうか、にこにこ笑いあって校庭を走り回る、楽しかったあの時間はどこに行ってしまったのだろうと、懐古主義は甚だしいと言った癖に思い出しては感傷に浸っている。
ただ、もう戻ってこないことだけはわかっている。
どう足掻いても彼はかえってこない。
誰かに返してと叫んだところで、連れていかないでと酷く糾弾したところで彼はもう戻ってこないのだ。
過ぎてしまった時間と、無くしてしまったものは不可逆的でもう帰ってはこない。
なぜ起きてしまったのだろうか。起きなければ気付かなかったかもしれないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます