第17話 己の正義を信じて③

 「で、ですねーーー、そこで、バシーーーンッと私の旦那様が華麗に魔王の腕をばっさりとですねーーー」

 魔女のアジトと呼べる場所かわからないが、廃墟にあるアンダーグランド……

 そこに帰還していたイシュトは小腹を満たすため、食堂に訪れた。


 そこには、何やらまだ見ぬ数名が集まり、1人の女性が熱弁しているようだった。

 初対面であるし、関わる理由も無いだろうとその横を通り抜けようとしたとき……


 

 「わーーーーっ、噂をしていると私の旦那様じゃないですかーーーッ」

 何やら高いテンションで、その台詞の対象が自分では無いかと錯覚する。

 初対面の女性に言われる台詞のはずも無く、そう思い何気なくそちらに目をやると……

 なにやら女と目が合った気がする。


 パタパタと長い白く薄っすら水色かかった髪を揺らしながら駆け寄って着て、

 イシュトの側面を少し通り過ぎるとそこでくるりと身体を180度回転させる。

 そして、イシュトの右腕をがしりと自分の左腕を交差させロックする。

 イシュトはきょとんとした表情でただ、頭一つ分低い女性を見下ろす。


 「丁度、夫自慢をしていたところだったんで、こっちに来て下さい」

 まるで、自分の世界が正しいかのように女はその右腕を引っ張りその場所に導こうとする。

 唖然とするが、当然の質問を投げかける。


 「なぁ……聞いてもいいか?」

 イシュトが女性にそう聞くと、


 「はい、なんですか?スリーサイズとか気になっちゃいますか?」

 フリーの右手で謎に胸元を隠すような仕草をする。


 「いや……俺とあんただが……初対面……だよな?」

 その質問に。


 「……まぁ、そうなりますねぇ」

 何とも不思議な回答がかいってくる。


 「……だよな、ならこの状況って……どうなってんだ?」

 嬉しそうに腕を組む女性に尋ねる。


 「そんなの、当然ですよーーー自分は正義の味方とか言っちゃう面白い人で、魔王を目の前に怯む事無く逆に追い込む様な人、そんな人は私の旦那に向かい入れるに決まってるじゃないですか」

 そこで、イシュトは気づかされる。

 ここにまともに会話が成立する者は存在しないのだろう……と。


 「……悪いが、俺はここに食べるものを探しに来ただけなんだ……悪いが……」

 そう言って、その場をすり抜けようとした瞬間。

 

 「わかりましたっ旦那様はそこに座っていて下さい」

 イシュトを席に座らせると、自由になった両手を両脇腹にあて、

 自信たっぷりな表情で、


 「私が愛妻料理でもてなしちゃいますから、そこで少しだけ待っていて下さいね」

 その台詞に少しだけイシュトが不安になる。


 「あんた、料理とかできるのか?」

 そんなイシュトの言葉に、


 「空腹と愛は最強の調味料なんですよ」

 謎の自信と謎の名言を残し女性は調理場へと消えていく。



 数分後に並べられた料理……

 正直、食欲をそそる匂い。

 不安は残るが、何時の間にか自分のすぐ隣に椅子を並べた女性は箸を握る逆の腕にまたしてもがっちりとしがみ付いていた。


 おそる、おそるそれを食す。


 「いかがですかーーー旦那様」

 イシュトが食べ物を口に運ぶたびに同じようにその質問を繰り返す。

 しがみ付かれているせいで、かなり食べにくいのだが……

 正直な感想として……


 「美味い……」

 そう言葉をこぼす。

 正直に自分が作るよりかは断然に美味い。


 「でしょーーー!!私には愛と言う名の最強の調味料を持ってますから」

 自信満々に出会いがしらに謎に好感度MAXの女性は、嬉しそうに言う。


 「……イシュト、俺の名前だ」

 不意にイシュトが名乗ると……女性は不思議そうな顔をする。


 「もちろん旦那様、名前は存じてますけど……」

 どんな経緯で女性の方は自分の事を知っているのかはわからないが……


 「悪い、俺はあんたの名前がわからない」

 素直に女性の名を尋ねる。


 「私はですね、マルティナと言います」

 「末永く宜しくお願いします」

 頭を下げられる。


 「……なぁ、俺の事を噂で聞いてたのか知らないが、実際に会って印象が違ったりしないのか?」

 出会いがしら恋愛度MAXでこのまま、マルティナENDに向かいそうな中、そう尋ねる。


 「……いいえ、むしろ想像以上です、想像以上に理想の旦那様です。正直最初は魔王を一撃で追い詰めてしまうような凶暴で大柄な男性であることも覚悟していましたが、私が理想とする細マッチョ体系なうえ、何より自分で正義の味方とか言っちゃう面白い人ですからねーーー」

 純粋に真っ直ぐに見つめられて少し戸惑ってしまう。


 「そっか……」

 少しだけ気まずそうに、目の前の料理に集中するイシュト。

 それを嬉しそうに見るマルティナ。

 時折、何気ない会話を挟みながらも食事に費やす。



 出されたものを平らげ、

 後片付けくらいは自分でやっていると……

 会話の流れで、イシュトのモノに何かと興味深々なマルティナが、

 イシュトの愛用の短剣を借り眺めていた……


 「随分と刃こぼれしちゃってますね……」

 鞘から刃の部分を半分ほど除かせ、天井から吊るされているランプに照らしながらそう呟く。

 その言葉で以前にアリスが言っていた事を思い出す。

 アリスの宝物庫の中には短剣がいくつかあるから、役に立ちそうなものがあれば持って行って良い、主からの宝物を有り難く頂戴し、せいぜい私のために死になさい……なんて言っていたことを思い出す。


 「なぁ、マル……?宝物庫ってどこにあるかわからないか?」

 そう、マルティナに何気なく尋ねたが……


 「えっ!?何て?? もう一度言ってくださいッ!!」

 バンッとテーブルを叩くように勢いよくその場に立ち上がる。


 何かまずい事を聞いてしまったのだろうか……

 宝物庫の話は……アリスから禁じられているのか?

 「いや……アリスに、宝物庫にある短剣を……」

 言い訳をしながら繰り返すが……


 「チ・ガ・イ・マ・スッ!!その前、その前にっ私の事っ!!」

 ?を浮かべるイシュトだったが……なにやら興奮した様子でマルティナが訴えかける。


 「……あぁ、いや……マルって、呼びやすいかなっと思ったが、普通にマルティナって呼ぶ方が良かったか?」

 少し申し訳無さそうにそう訂正するが、


 「いえ……今後、マルでお願いします……もの凄くイシュトさんの愛を感じました」

 両手を胸にあて、その言葉をしっかりと受け止めるように言う。


 「えっと……宝物庫でしたよね?マルがご案内します旦那様♪」

 そう嬉しそうに道案内を頼まれるマルティナ。

 中々の強烈なキャラに少し動揺しながらもマルティナの後ろを歩く。


 「この階段の下です……」

 ここまで、イシュトの前を歩いていたマルティナが不意にイシュトの後ろに廻りこむ。


 「この先……なんかあるのか?」

 何かを警戒しているようなマルティナの様子にさすがにこの先を踏み込む事を躊躇してしまう。



 「いえ、大丈夫です……」

 そう言って彼女の能力だろうか……手のひらに魔力を集めると、

 小さな石のようなものを創り出して、ひょいとその魔力の石を階段の方に投げ込むと、階段に繋がる通路枠に入る瞬間、パンッと石が弾け飛んだ。


 彼女の言う大丈夫の意味を取り合えず、黙って顔を見下ろし確認してみる。


 「大丈夫です……アリス様は私達にはこの結界トラップが私達には反応しないようにしているので、私達に害は無い……はずです」

 そう言って、マルティナはイシュトの背中をぐいぐい押している。


 「まて……最後にはずだと付けたな?……って押すな、押すなってっ」

 以外にもの凄い力で押し込まれ、下る階段の前まで来る。


 「……なぁ……マル?部外者の俺は、この結界の安全リストから除外されているってことは無いのか?」

 最近、ここに来たばかりの俺に……そんな登録されているのだろうか?


 「……部外者??あぁ……そういう認識になってたんですかぁ」

 少しだけ考える仕草をして、

 「平気です、イシュトさんは私の旦那として認識されましたっ」

 そう言いながら、ぐいっと最後の一押しをされる。


 右足が最初の階段に差し掛かる。

 言うとおり結界のトラップがさっきのように発動する事はない。


 「ねっ!」

 その様子を一番安心したようにマルティナが言う。



 階段を下がりきると少し広い部屋に出ると、何やら乱雑に物が保管されている。

 入ってすぐの所に目当ての短剣がいくつか飾られているのを気づくとそこに向かう。

 ここに住むマルも余りここに訪れる機会は無いのか、不思議そうに周りを見渡している。


 短剣を物色しているとすぐ隣の棚に何やら宝石のようなものが目に付き、

 何気なくそれを手にとって見る。

 特段、変わったような事もなさそうで、少し脆そうな素材でもありそっとあった場所に戻そうとするが……


 「ねぇーーーっなんですかぁ?それ!!」

 宝石そのものへの興味というより、イシュトが手に取ったものに興味を示したように、マルティナがぐいっとその腕を掴むようにそれを奪い取ろうとする。


 「はっ離せって、別に何でもない、興味本位で手に取っただけだ」

 そう言ってマルティナを引き剥がそうとするが、


 「なんですかーーーっ見せて下さいーーーー!!」

 逆にムキになりそれを奪い取ろうとする。


 「わかった、わかったから……一回離せ」

 「いやですーーーーーッ」

 何故か益々ムキになるマルティナと争う形で、宝石が手元からぽろっと床に落ちる。


 パリーーーンッという音が室内に響く。

 

 「「あーーーーーーーーーーーーーーーーッ」」

 互いにお前のせいだと言いたげな「あー」が室内に響く。


 「馬鹿、これはどう考えてもお前のせいだろっ」

 さすがに庇いきれないとイシュトが言うが、


 「どうしてですかーー、イシュトさんが意地悪するからっ!」

 くだらない言い争いをしていると……

 カツン、カツンと別の足音が階段を下ってる音がする。


 「随分と騒がしいわね……何処の駄犬が宝物庫に迷い込んだかと思えば、何の騒ぎかしら?」

 アリスの冷ややかな目が2人を見つめている。


 「……いやぁ、その……な……ほら、短剣、持って行けと言ってたから、探してたらちょっと興奮してな……」

 下手な言い訳をしながら2人で打ち合わせをしたわけでも無く、息を合わせ地に散らばってる宝石の破片を靴をほうきのように地を掃き、足元に集め、靴の下に隠そうと試みる。


 「ふーーーん、マルティナ?一歩下がりなさい」

 そう冷たくマルティナに告げる。


 「はひ?」

 たらりとマルティナの額に汗が落ちる。


 「聞こえなかったかしら?一歩下がりなさい?」

 静かに念を押す。

 一歩後ろに下がるマルティナの場所にキラキラ光るものが散らばっている。


 「ここに結界が貼ってる事はわかってるかしら?侵入者が居れば私に感知できる使用になってるの、ここ最近誰も踏み入れて居ないこの場所に侵入者の感知があったから、私はここに来たの」

 そう静かに告げ、


 「ねぇ……どっちが犯人か正直に話してくれるかしら?」

 冷たく、睨みをきかすようにこちらを見る。


 すっとイシュトとマルティナの腕が同時に動き……

 互いに相手の顔を指差した腕が綺麗なバッテンを作り上げる。


 「えーーーーーーーーーーっなんでですかぁ」

 マルティナが叫ぶように否定する。


 「どう考えてもお前が……」

 そう言い返すイシュトだが……


 「旦那様ですよーーー正義の味方ですよーーーそんな人がいつ私を守るって言うですかっ!……いまでしょっ!!!」

 「馬鹿、その色々怒られそうな発言を辞めろッ!」

 ギャーギャー目の前で騒ぎ立てる二人にアリスは一度ため息をつき、


 「いいわ、2人まとめて反省なさい」

 最初、アリスと出合った時に捉えられていた魔力の縄で2人まとめて束縛される。


 「どうして、私まで縛られてるんですかーーーっ」

 マルティナが嘆くが、


 「それは俺の台詞だ……いいか間違っても力ずくでこの縄を解こうとなどするなよ?」

 取り合えず、冒頭の悪夢を思い出しながら言う。


 「………忘れてました……イシュトさん……」

 常に大声で話すマルティナだが少し声を落として喋る。


 「……どうした?」

 そう互いの背中沿いに束縛された状態で会話するが


 「……わたし、トイレを我慢していたんですよ」

 ……言葉を失うイシュト。


 「漏れちゃいますーーーーッ!!!どうにかしてくださいーーーっ!!!」

 再び騒ぎ出すマルティナ。


 「……って、小の方ですよ?」

 一応、誤解しないでくださいよ?とマルティナが付け加える。


 「あぁ……それはよかった……」

 何が良かったかはわからないが取り合えずそう返してみる。


 「……約束して下さい……」

 マルティナが続ける。


 「何をだ?」

 イシュトが返す。


 「……これから、何が起きても私の事を愛すると……誓って下さい」

 少し泣きそうな声でマルティナが告げる。


 「……軽蔑はしない、安心してくれ……」

 そう返すが凄く不満そうな顔をするマルティナ。


 「漏れるっ漏れちゃうーーーーたすけてくださーーーいっ」



 その後も暴れ続けるマルティナにアリスの方が折れ、解放されることになった。



 

 

 



△△△





 「勘弁してくれよっあんたらにはうちの商品は売れねぇ、売れば今後ここで商売ができなっちまう」

 そうその店の店主が言う。


 「商品の2倍の料金を払うし、ここで商品を買った事は漏れないようにする」

 ナヒトがそう店主に告げるが、


 「無理だ……あんたが思っている以上に監視の目は厳しい、そんな危険な道は渡れねぇよ」

 店主はそう返す。



 「……なんとも、面倒な話だの、ナヒトよ何も金など払わずここにあるもの全て強奪すればいいだけのことではないのか?」

 後ろでつまらなそうに2人のやり取りを眺めていたフーカがそう告げるが、


 「馬鹿言うな……これ以上目立つわけにもいかないんだ」

 魔力を持たぬ自分に……フーカという超級の魔力を扱う者の魔力を供給するには、

 どうしても、魔具を媒体にするしかない。

 そして、その魔具は魔法の栄えたレジストウェルでほとんどが取引されるため、

 自分の家計であるミクニの人間からの手回しでその全てといっていいほどの、

 店での取引ができぬよう手が回されている。



 ナヒトは諦めたように後ろを振り返ると、身を隠すためのフードを深々と被り、

 「僕らがここに来たこと……通報しないでくれ」

 そう言って、その場を去る。


 あと……どれだけの時を生き抜けるのだろうか……

 常に抱える恐怖。

 どれだけ、かっこつけた所でその根本的な恐怖を消し去る事なんてできやしない。


 残る魔具は少しだけ……

 

 「何を辛気臭い顔をしておる」

 子をあやす様に、ポンポンとナヒトの頭を叩くフーカ。


 「フーカ……お前は後悔していないのか……」

 そうナヒトが尋ねる。


 「……ん?」

 質問の趣旨がつかめないと言う様にフーカが聞き返す。


 「……召喚されたのが僕みたいな無能じゃなければ……有能な魔術師だったなら……」

 そう尋ねる。


 「……実にくだらぬ」

 そうフーカは返す。


 「そんなたられば話をして……貴様は満足なのか?そのたらればの話を聞ければ今後の戦いで勝ち残れるのか?」

 「実にくだらん……貴様は我が周りの連中に劣る理由を、マスターである人間の魔力の弱さ、強さを理由にしている者の背に憧れるのか?そうなりたいと思うのか?貴様の理想の背はそんなちっぽけなものなのか?」

 「勝ちが確定している勝負に何の意味がある……自分のハンデを強調し敗北の理由にする事に何の意味がある……勝てるかどうかわからぬ勝負に挑むから滾るのでは無いか?臆する事無く立ち向かうその背に誰もが憧れるのではないのか?」

 フーカが続ける。


 「我がナヒト、貴様に召喚された時点で、この世界での我と言うステータスは決まっているのだ、それは我のせいでも、貴様のせいでもなくな……」

 「……魔力が無くてもいいだろう、魔力の供給ができなくてもマスターであってもいいであろう……怖ければ、少し後ろに居ればよい……そこで前だけを見ておれ、そそこで、我の背がどう映るのか判断するが良い」


 彼女にとってのここでの死はどういうものなのだろうか……

 元の世界に強制召還されるだけなのだろうか……

 わからない……

 


 それでも、僕は彼女に負けて欲しくない……

 彼女の重りになんてなりたくない……


 それ以上に……僕はきっと……

 この人が、僕の隣に居てくれる事を……

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