第14話 魔王討伐編③

 「マーーーィーーートォーーーッ!」

 繰り出されるアンチ正義の攻撃を回避するマイトだったが、

 今までの様な余裕の笑みは無く、屈辱に塗れた顔さえ伺える。


 「弁えろっ、その程度の力を得た程度でこの俺に並んだつもりかっ!」

 回避し、アンチ正義との距離を取り、弓を構え数本の魔力の矢を放つ。


 「……オマ…エヲ、コロス……」

 数本を弾き、数本をその身に受けるが、

 すぐにその傷は癒え、再びマイトを目掛けアンチ正義は突進する。


 再度、その間に入る男……レクス。

 その一撃を受け止める。


 「何者か知らないが……この場の混乱に紛れ、邪魔をするというならッ」

 2人の関係を知らぬレクスからすると、悪は目の前のアンチ正義と映る。

 まして、人ならざる者であれば、彼は下手な躊躇をすることなく、自分の力を出すことが出来る。


 「……ジャマスル……ナ……セイ…ギ…コロス……オマ…エモ…セイギノ…ミカタ?」

 「コロス…セイギノミカタ……ユルサナイッ!」

 一撃を止められたアンチ正義は一度レクスから距離を取る。


 レクスの持つギアが変形する。

 ブレードとして形どっていたギアは、マイトと同様の弓の形に変わっていて、

 離れたアンチ正義に向かい、マイト同様の自分の魔力で精製した矢を放つ。


 マイトの矢同様に、魔王の魔力により得た力で相殺しようとしたが、

 自分の頭の横を横切った矢に唖然としている。

 マイトですら、頭に巻かれる黒き包帯に直接ダメージを与えるのは容易な事ではない。

 レクスが放ち黒き包帯を掠めて自分の頭の横を通り過ぎた矢は、

 掠った包帯の一部を破壊していった。


 「次は外さないぞ、化け物」

 レクスは再度、弓を構える。




 「逃げてるだけか?曲芸女ッ!」

 レフィとハレの戦闘は続いている。

 一方的に攻撃を繰り広げるハレだが……

 レフィは未だ無傷……冷静であり、どちらかというと焦りはハレの方にある。

 何度か反撃を試みるが、召喚された魔物、魔王が操る屍にその進路を塞がれ、

 攻撃のチャンスは何度も潰されていた。


 一対一の対決となっていれば、

 彼女のその瞬間認識能力の前に立場が逆転していたかもしれない。

 それくらい、圧倒しているはずのこの状況で、

 彼女に隙は全く無い。

 平凡でありながら、常識から外れている彼女の動きに、

 多彩な武器を持つハレですら、それを捕らえる事ができない。


 一見、身動きをとらず、無防備とも思えるレフィだが、

 その瞳は、あらゆる情報を読み取っている。


 見切りの上を行く、見極りが彼女が持つ能力に付けられた名前。

 彼女が目にするもの全て、彼女は即座に見極める。

 彼女の見る世界は……彼女が見極めようとして意識を集中させている間は、

 まるでスローモーションのように見え、

 その一瞬であらゆる情報を集め、その上でこれから起こる全てを見極め、

 その中で考えられる最善の行動を選択する。


 彼女が産まれ持った、この世界で彼女だけが持つ能力。

 彼女が恨み、復讐としていた相手から盗んだ剣術。

 その能力が賭け合わさる事により、彼女の言う最強は現実味を増している。


 レフィは再度、ハレを睨み目標を付ける。

 地を蹴り、一直線に向かう。

 邪魔する魔物や屍を蹴散らしていく。


 空間が歪み現れる銃器。

 微妙に立ち居地を変え、導き出される抜け道を通る様に、

 ハレに駆け寄るスピードを緩める事は無い。

 再度、レフィに向かい突きつけた拳銃が……


 「……ざけんなっ、ばけもんかてめぇ」

 レフィの刀に寄って宙に弾き飛ばされた拳銃が真っ二つに裂ける。




 

 「ちっ!?」

 アスが二度目のフーカの漆黒の槍を自分の魔力で相殺する。

 

 イシュトとアリスも加担し、立ち塞がる魔物や屍に手を焼きながらも、

 アスを目指し詰め寄っていた。


 「魔女と……その使いか……」

 会話ができる程に詰め寄られたアスは、イシュトへ話しかけているか不明であったがそう言った。


 「……イシュト…と言ったか?」

 アスはイシュトにそう話しかける。


 「……今のあんたに取って、今の俺はあんたの正義の遂行にとっての絶好の悪に映っているのか?」

 皮肉を言うように、うっすらと笑みを浮かべる。


 「……これだけの事をして、自分が正しいとでも主張するつもりか?」

 操る屍の数々を見ながらイシュトはそう返す。



 「イシュト……あんたの正義ってのは、今……見えているこの風景が全てか?」

 さらに切り返すアス。


 「……俺は、俺の守るべきもの……それを守るために、敵を見極めている」

 そして、いま……この状況に相手の敵はアスであると遠まわしに告げる。


 「……運命とは残酷なものだな、いや……神というべきか」

 そうアスは続ける。

 「俺は俺の守るもののため、あんたの敵にならないとならない訳だ」

 おっさんの変わりに守るときめた二人の家族。

 そのために……俺は神と言われるものを殺してでもこの馬鹿げた戦争を終わらせる。

 例え、それがこの世界を壊す結果となってもだ。

 どんな犠牲を払ってでも……


 「馬鹿なの? 何を躊躇に話してるの……」

 アリスが割って入る。

 こんなことをしている間にも、自分達の魔力は彼に分析され、

 操られる事になれば、簡単に身体を破壊されてしまう。


 「わかってるっ」

 そう言って、アスに駆け寄ろうとしたイシュトだったが……


 「跪けッ」

 そうアスが言葉を放つ。


 「!?」

 足の骨が砕ける事は無かったが、その場に足から崩れ落ちるように地に膝をつく。

 同時にアリスも同じように地に膝を付いている。

 完全とはいかないが2人の分析はそこまで進んでいたのか。


 「くっ」

 悔しそうに見上げることしか出来ないアリスに、

 アスが近づく。

 魔力を書き換えて殺すことが不可能でも、

 動けぬものを手にかけることなど、彼にとっては容易いことだろう。


 「……あんたも自分の守るもののため、俺を手にかけるつもりだったんだよな」

 自分も迷いはしないと……魔女に詰め寄る。


 アリスと目が合う。

 強がってはいるが……助けて……都合のいい解釈かもしれないが、

 イシュトにはそう思えた。


 歯を喰いしばり、懸命に立ち上がろうとする……

 言う事を聞かない。


 「あーーーーーーーーーーーッ」

 叫び、なんとかその呪縛から逃れようと……

 自分の正義を遂行しようと……


 不意に目の前が真っ暗になる。

 呼びかける声。


 マタ、アキラメルノカ?

 マタ、コウカイスルノカ?

 そんな謎の声がイシュトの頭に直接話しかける。


 何がどうなっている……?

 確かに今……魔王の異名を持つ男と対峙していたはず……


 真っ暗だ……

 何も見えない……

 水の中に沈んでるかのように……

 少しずつ……その闇の底に引きずり落とされるように……


 幾度か見た黒き包帯が何時の間にがイシュトの周囲に伸びてきた。


 アキラメルノカ?

 オマエノセイギハ ソンナモノカ?

 アガケ……クルシメ……

 ゼツボウノフチニタッテサエモ……

 

 セイギヲツラヌケ……

 ソレガ……コレマデノ……ソノセイギニギセイニナッタモノヘノ ツグナイダ

 オレガ……オマエガ、デキル……タッタヒトツノ テイコウダ



 「なっ?」

 アスもアリスも驚いている。


 目元が暗く確認できない……

 意識があるのかさえわからない……

 それでも、目の前の男は、魔王の命令に背き立ち上がっている。


 全身に黒いオーラを纏っている。

 今までの彼からは計り取れなかった魔力を感じる。


 全ての神奪メンバー立ちは動きを止めて、

 その異様な男に目を向けている。


 手にする短剣……

 その異様な光景に危険を感じたアスが左手を突き出し攻撃に転じようとするが……

 まるで素振りをするように短剣を動かすと、

 空間が切り抜かれるように……その短剣が通った剣先にあったアスの左腕が宙に舞う。


 「あーーーーーッ」

 訳もわからず、急に走った左腕の痛みにアスがもがき苦しむ。


 「ちぃっ」

 1人その場を冷静に判断したハレはアスの側に駆け寄ると、

 彼女のコレクションである魔具を取り出すと、

 光の玉が2人を包むとその場から姿を消した。


 それを確認したイシュトは……まるで取り憑かれた何かが抜け出したように、

 意識を失いその場に倒れる。


 「イシュトッ!? しっかりしなさいっ」

 アリスが慌ててイシュトに駆け寄る。



 他の神奪のメンバーもその異様な力を前にただ、黙って2人を睨むように見ていた。



 声はもう聞こえない……

 誰の声だったか……

 自分がその後何をしたか……まるで覚えてなど居ない。


 イシュトの右手からはらりとどこからか現れた黒い包帯が風に舞い飛んでいく。


 「……彼を解放して……この世界も、今の彼も貴方の正義をきっと望まない……今の彼は私を助けるためにここに居てくれている……これ以上、この人をそれで縛ろうとするのは辞めて……」

 アリスは見知らぬ誰かにそう呟いた。



△△△




 「勘違いするな……別にあんたに加担しているつもりはない」

 ハレの魔具により簡単な処置を得たアスにハレはそう言う。


 「……なら、あんたの目的はなんなんだ?」

 ハレのお陰で痛みは癒えたが失った腕を押さえながらアスは尋ねる。


 「あたしもさーーー神が憎いのさ」

 そうハレがまるでそこに神が居るかのように天を見上げ言った。


 「この世界は……神が書いているんだって、頭のネジがぶっ飛んだ事抜かすガキが昔……居てなーーーそんな神の真似をするように自分と1人のメイドの物語を書き始めたガキが居て、初めはそのメイドもそんな恥ずかしい真似辞めさせようとしてたんだけど……そのメイドも何時の間にか、楽しみになっていたんだ……その物語の続きが……」

 天を見ながらハレが語り続ける。



 「……でもさ、神はそのガキの物語を書くを辞めちまったんだ……誰よりも神の書く物語を崇拝していたのにな……そんなん理不尽だとおもわねーか?」

 少しだけ自分の起きた事件と置き換える。



 「魔王……あんたも忘れんじゃねーぜ?詳しくはわかんねーけど、それはあんただけは忘れちゃなんねー物語だ。それをあんたが忘れちまったら……本当の意味でその人は消えちまう……物語が終わっちまう……あたしはあんたの物語に干渉しねーし、あたしの物語に干渉させる気もねーーー」

 そう何時もと変わらぬトーンで、変わらぬ表情でハレは言う。


 「まぁ……あたしもあんたも次は敵同士だ」

 「この会話も何の意味もねー茶番だけどな」


 「あの正義馬鹿共みたいにあたしは守るべきものはねー、それでも失ったらならねーもんは有るんだ……負けてやる義理などねーーー」

 何時ものように誰かを小ばかにするように口元を緩ませる。


 「全てを捨ててまで復讐しようなんて馬鹿な真似は辞めておけ……その物語も想いもそんな十字架を背負うってのもてめぇにしかできねー、誰にも理解なんてしてもらえねーんだ」

 アスを通じ自分に言い聞かせるように……


 「まぁ……また神に挑もうっていうならあたしは強力してやる……ただ勘違いはするな、あんたの仲間って訳じゃねーーあたしはあたしの目的のために動いているだけ……あんたが邪魔になれば容赦なくあたしはてめーを消すぜっ」

 一方的に口を開くハレ。


 「悪いが……俺にはまだ守るべきものはある……守るべきものができた」

 おっさんの変わりに……あの2人を……キノは必ず……



 「……ふん、なら次会うときは敵同士だな、ちょっとは分かり合えると思ったが」

 少しも残念そうに思ってなさそうにハレは魔具を取り出す。

 

 「じゃぁな……魔王、無事神を殺す事ができた時は、乾杯しようぜ♪」

 そういい残し、ハレは光の玉はハレだけを包み込むとその場から消える。


 1人残ったアスは呟く。

 「おっさん……キノの物語……あんたの家族のページだけは俺が幸せなページで埋め尽くしてやる……この身が果てようと必ず……」

 

 「魔女とその使い……今回は余力も無かった……だが次はこうはいかない……」

 そして歩き出す。

 聖都を敵に回す事になった……敵がさらに増えたが関係ない。

 

 「おっさん……今更都合のいい話だけどさ……、あんたの家族として……母と妹を幸せにする権利……譲ってくれ、それが、それを不可能にした俺の償いと……弔い……そして俺の願望だ」

 この身で何ができる……この悪魔のような力で……

 神を敵にしたこの身で……

 それさえも、犠牲にするつもりじゃないのか……


 迷いなどしない……


 「十字架を背負う覚悟はできた……だからもう少しだけ……人々を幸せにすると誓ったこの力で……もう少しだけこの世界に抗う」

 

 なぁ……おっさん。

 父として、今の俺を見てどう思った?

 怒っているか?

 褒めてくれるのか?


 「なぁ……おっさん、この世界に、俺とあんたが居なくても……家族2人を幸せにできる世界……そんな世界は、きっとあるんだよな?」

 空を見上げ、アスはそう呟いた。



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