神ノイルセカイ

Mです。

第1話 神奪戦争

 人より優れた力は心地の良いモノだった……

 人を救える力はかけがえの無いモノだった……

 誰かを救えるという事は何よりモノ喜びであった……



 最初は僕にすがる小さな手を取り守ろうと思った。

 そこで満足していれば良かったのかもしれない。

 僕は、もっと……もっと、僕の手にすがる手に、残す事無く手を伸ばそうと思った。


 正義の味方になりたかったんだ。

 憧れとか、言葉だけでなく……誰もが求める正義の味方に、

 手を触れるもの全てを守れるだけの正義の味方に……

 悪を滅ぼす正義の味方になりたかったんだ。



 なのに……なのにどうしてだろう……

 沈んでいた……透明な透き通った水の中で……

 僕は懸命にもがき……差し出される手に手を伸ばした。



 なのに……どうしてだろう……

 水は黒く染まっていく……

 遥か底から伸びる黒い腕が、次第に僕を掴み海の底へと沈めていく。


 まだ……まだ……僕は……


 闇は渦巻いていく……

 やがて、透き通った水の中から見えた青い空は見えなくなり、

 やがて、僕が助けようと思った腕さえもが、

 僕を闇の底へと沈める腕の一つに変わっていた。



 人は後悔する生き物だ。

 そして、人は学習する生き物だ。


 もう、うんざりしただろ?

 理解しろ。

 自分の力量……所詮お前は裏切られる。

 守ろうとしたものさえにもだ。


 理解しろ、だから正義の味方なんてやめちまえ

 手を差し伸べるのを辞めろ。


 そうすれば、誰にも裏切られない。

 誰の希望も裏切らない。

 

 ほら……学習しろ。

 ほら……後悔しろ。


 そうすれば、誰にも怨まれない。

 そうすれば、誰にも絶望することはない。


 存分に後悔したか?

 存分に学習をしたか?



 だったら……僕は何をすればいい?

 だったら……僕は何をすれば良かった?


 教えてくれ……

 だれか……僕に……

 だれか……

 誰か……


 辞めろ、お前は後悔したのだろ?

 お前は学習したのだろ?



 辞めろ……


 闇に沈む……

 記憶が朦朧とする中……

 前方に闇を照らす一つの光が見える。


 僕に救いを求める手……


 辞めろ……

 辞めろ……これ以上後悔するな。


 あぁ……お願いだ、僕に君を救わせてくれ。

 僕は……助けたい。


 僕は僕に関わる全てのモノを助けたいんだ。


 それができるのであれば……

 僕はもう一度後悔をしよう。

 僕はもう一度学習をしよう。



 だから、何度だった繰り返す。

 何度失敗しようと繰り返す。


 さぁ……新しい世界の始まりだ。


 記憶は淀んでいく。

 

 世界の怒りに触れた僕の身体はもう限界だ。

 これが最後になるかもしれない。

 それでもいい。

 僕は僕の化身をそこに送る。


 それが、僕がこの世界と神に触れ授かった、

 唯一、今を抗う力だから。


 あぁ……光が見える。

 僕は懸命に手を伸ばし、闇へと抗った。






△△△




 記憶が淀んでいる。

 

 頭がすっきりとしない。

 

 冷静になれ、何故、今の自分がこうなっているのかを考えろ。


 一言で言えば絶対絶命だ。

 それだけは理解している。

 真っ暗な地下通路のような一番奥の壁の柱に、

 俺は囚われていた。


 窓一つ無いその場所。

 遥か遠くに見える壁に取り付けられたランプの光が、

 どことなく、今居る場所がどういった場所なのかを教えてくれる。


 正義の味方になりたかったんだ。

 整理する。


 だから、俺は魔女討伐の話に乗った。

 だが、相手が悪かった。

 その力に敗北した俺はこうして、魔女の魔力の縄にこうして柱に縛られている訳だ。

 

 不幸か幸いか……こうしてまだ命がある。

 とは、言っても魔女の縄は自力で解くことは不可能だった。


 どれくらいの時間が経過しているのだろうか。

 周りを見ても、窓一つないこの場所は、

 今が朝か夜かの判断さえも許さない。


 この後、自分はどうなってしまうのだろうか。

 わからない……何かしらの動きを待つしかない。

 

 かたりと物音がする。

 俺は気づかない振りをしながら、意識をそちらに向ける。


 前方の柱に隠れているだろう気配を読み取る。

 隠れきっているつもりか、そもそも隠れるつもりが無いのか、

 柱から顔半分を覗かせる存在がこちらの様子を伺っている。


 白い髪の小さい子供、男なのか女なのかはわからない。

 ガキと言えど、魔女と関係のある者、それなりの力を感じる。


 気づかぬ振りをするのが得策だろうか?

 どちらにせよ、今の俺に抵抗する手段が無い。

 目を閉じ、相手の動きを伺う。


 小さな気配が近づいてくる。

 少しだけ緊張が走った。

 気配は俺の目の前で動きを止めた。



 そして、それは俺の肩をゆさゆさと揺さぶっている。

 片目の少しだけ目を開く。


 無表情だったその子供の顔は笑顔になり、

 「なぁ、起きたのカ?おきちゃうのカ?」

 さらに、状況の把握を悪化させてくれる。

 このガキが俺にとっての救世主になりうる事は考えにくい。


 「おまえ、ねーちゃんにぐるぐる巻きにされたのカ?マコもよく、ねーちゃんにこれでぐるぐる巻きにされたこと有るゾ」

 などと、得意げに語るガキを他所に考える。

 冷静になるんだ。

 

 まずは、深呼吸……自分の名前を読んでみよう。

 俺の名はイシュト。

 やがて、世界の英雄になるべくして、正義の味方をやっている。

 まずは、目の前のガキで情報収集するのが優先される事項だろうか。


 「マコ……と言ったか?」

 俺は、目を覚まし、見知らぬ場所で初めて言葉を放つ。


 「うん、マコの名前はマコだゾ」

 俺に話しかけられた事が嬉しそうにマコは答える。


 「俺はイシュトだ、マコ、ここは何処か教えてくれるか?」

 礼儀として自分も名乗る。

 そして、マコに尋ねる。


 「イシュト!?、オマエ、イシュトって言うのかっ」

 肝心の後半の質問を完全スルーされる。

 「なぁ、イシュト、一緒に遊ぼう」

 嬉しそうにマコは俺の肩を揺すっている。

 少しでも期待した俺が馬鹿だったのだ。


 「……マコ、お前は俺の状況を理解しているのか?悪いが、俺にお前の願いを聞き入れるのは不可能な状況だ」

 縛り上げられている状況を理解できるよう説明する。


 「そっか、なら、それを解けばいいんだナ?」

 マコは嬉しそうに縄に手をかける。


 「なっ……お前、ただの頭の悪いガキと思ったが馬鹿でも魔女の関係者という訳か」

 期待をマコに寄せる。


 「うん、マコもよくねーちゃんに、これでぐるぐる巻きにされたことあったからな」

 マコはそう言いながら縄に手を入れ力任せに引っ張りあげる。


 「よく、わからないがそんな力任せで外せるもんなのか?」

 歯を食いしばり懸命に縄を引っ張るマコを、不安ながらも見守る。


 「ううん、マコはいつもこうして力任せに外したら、縄がびりびりーって、もの凄い電撃が身体を駆け巡ったゾ」

 そんな経験談を話しながら学習能力が皆無と思われるガキは懸命に俺の縄を力任せに引っ張っている。


 「ちょっ……おまっ……まてっ……いぃっ!」

 慌ててガキの行動を阻止しようとした瞬間、身体にもの凄い電流が駆け巡る。

 懸命に俺の縄を解こうとしていたマコは絵に描いたように髪の毛を逆立て、

 口から黒い煙を吐いている。


 「なっ? マコの言ったとおりダ」

 そんな身体を張った証明はいらんと突っ込もうとした瞬間。

 カツンと奥から別の誰かの足音が響く。

 不意に緊張が走る。


 「あら……随分と楽しそうね」

 真っ白い髪とそれに負けないくらいの白に近い肌の色。

 それとは間逆の真黒なワンピースに身を包んだ女性。

 美しくもどこか冷たく危険を感じるその姿に、思わず……


 「……魔女か?」

 直感的にそう呟いた。


 「駄犬風情が、よくも私の可愛い弟を丸焦げにしてくれたわね」

 魔女は蔑むような目で俺を見ながらそう言った。


 「……待て、これは半分がこいつの自業自得で、もう半分はあんたの仕業で、俺は完全に被害者だ」

 突込みを入れていい相手かわからなかったが思わずそう言い放つ。

 そんな中、同時に弟という言葉を聞いて、マコが男の子だと判別する。


 「駄犬風情が、私に責任を押し付けるつもり?灰にするわよっ」

 左の掌を俺に向け……攻撃の意思を向ける。


 「……そんな事より、俺をどうするつもりだ?処刑するのか、食うのか?」

 俺をここに縛り付けておく理由がわからない。


 「はぁ?馬鹿なの?なんで私が貴方のようなケガワラシイ人間を喰らわなければならないの?」

 相変わらずの蔑むような目で魔女は俺にそう告げる。


 「だったら、何が目的なんだ?そうやって、蔑む事が趣味なのか?」

 少し挑発するように魔女へ言い放つ。


 「煩い駄犬ね、吠えるのは夜盗だけにしなさい、全く使えない……」

 不機嫌そうに魔女がそう俺に言う。



 「なぁ……ねぇちゃん、それより、マコお腹がすいたゾ」

 そんなやり取りをしていた俺と魔女の間にマコが入る。


 「あら、丁度そこに自分が餌だと思っている駄犬が居るけど、マコ、あんた食べる?」

 そう魔女はマコに告げる。


 「ねーちゃん、マコはイシュトは食べない、イシュトと遊びたいゾ」

 マコは冗談と思われる発言を真に受けそう答える。



 「そうね……駄犬、私とマコに何か食事の準備をなさい、そうすれば命くらいは助けてあげるわ」

 全く状況が読めない中、そんな事を魔女は告げる。


 「食事……?余り得意ではないが……」

 「それに……この状況で……」

 縄に縛られ身動きできない事を遠まわしに告げる。



 「いいわ、今ほどいてあげる、左手の扉に調理室があるから、そこで何か私達を満足させるもの作ってみなさい」

 魔女は少し奥に有る左手の扉を指しそう言った。


 「まさか、あんたまで力任せに縄を外そうって訳じゃないよな?」

 取り合えず突っ込んでみる。


 「馬鹿なの?殺されたいの?」

 相変わらずのペースで魔女は会話を続ける。


 「馬鹿なつもりも、殺されるつもりもないが……」

 俺ごとき拘束しておく必要も無いと言うことか?



 魔女の掌から魔力の衝撃が放たれると、拘束されていた縄が解かれた。

 全く、自分を警戒していない二人を他所に再度周囲を見渡す。


 逃げ出すルートを考えてみるが、情報が少なすぎる。

 敵の力、数も把握で来ていない。

 今、逆らうことは危険だろうか。


 一か八かで逆らうことは諦め、今は魔女の言葉通りに、

 調理室と呼ばれる部屋に足を運ぶことにした。

 

 部屋に入ると何処か懐かしささえ感じるような、

 割と一般的な作りのキッチンだった。

 端の置かれている箱に色々と食材が置かれており、

 魔女の魔法だろうか……中は食材を保管するための適温に冷やされている。



 少しだけ考え込むが、自分に作れそうなものなど限られている。

 それで、比較的難しい作り方では無く、俺でもそれなりに出来が悪く無さそうなもの……

 「やっぱ……これが無難なところか」

 誰に話しかける訳でもないがそう呟き、手を動かす。


 「なんだ?イシュト、何作ってる?美味しいのカ?美味しいのができるのカ?」

 何時の間に部屋に入ってきたのか、会話の成立の難しいガキがひょっこりと頭を覗かせて来た。



 「……余り期待するなっ、出来たらそっちのテーブルに運ぶから大人しく待ってろ」

 そう言ってマコを追い払うが、


 「イシュト、出来たカ?出来ちゃったのカ?」

 マコはぴょんぴょんと跳ねながら、料理の出来を確認しようとしている。


 「邪魔だ……、それに火を扱ってる、危ないから離れておけ」

 今にもフライパンにダイブをかますのでは不安になる。


 出来上がったものをテーブルに運ぶ、

 同時に炊き上がった米も運ぶ。

 魔女の魔法で作り上げられたものだろうか。

 あっという間に米が炊き上がり少し驚いている。



 「イシュト、食べていいカ?もう食べてもいいのカ?」

 我慢出来ないとばかりにマコが出された料理に食いつきそうだったが……


 「ねぇーちゃんを呼んでこなくていいのか?」

 そうマコに告げるが、


 「マコ、もう我慢出来ないっ、いただきま……」

 そう、食らい付こうとした瞬間。


 眩い光が走ったかと思うと、目の前の料理以上に目の前のガキはこんがり焼きあがっていた。


 「マコ……行儀が悪いわ、例え虫、いえっ駄犬が食す食べ物だからといってもう少し行儀よく食しなさい」

 失礼な発言を言い直そうと結局失礼な発言をし、魔女が目の前に現れる。



 目の前には、ご飯とハンバーグを適当に8個ほど作っただけだ。

 彼女、彼のお眼鏡に適うのかわからなかったが……


 そんな不安を他所に魔女は席に着く。

 そんな様子をただ呆然と眺めていると、



 「どうしたの駄犬、貴方も早く席に座りなさい、食事が出来ないじゃない」

 そう促進される。

 戸惑いながらも、言葉に従う事にした。


 魔女のいただきますの合図で三人でそれを食す。

 なんとも不思議な光景であった。



 「ウマイ、ウマスギル、イシュトありがとナっ」

 とても、幸せそうにマコがバクバクとハンバーグを口に運ぶ。


 魔女の様子を見るも、一口、二口と箸を進める様子は、

 失格と言うわけではなさそうだった。

 一瞬で1人で半分の数のハンバーグを平らげたマコは空になったさらの上に、

 膨れ上がった腹を丸出しで寝転がっている。

 憎たらしくもあるが、どこかありがたい気持ちもあった。

 隣の食事を終え、口元を手ぬぐいで拭う魔女を確認する。



 「で……これから俺はどうなるんだ?」

 確認しない訳にはいかない……よな。


 いつもの蔑むような目……とは別だろうか。


 「単刀直入に言うわ、駄犬、貴方正式に私の下僕になりなさい」

 白いハンカチで口元を拭いながら平然とそんな事を言ってのける。


 「その言葉に、俺が従うと……?」

 思っているのか?そう告げる。


 「馬鹿なの、貴方に選択肢が二つ展開されているとでも思ってるの?」

 今までのノリで云々言わさず従わせようとするが、

 さすがに、そうはいかない。

 そんな沈黙を察したのか、魔女はフンっとつまらそうな表情で返す。


 「いいわ……貴方に合わせて話をしてあげる」

 その意図はわからなかったが……


 「神奪戦争……神の気まぐれで開催される……そんな戦争があるのは知っている?」

 魔女が急に口を開く。

 「私は、きっとそれに参加を強いられる……拒否することは許されない」

 そう言う、魔女の瞳は今までには無い悲しい目に見えた。


 「私はね……こう見えて、神を奪ってまで叶えたい願いなんて無いのよ」

 その目は遠く、何を俺に告げようとしているのか……

 「でも……来るべき日に私はその1人に選ばれ……そして命を狙われることになるわ」

 その言葉はどこか弱々しくて……

 「きっと……私の身近な者達も巻き込んでしまう……」

 まるで、俺の心を見透かしたように……

 魔女は告げる……

 まるで俺がその言葉を待ち望んでいた事を知っていたかのように……


 「私を……助けて、欲しいの……」

 手が差し伸べられた。

 思いも寄らぬ相手から……


 戸惑う俺を他所に……

 俺の気持ちをもてあそぶかのように……


 俺は、俺に関わった者全てを守りたい……

 魔女……そして目の前で幸せそうに眠るマコ……

 それは、すでにその対象にあたっているのではないだろうか。


 俺にその手を跳ね除ける理由があるだろうか……

 

 「イシュト……」

 俺はそう告げる。

 不思議そうな顔をする魔女。


 「名前……聞いてなかったよな」

 俺は遠まわしに魔女の名前を聞き出す


 「アリスベルよ……」

 そう淡々と魔女は答えた。


 少し考え……

 「アリスちゃんでいいか?」

 なんと呼ぶべきか。


 「馬鹿なの、灰にするわよっ」

 元の口調でアリスは不満そうに言う。


 「いや、女性だし、呼び捨ては……ちょっとな」

 そう告げるも、


 「いいわよ、別に普通で、アリス“様”と呼びなさい」

 得意の蔑むような目でアリスはそう告げる。


 「ぉぃ……」

 弱々しい俺の突っ込みに……


 「正式に私の下僕になったから当然よ」

 とアリスは言い捨てると、フフフっと初めて少しだけ楽しそうに笑った。

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