第4話 吉田くんの好み



 巷ではクリスマス一色だった。星音堂せいおんどうの入り口にも天井に届くくらいのクリスマスツリーが設置された。橙色だいだいいろの小さいライトが仄かに灯ったり消えたりしている。


 銀色、金色、白色。ボールや星、さまざまな形のオーナメントの間に降り積もるような雪に見立てた綿。それをじっと眺めていると、吉田がやってきた。


「きれいだよね」


「吉田さん。もうクリスマスですね」


「本当だ」


 二人で並んでそれを眺めていると、鳥小屋の様子を見てきた星野もやってきた。


「おいおい。クリスマスに浸ってる場合かよ」


「浸っている場合ではありませんけど。なんかきれいですよね。こんな大きなツリーあったらいいなって思います」


 あおは瞳をキラキラさせてツリーの一番上の星を見上げた。それにつられて星野と吉田も同様に見上げる。


「吉田はどうすんだよ。クリスマス」


「え? えっと。え? だって。おれは……」


 珍しく口ごもる彼を見て、蒼ははっとした。


「え? 吉田さんって。恋人いるんですか? うそ!? 今までなにもそんなこと言わなかったじゃないですか」


「星野さん……」


 吉田は恨めしそうに星野を見る。


「え~。いいじゃねえか」


「吉田さん! 吉田さんの恋人ってどんな人なんですか? 可愛いですか? この前のオルガンのマシュマロみたいな女の子? あんな感じですか?」


「おいおい。おまえ、興味津々すぎるだろ」


 あまりに吉田に食らいつく蒼に、星野は彼の首根っこを掴まえた。


「だって~……。吉田さん、いい人だから。きっとかわいい子なんじゃないかなって」


「なんでいい人だと恋人が可愛くなる訳?」


 弱り果てている吉田を横目に星野はにやにやとして蒼を見る。


「吉田の好みは野獣系だぞ」


「星野さんっ!」


「ええ!? え! や、野獣系ってなんですか。野獣みたいな女子? 大人の女性ですか!」


「蒼~……ってか。星野さん。本当に勘弁してくださいよ」


 吉田は苦笑して、蒼を見る。


「星野さんはね。ちょっと病気だよ。本気にしないで」


「確かに。たまに血迷ったこと言います」


「だろう」


「おい! お前らなあ」


 星野が怒ろうとしたとき、事務所から水野谷の声が飛ぶ。


「お前たち! さぼってるなよ」


「ちぇ、課長に見つかった。ツリーの飾り直していたんですよ」


 星野は適当なことを言いながら事務所に戻っていった。それを見ながら蒼は心がざわついた。


 ——クリスマスかあ。


 そもそも、クリスマスを人と祝うという習慣が蒼にはない。母親と二人きりだったころは、彼女がサンタのフリをしてプレゼントをくれた。


 熊谷栄一郎という男も同様だったが、なにせ仕事が忙しい男だ。家にいるということがない。自宅には大きなツリーが飾られていたが、兄や弟、そして家政婦とのクリスマスは味気なく、プレゼントを開けるだけのなんの意味もないクリスマスだった。それに、この時期は喘息の調子が悪くて病院でクリスマスを迎えることも多かった。


 だから正直に言えば、クリスマスをどう過ごしたらいいのかわからない。いつも一人。巷がそういう雰囲気でも。一人暮らしをしている間もいつもと変わり映えしない生活を送っていた。


 大学時代に彼女ができた。だが、当時は鬱々と過去に縛られている状態だったので、たった数か月でお別れだ。そのおかげで誰かと過ごすクリスマスというものを経験するまでには至らなかったのだ。


 ——関口はクリスマスってどうするんだろう? なにかプレゼントって必要なのかな?


 彼と一緒に住み始めてから女性の姿は見ていない。クリスマスは東京に帰るのだろうか。そんなことを考えていると、先に事務室に入った星野に呼ばれた。








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