第3話 鳥2
死んでいるように瞳を閉じていたあやかしは、そこでようやくトウカの存在に気づいたらしい。重たそうに顔を上げる。焦点の定まらない漆黒の瞳がトウカをとらえた。
そのとき。トウカの中に、悲しみとも、焦燥とも、恐怖ともとれるものが渦巻いた。
見えない糸に操られるように、トウカの体は動く。ほとんど無意識に、あやかしへと手が伸びる。
「――っ!」
瞬間、空気が震えた。
指先が黒い翼に触れた途端に、トウカの口から声にならない悲鳴がもれた。
切り刻まれたのかと思うほどの熱と痛みが、一瞬で腕全体に走った。思わず身を引いたトウカと同じように、あやかしも翼をばたつかせ後ろに飛び退いた。
トウカは右腕を抑えてうずくまる。
口から短い息が断続的にもれる。
腕全体を炎で覆われているようだった。指先一つ動かすことができない。拳をきつく握り、奥歯を音が鳴るほど噛み締めた。
体中から汗が噴き出した。腕は熱いはずなのに、全身は氷のように冷たい。
熱い。
痛い。
苦しい――。
トウカはわずかたりとも動くことができなかった。だが、耳は音を拾う。地を這う重い音がした。引きずるような音。雪が撫でられる音――。
あやかしが、その大きな体を引きずるようにして近づいてくるのだ。呪いの気配が近づいてくる。トウカは呆然としてそれを見上げていた。
このあやかしに、この呪いに、触れてはいけない。近づいてはいけない。だが、やはり体は動かない。トウカはただじっと息をつめて、あやかしを見上げた。
大きな体が目の前まで迫る。その顔が寄せられる。光のない黒い瞳にトウカの姿が映った。感情もなにも読み取れない瞳。この場所と同じように、虚ろな瞳。
――否。トウカは、その黒い瞳の奥でなにかが揺れるのを見た。
鋭くとがった嘴がわずかに開閉する。
「みつけた」
「――え?」
「やっと、みつけた」
ぞっとするほど低くひしゃげた声だった。あやかしは顔を寄せたまま、動くことなくトウカを見据える。トウカはただただ呆然とした。
また、嘴が動く。空気が震えて、耳に伝わったのは――。
「僕を、殺して」
そんな、声。
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