第1話 白い女3

 ――でも、どうしてウツギがそんなことをするの。私を殺してなにになる。いや、そうじゃなくて、私の中にいるあやかしに力を持たせることが目的なのかな。ああ、もう、分からない。


「トウカ」


 突然の声にトウカの肩が大きく跳ねた。

 湯気の立つ湯吞みをのせた盆をもってウツギが帰ってきた。心配そうな顔をして名を呼ぶウツギに、トウカは眉が寄る。


 ――多分、ウツギが私を消そうとしていることは本当なんだ。でも、それなら、どうしてそんな顔をするんだろう。

 そのときふとトウカの頭に、ある景色が浮かんだ。


「――夢を、昔から夢を見るの。白い花と、月と、鳥のさえずり」


 卓上に湯飲みを置こうとしていたウツギの手が、妙な位置で止まった。


「あれは多分、私の中のあやかしが見せている夢。私が見る夢は普通じゃないから。私の夢は――」

「――あやかしの妖力や感情が混ざりこんで見せる夢か」


 ウツギは小さく言うと、湯飲みを置いて手を引っ込めた。トウカは驚いて、「どうして知っているの、私の夢のこと」と言えば、ウツギは障子の隙間から外を見た。


「俺の主様ぬしさまも、そういう夢を見る人だったんだ。いつもいつも、俺たちの妖力が流れこんで夢にその姿を見るから、夢の中までみんな一緒で賑やかなんだと笑っていた」

「――そうなんだ」


 ウツギは寂しそうに言った。

 トウカの夢は特別なのだ。周りにいるあやかしが、トウカの夢に影響を与える。まじない師の素質をもった人間には、たまにそういう能力があるのだと祖母が言っていた。だから、ウツギの主人もトウカと同じ力を持っていたのだろう。


「私の見る夢は、白い花と、月と、鳥の声。とても美しいけど、悲しい夢だよ。子どもの頃からずっとその夢を見ていたから、あれはきっと私の中にいるあやかしが見せているものだと思う」


 夢の中の月には彼女の面影もあった。彼女の白い瞳は、あの月のようなのだから。それに。

 白い花。

 ウツギという名は卯の花の別名だと、鎖の少女ヒサゴが言っていた。白い花、卯の花。あれは、ウツギの花だ。トウカの中にいるあやかしが見せる夢にウツギの面影があることを、偶然で片づけていいのだろうか。

 トウカは絡まった糸のように厄介な自分の思考にため息をついて、熱々のお茶を喉に流した。


(第四章 第1話「白い女」 了)

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