第11話 残されたもの

 トウカは自室の前の縁側に座って庭を眺めていた。もうすっかり木々も紅く染まって、葉がはらはらと落ちてくる。


「今日は鳥居階段に行かないんだな」

「うん――。今日は、ひと休み」


 ウツギが盆にお茶の入った湯吞みを乗せて歩いてくると、トウカの隣に座った。ずいっと湯吞みが差し出される。湯気が立つそれを受け取ってすすった。


「――まだ彼女のことを気にしているのか」

「うん。これでよかったのか、分からなくて」


 ウツギの肩に乗っていた黒犬のポチがトウカの肩に飛び乗った。心配するように頬ずりをするポチに「ありがとう」とつぶやく。


 ――ヒサゴは消えた。


 もしかしたら自分には魂だけになったヒサゴを見ることができるのかもしれないと思っていたが、彼女の姿を見ることも気配を感じることもなかった。

 あやかしが魂だけの存在になるというのは、ひどく不安定で弱いものなのだそうだ。思念の残り香のようなもの、とウツギは言った。

 その辺りを飛んでいる名もない小さなあやかしよりも弱く、もろく、存在しているのに存在しないもの。生きているのか、死んでいるのか分からないもの。


「あやかしのことが嫌いなら、そんな顔しなくていいだろう」


 以前にも似たようなことを言われた。トウカはそのときのことを思い出しながら頷いた。


「あやかしのことは嫌い。それにヒサゴとは長い時間を一緒に過ごしたわけでもない。――でも、毎日話をしたし悩み事も聞いてもらった。仲良くなったと、そう思っていたから。だから――、寂しい」


 目を伏せて、膝の上に乗せた重たい枷を見つめる。ヒサゴの首にかけられていたものだ。鎖は引きちぎれたものの、この枷だけは残された。

 呪いは鎖の方にかかっていたが、長くその鎖とともにあったせいか枷からもわずかに呪いの気配がする。ヒサゴの気配だ。


 ウツギはトウカを見て目を丸めていた。なにか言いたげな顔をしていたが、黙って庭の草木へと視線を移した。

 紅い葉が舞い落ちる。


「彼女は、想いを寄せていた男に会えたんだろう。それならきっと――、幸せなんじゃないか」


 ぐいっと湯吞みを傾けてお茶を飲み干すと、ウツギは立ち上がった。


「幸せなはずだ」


 ウツギはトウカの頭をぱんっと軽くはたいた。


「いたっ」

「そろそろ部屋に入れ。風邪ひくぞ」


 トウカは頷いた。


「ウツギ」

「うん?」

「私、あやかしのことは嫌い。でも、ウツギやポチのことは嫌いじゃない。だから、その――」


 それ以上は言えなかったが、ウツギはふいと目を逸らして、トウカに背を向けた。


(第三章 第11話「残されたもの」 了)

(雑多帖 人物紹介「ヒサゴ・ひょっとこのあやかし」公開中)

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