第6話 昔語り3

「そのまじない師も、ヒサゴのことが大好きだったのね」

「ええ。いつもよくしてくれていたわ。私は式神としての役目も果たせないくらいに弱っていたけれど、それでもそばにおいてくれた。私はご主人様が余生を終えるまで一緒に過ごして、そうして一人になった。そんなときにね、あやかしの世につづく道に迷い込んで、こちらの世界に来たのよ。でももう動き回るだけの力もなくて、この座敷からは出られない」


 うるさいくらいの雨音はいつしか弱まっていた。静かな気配に包まれていて、ヒサゴの声が空気を震わせる。

 彼女は再度鎖を撫でた。


「この鎖は私を守ってくれて、縛りつけているの。ご主人様も彼もいなくて寂しいのに、私はいつまでも死ねないから。ずっと一人きりよ」


 そう言うと目を伏せた。しばらくそうしていたが、ふと顔を上げるといつもの可憐な笑みを浮かべている。格子窓に視線を走らせて、


「やんだみたいね」


 ヒサゴは眩しそうに外を見つめた。もう雨音は聞こえない。分厚い雲の合間から陽の光が差し込んでいるのが見えた。トウカは腰を上げて外に出る。地面にはいくつもの水たまりができている。


 あっという間に雲は流れて青空が見え始める。道端の野花は雨の滴を受けて生き生きとして見えた。あんなに暗かったのに、雨の滴をまとって光を受ける世界は眩しく輝いている。


「私はまじない師の式神だった」


 格子の奥からヒサゴの声がする。トウカが不思議そうな顔をして頷くと、


「前に来てくれたウツギというあやかしも多分、式神だったのだと思うわ。そういう、かすかな匂いがした」


 とヒサゴが言った。トウカはわずかに目を見開いて、そっかと答えた。


「帰り道、よければまたきてね」


 微笑むヒサゴに頷いて歩き出そうとしたとき、トウカの目に一つの水たまりが映った。世界を映す水鏡――。


「あれ?」


 トウカは首を傾げた。

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