第15話 美少女と打ち上げ
「曲入れたらどんどん回して」
「よっしゃ、俺が歌う番だな」
「あんた歌下手くそ!」
どういうわけか俺は今、カラオケに来ている。それもパーティールームにいるというから驚きだ。
「やっぱり大人数は騒がしいね」
そう言ったのは隣に腰掛けていた颯心だ。
というのも今日はクラスメイトたちと、文化祭の打ち上げという名目でこうしてカラオケに来ている。
「というかなんで今になって文化祭の打ち上げなんだよ? 文化祭後の振り替え休日にやれば良かっただろ?」
「そもそもこの打ち上げの企画者がサッカー部だったんだよ。サッカー部は振り替え休日にも部活があったから」
ああ、そういえばその日、颯心に部活を理由に遊びの誘いを断られたっけ?
「その次の週からは試験二週間前に入って打ち上げなんてやる時間がなかったからね」
「それで中間テストが終わったあとの日曜日ってわけか」
「そういうこと!」
「今日はサッカー部はなかったんだな」
「たまたまね。でも今日部活のある運動部はたくさんいるからさすがに全員集合とまではいかなかったけど」
今いるのはクラスメイト全員というわけでなく、半分くらいしかいない。
「それはそうと、何故あいつを誘ったんだ?」
俺は凌平を指差した。凌平は片っ端から女子に話しかけて、そしてフラれていた。
「一番誘っちゃダメなやつだろ?」
「ひたすら女子を漁ってはフラれてるね」
あいつのああいう女子に見境のないところは本当によくないと思う。
凌平が貪る一方で、俺たちの向かい側に座る心春の周りでは、クラスの男子たちによる争奪戦が繰り広げられていた。彼らのその場所を譲るまいという強い意志がひしひしとこちらにまで伝わってくる。
クラスのちょっとイケてる運動部どもめ! 気安く心春の肩に手を置きやがって……ベタベタ触るなよ!
と思いながらも、思い返してみれば、お化け屋敷で心春の手を握ったり、心春の頭を撫でたり、事故とはいえ心春に抱きつかれたり……
あぁ、なんてことだ……俺の方がよっぽど悪い虫じゃないか……
でも、それはそれで心春に気安く触れる奴らは許せない。
幸いにも心春の横に座る藤島が悪い虫が付かないようにと心春のことを守ってくれている。感謝する藤島。
「やっぱり桜河さんは人気だね」
確かに心春の周りには、まるで町で見かけた芸能人を囲うかのように多くのクラスメイトたちが集まっていた。
でもそれは心春だけじゃなくて……
「お前もな、颯心」
「ねぇ、上原くん。曲いれた?」
「ソフトドリンク取りに行くんだけど、上原何かいる?」
「上原くん、このあと二人で遊びにいかない?」
俺の周り( 正確には颯心の周り )をたくさんの女子たちが取り囲んでいたのだ。その声に遮られ、俺の言葉は断ち切られる。
颯心にグイグイ行く女子たち……このままここにいるのは無理だな。
「それじゃあな、颯心」
「ちょっと待って、一人にしないでくれよ……」
引き留めようとする颯心に構わず俺は席を移動した。あのイケメンの颯心も多数の女子から囲まれるというのには慣れておらず、抵抗感があるらしい。
でも、俺だって嫌だ。
俺の席の分、颯心にお近づきになりたい女子が詰めてくれたので、颯心からは離れた席にスペースができた。俺はそこに腰かけた。
「あれ秋谷くんじゃん!」
右隣を見れば、そこには七瀬がいた。
「七瀬……桜河と藤島のところに行かなくていいのか?」
「心春ちゃんの周りに人が集まって来るせいでバラバラになっちゃって……」
「なるほど。大変だな」
「そんなことないよ。こっちでも十分楽しいし」
まあ確かに七瀬は明るくて人当たりが良くて、色んな人から好かれるタイプだもんな。友達も多いみたいだし、こういう場面でも困らないようだ。
そう言いながら七瀬は視線を俺からフェードアウトさせた。外れたあとの視線を追ってみると、その先には女子たちに囲まれた颯心の姿があった。
「颯心の場所行かなくていいの?」
俺がそう言うと、七瀬は少し不機嫌そうなジトッーとした目で見つめてきた。
「なんで?」
「別に他意はない」
「秋谷くん、何か勘違いしてない?」
七瀬は怪訝そうな顔をぐいっと詰め寄らせた。
「別に私は上原のこと好きとかじゃないからね? 最近心春ちゃんとなぎちゃんからも勘違いされてて困ってるんだからねっ?」
本当に勘違いなのか?
「とにかく上原はそういうんじゃないから」
「分かったよ。疑って悪かった」
今日もつけている髪飾りの話は触れないでおく。両想いだったのに周りがからかいすぎたおかげで、関係が拗れてしまったなんてよくある話だ。それで颯心の恋愛がうまく行かなくなるのは申し訳ない。
「それで、そういう秋谷くんこそいないの? 好きな子」
「いないね」
「ホントに? 誰にも言わないから教えて!」
どうして女子っていうのはこんなにも恋愛話が好きなのか?
顔をぐいぐいと近付けてくる七瀬。たださえ周りがぎゅうぎゅうなので逃げ場がない。本当に七瀬は誰にでも距離感が近いんだよなぁ……颯心が前に言っていた自分を特別と思ってもらえないという悩みはごもっともだと思った。
「おねがーい」
そんな可愛い顔して見てきても無駄だ。どんなに可愛かろうが、俺は心春の笑顔以外に靡くことはないぞ?
「ちょっと飲み物とってくる」
「あっ、逃げた!」
俺は急いで部屋から飛び出した。逃げたいという思いももちろんあったけど、それ以上に何故だか分からないけど心春と颯心の視線が怖い。このままじゃ二人の鋭い視線に突き刺されて、磔にされそうだった。
俺がドリンクバーで飲み物を注いでいると、後ろから見覚えのあるイケメンが現れた。
「ふぅー……何とか逃げ出して来れたよ」
イケメンがそんなこと言えば嫌味になるんだろうけど、颯心の場合たぶん素でこれを言っている。
「大変だね」
「うん。それよりさっき七瀬と話してたでしょ?」
「言っとくけど七瀬を口説いていたわけじゃないからね?」
「別に誰もそんなことしてたなんて思ってないよ」
「じゃあ、おぞましい視線を向けるなよ」
「好きな子が他の男子と喋ってたら、もやもやしてそんな視線も向けたくもなるもんだよ。光もいつか分かるよ、この気持ち」
ああ、よく分かるよその気持ち。自分が一番仲の良い異性だって心を落ち着かせるけども、周りの男子が話しかけていても、自分は外野からそれを見ていることしか出来ないあのもどかしさを、俺はよく知っている。
「恋する男は言うことが随分と上から目線の物言いだな? まあいいや……でも、それを言うなら七瀬だって同じだよ。颯心がたくさんの女子たちとハーレム作ってたら不快な気持ちになるんじゃ?」
「それは七瀬が俺を好きだって前提で初めて成り立つ話だよ」
「七瀬だって颯心のこと意識してるんじゃないの? 文化祭であんだけ好き好きオーラ出してたら……」
「そんなに出てた?」
「出てた」
あからさまに出てました。
「まじか……恥ずかしい……」
「まあ、後夜祭の件であんまり近付けないのかもしれないけど、もう一歩、歩み寄ってみたらどうだ?」
いまだ颯心の後夜祭の相手は誰なのかという話は収まっておらず、もちろん心春は容疑者のまま。
それがまた颯心の恋愛の枷となっていた。
「分かった。光のアドバイスはいつも的確だね。恋愛の話になると先輩みたいだ」
当たり前だ。一体何年心春を想って生きてきたと思ってるんだ?
「もしかして光も恋してる?」
「まさか……しようにもモテないし」
「俺はそんなことはないと思うんだけどなー」
「覚えてないのか? 友達でいたい男子ランキング一位だぞ? おまけに桜河にも嫌われてる」
「俺は光がそこまで桜河さんに嫌われてないように思えるんだ」
ビクッと体が反応した。
「前に光が言ったよね? 俺が七瀬の特別になれないって漏らしたときに、七瀬は俺だけを呼び捨てするって」
「……ああ、文化祭のときだったっけ?」
「そうそう。俺は同じことが言えると思うんだよ。桜河さんは上原くん、沖村くんって呼ぶけど、光だけ秋谷って呼び捨てにしてるじゃん?」
「それはただ嫌われてるだけなんじゃ……?」
「さあ? 真実は俺にもわからないよ」
「なんだよ、適当なこと言いやがって」
「でも、実際光と桜河さんって話しているところをあまり見ないってだけなんだよ。文化祭の時とか一緒に回ってたけど少なくとも嫌いな素振りは見せたことないじゃん? 嫌いっていうのは思い違いなんじゃないかな?」
全く図星だ。
凌平は良いとしても、いつかは颯心に本当のことを伝えるべきなんだろうな。そしてそれは俺が心春に告白したとき。でもまだその勇気を得られずにいた。
「桜河さんの話は良いとしてさっきの話に戻るんだけどさ、モテモテとはいかなくても、誰か一人くらい光の良いところに気付いて、恋に落ちてる子がいても良いと思うんだよ。誰かがちゃんと光のことを見ているよ、多分」
「突然気持ち悪い奴だな」
誰か一人……か。でも、その一人が誰でもいいわけじゃないんだ。その誰か一人は彼女じゃないと意味がないんだよ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
カラオケの終わりの時間が来たので、今私たちは会計のためレジのところにいます。お金は代表者がみんなから徴収したのをまとめて払ってくれていた。
あー、もう今日は疲れたなあ……
あんな期待の眼差しでマイク渡されたって私には何も出来ないよ……
私は八十数点で良くも悪くもない微妙な点数。九十点出るかななんて目をされても困る。
時計の針は既に六時になろうとしていた。私の家は両親が教師ということもあり、門限がちゃんと決まっている。今日のように遊びに出掛けた日には夜の七時までに帰るのがきまりだ。
十月だからか、日が暮れるのが早くて、外はもう真っ暗になっていた。
「ふぅー、楽しかったな」
「なあこれからボーリング行こうぜ!」
「えぇ?」
クラスの誰かがそう言った。
さすがにこんな時間だし、みんな行かないよね?うち門限厳しいし、そろそろ帰らないと……
「二次会ってこと?」
「いいね!!」
「近くにボーリングできる場所が……」
「よし決まりだな!」
場はすでに決定したような空気感で包まれていた。
すごく言い出しづらい……
帰らなきゃいけないのに、この場を取り巻く空気を吸い込んでしまいそうになる。
「心春、心春」
私の背後から誰かが耳元で囁いた。
「ひ、ひかる?」
「門限ヤバイんだろ?」
「う、うん……」
「よし、ならこのまま黙って抜けちゃおう」
「えぇ?」
「別にいいだろ、お金も払ったんだし……後で連絡しておけば」
でも、ひかると一緒にいるのを見られたら……
「ほら……」
「……分かった」
私はひかると一緒にお店から飛び出した。みんなに断らないで勝手に出てきたことには少しばかり罪悪感を感じた。
私は店を出るとすぐさま携帯を取り出してメッセージを入力する。
『黙って抜けてごめん。門限があるので先に帰ります。悪いけどみんなにもよろしく言っておいてくれる?』
「とりあえず渚にメッセージ入れといたけど……ひかるは良かったの? 二次会行かなくて」
「ああ、ボーリングは苦手だ。そもそもあいつら文化祭準備や文化祭当日サボったやつばっかりなのに、一体何を打ち上げる必要があるんだか……」
呆れた様子でひかるは言った。ひかるは昔からサボりという行動が大嫌いだ。
「……どうして来てくれたの? 私のことを放って帰ることも出来たでしょ?」
「こんな暗いなか心春を一人で帰すわけにはいかないし、それに心春のことだから、周りの空気に呑まれて帰らなきゃいけないこと言い出せないんじゃないかって……案の定だったな」
「……うん、ありがとう」
「……それに単純に一緒に帰りたかったし」
最後にひかるがボソッと呟いた、漫画だったら届かなかったことにされるであろうその声は、私の耳にしっかりと聞こえていた。
私がどこにいてもひかるは迎えに来てくれる。ひかるはいつも私のことを見つけてくれる。
駅に帰る道中に、何かを見つけたひかるがげっ、と声を漏らした。前方に目をやると、そこにはさっきまで一緒にいたクラスメイトたちがいた。
「わっ、クラスの奴らだ」
「ど、どうしよう……」
その瞬間、ひかるが私の腕を引き寄せて、街角に身を隠した。
ひかるの引き寄せる強い勢いのせいで、私の体はひかるにハグされているんじゃないかって思うほど密着してしまった。私の頭はしっかりとひかるの胸に付いていた。
突然の出来事に心臓の鼓動が、急激に加速する。
「わ、悪い……」
ひかるはすぐに私を離した。その顔は少し赤みがかっているように見えた。
「どうする、こっち来ちゃうよ?」
「一緒にいるのを見られるとまずい。心春、走れるか?」
ひかるは私に手を差し出した。
「……うん!」
私はひかるの手を掴んだ。そして私たちは互いの手を握り締めて走り出した。
「ちょっ、待ってくれよ、心春」
「ひかる遅い遅い! 早くー!!」
二人なら、このままどこへでも行ける気がした。
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