第13話 美少女と中間テスト
中間テスト。それがついにやって来た。これは私にとって最も重要な学校行事だ。これによってすべてが決まるといっても過言じゃない。
それに今回はひかるとテストの結果について勝負をしている。勝てば何でも言うことを一つ聞いてもらえる。この機会を逃すわけにはいかない。
ひかるもまたその戦いに闘志を燃やしていた……
はずなのに、テストが始まる時間は刻々と近づく一方で、依然としてひかるは教室に姿を現さない。
昨日は『絶対に心春に勝ってやる!』ってあんなに意気込んでたのに一体どうしたんだろう?
テスト目前の最後の詰め込み勉強をしてるのに、ひかるのことが気になって集中できなくなってしまう。
しっかりしろ、私。
私は頬を叩いた。最後の最後まで出来る限りの勉強をしなくては……
ひかるだって少し遅れるだけだろう。
でも結局、ひかるは一時間目のテストが始まっても現れなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「すみません、遅れました」
一時間目のテストが終わってからすぐにひかるが教室に足を踏み入れた。たぶん少し前に学校には着いて、テストが終わるのを廊下で一人待っていたんだと思う。
「テストの日に遅れるなんてどうしたんだ、秋谷?」
当然担任の先生は理由を聞く。
「ちょっと色々もめまして……」
ひかるは苦笑いを浮かべた。
「もめた? 誰と?」
「一般の方と……」
「なんだって?」
先生とひかるは教卓のところで話をしていた。
今座席は出席番号順になっているから私はたまたま最前列にいた。だから私は二人の話に聞き耳を立てることが容易にできる。聞き耳を立てなくとも、ひかるがなぜ遅れたのかと気になるクラスメイトたちは二人の周りに集まっていた。
「俺電車に乗ってたんですけど、電車の揺れで躓いちゃって。その勢いで一般の男性にぶつかってしまいました」
「それで?」
「謝ったんですけどその方がすごい逆上してきて、『お前は俺の前から消え失せろ! 次の駅で降りやがれ!』って怒鳴られまして……」
「降りたのか?」
「いえ、降りてたらテストに間に合わないと思って……それで俺が降りなかったら掴み掛かってきて無理やり降ろそうとしてくるので、こちらも若干やけになって『あんたも降りろ!』って……」
「秋谷がそう言ったの? 」
「…………はい」
ひかるがやけになって『あんたも降りろ!』って言った?
「それはまずいな……」
「そしたらあっちもさすがに怒って、次の駅で俺を無理やり電車から下ろすと自分も降りてきて……そこでもめてるところを駅員さんが仲裁に……」
ありえない。ひかるはそんな自分から悪目立ちするようなことはしない。問題が起きれば、出来るだけ穏便に片付けようとするのがひかるだ。
ましてや相手に反抗して周りの迷惑になるようなことなんて絶対にしない。
「ぶつかったことに関しては事故だったのかもしれないけど、そこで怒鳴っちゃダメでしょ。そういう相手には従っておいた方が良いんだよ。それで結局喧嘩になってテストも遅れてるんじゃ元も子もない」
「おっしゃる通りです」
おかしい。今の話は違和感しかない。少なくともひかるが語る自身の話は、私には到底ひかるには思えず、つまらない作り話のように聞こえた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「おい、秋谷。この子が呼んでるよ」
渚がひかるの名字を呼んだので、ビクッと少し反応してしまった。教室の扉のところを見ると、そこには渚と誰か知らない少女がいた。外見からして後輩な気がする。
「あれ、あの子は……」
ひかるはその少女を知っているような反応を見せた。すぐに席を立って少女のもとへ駆け寄った。
誰? あの子は?
その様子を見ていた沖村くんがすぐさま立ち上がって、ひかるのところまで上原くんを引っ張って行く。
ゆずも「気になるから行ってみようよ!」と好奇心旺盛に私の腕を引っ張った。自らの意思で近づくことは出来ないので、ゆずが腕を取ったときには素直に心のなかでゆずに感謝をした。
私たちは渚のところに着くなり、さっそくゆずが小声で渚に問いかけた。
「なぎちゃん、なぎちゃん。あの子だれ?」
「さあ? 一学年下の子だと思うけど……なんか今日遅刻した人を探しているらしくて、私が秋谷のこと指差したら『あの人だ』って……」
本当に誰なんだろう、あの子は。ひかるの知り合いぽいけど……
「なんだこの子は? 光、まさか彼女なのか!?」
沖村くんが少し興奮気味に叫んだ。ゆずの次には沖村くんが助けてくれた。私の聞きたいことを聞いてくれたのだ。
「違う違う。そういうんじゃなくて……」
「……今朝はすみませんでした」
すると突然その少女は頭を下げた。頭を上げたとき、彼女の目が少し涙ぐんでいるのが見えた。
「いいよいいよ、気にしなくて」
「私……先輩に助けてもらったのに、先輩とあの人がもめてるときにはずっと黙って……しまいの挙げ句、その場から逃げ去って……そのせいで先輩はテストに遅れてしまって…………ごめんなさい……私は最低です……」
その少女は頭を下げ続けた。
「頭あげて。君のせいじゃないよ。君だって怖かったんだろ? 声あげられなかったのも仕方ないことだし、あそこで逃げてなかったらまた被害にあってたかもしれない……だから謝ることなんて何もないよ」
ひかるは優しい口調でその少女をなだめていた。
ちょっと二人だけで話を進めないで! 全く話が見えないよ。
「どういうことだ、光? 話が見えないぞ。お前は今朝よく分からんおじさんにキレられて、そっからお前もカッとなってもめたんだろ?」
「違うんです…… そうじゃないんです……先輩は私を守ってくれたんです」
「別に無理に話さなくても大丈夫だからな?」
泣きそうな目になっている後輩に『話さなくても良い』となだめるひかる。 そして沖村くんに目配せした。沖村くんはその質問の答えが話しづらいものであることを察して、引き下がった。
「もう大丈夫だから」
その少女はこくりと頷いた。 その目には涙が溢れていた。
「それじゃあ涙拭いて」
ひかるは持っていたハンカチでその少女から流れる涙を丁寧に拭き取った。
「気にしなくて良いからな……もう帰りな、明日もテストだろ?」
少女は黙って、ただ少し頭を下げて、教室から去っていった。
少女が去ったあと、ひかるはなにも話さなかったし、誰もそれについて聞こうとはしなかった。
私もその時はそれでいいんだと思っていた。それ以降彼女とひかるが関わることはないと思っていたから……
翌日。テスト二日目。
「……昨日のお詫びです」
でもどういうわけかそこには彼女がいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「……昨日のお詫びです」
おずおずとその少女は紙袋を俺に差し出した。中をちらりと覗いてみると、中には少し高そうな雰囲気を漂わせるお菓子の箱が入っていた。
「昨日も言ったけど、あれは君のせいじゃないから君が気に病む必要はないんだよ?」
「で、でも……」
彼女は口どもった。その手を一向に引く様子がない。
「分かった、これは受け取っとくよ。お詫びの印じゃなくて感謝の印として」
「あ、ありがとうございます」
「だからもう気にしなくていいからね?」
これで今度こそ彼女と会うことが最後だろうと思った。のだが――――
「きょ、今日一緒に帰ってくれませんか……私まだ電車が怖くって……でも私他に誰も頼れる人がいなくて……」
「……」
「ごめんなさい、急にこんなこと言って迷惑でしたよね!? すみません、すぐ帰りますから!」
早口でそう言って、頭をペコリと下げて、教室から走り出ようとするところで、俺は彼女の腕を掴んだ。
「ちょっと待って! そういうことなら一緒に帰ろう。乗る電車は同じみたいだし」
「は、はい……ありがとうございます」
この頼みを断っていいはずがない。それはもちろん彼女が少し心配だから。
だが、気にかかるのは心春のこと。最近、心春とはいい感じな状態が続いているわけだが、俺が女子と帰ることに抵抗はあったりしないだろうか? 今までの積み重ねを崩してしまうことがないだろうか?
俺とこの少女の関係を誤解してたりしないだろうか?
俺はちらりと心春の席を見た。心春はこちらを見ていたけど、いつもと何か表情に変わりがあるようには思えなかった。
少しくらい意識してくれればいいのに……
正直言えば、心春に抵抗があってほしかった。少し悲しかったけれど、それでもまあこの心に傷を負った少女を守ってやれるなら良かったのだと思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
顔では平然を装っていたけど、内心はとてもパニックになっていた。ひかるが女子と話していることなんて今までも何度かあった。でも、今回はいつもと違う。
「あの子また来てるね……」
「一緒に帰るって言ってたよね? あの二人もしかしてデキてるの?」
そういうこと言わないでよ、ゆず……
二人はどういう関係なんだろう? ひかるはあの子が彼女だとかそういうわけじゃないと言っていた。でもそれは本当? 私とひかるが幼馴染であることを隠しているみたいに、二人が彼氏彼女であることを隠していたっておかしくはない……まあ、出来れば考えたくないけど……
二人の関係を本当は今すぐ聞き出したい。沖村くんに目配せをしていたあの感じ、どうやら話しにくいことのよう。なら詮索するのは良いことじゃない。誰にだって秘密はある。私たちが幼馴染であることを秘密にしているみたいに……
それなのに、なんだろう? この気持ちは?
私の胸の奥で何かがつまって、苦しくなるような感覚がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
家に帰ってからも私は勉強に取り組んだ。明日がテスト最終日。気を緩めることはできない。
今頃ひかるとあの子は一緒に帰っているんだろうな……
それは秘密の幼馴染である私には出来ないこと。自分でそれを決めた選んだはずなのに、心の中に霧のようなものがかかって、スッキリとしない思いがする。
ダメだ。よくない。考えるな。明日はテスト。だから今は勉強に集中しなきゃいけないのだ。
ダメとわかっているのに、ひかるとあの子は今何をしてるんだろうという疑問が頭の中から出ていってくれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「いやー、ようやくテストが終わったなあ」
テスト最終日の夜。窓の向こう側で、ひかるはふぅーと息を吐いた。
「うん……そうだね……」
「どうした、心春?」
私の様子がおかしいと思ったようで、ひかるは私の顔を覗き込んだ。
「二人って、どういう関係なの?」
「ん?」
「あーごめん。やっぱり聞くべきじゃなかった……忘れてくれると嬉しい」
ダメだ、ダメ。聞かないって決めてたのに、思わず聞いてしまった……これじゃあ、ひかるを困らせてしまうだけだ。
「いや、待って。俺に話させてくれ」
「言えないことなんでしょ? 別に大丈夫だよ、無理して言わなくても」
「いや、俺が心春にだけは伝えておきたいと思うんだ」
「私にだけは……?」
「そう心春にだけは。誤解をしないでほしいんだよ」
「あの子はあの日、電車で痴漢にあってたんだ」
「痴漢!?」
「ああ……」
真剣な面持ちのままひかるは続けた。
「あの子は嫌がっているようだったんだけど、何も言わず黙ってた。怯えてて『何も言えず黙ってた』の方が正しいかな? その日が来たときの様子を見ただろ?」
彼女は涙を目に溜めていた。きっとすごく怖かったんだろうな……
「怖がるのもそのはず、その痴漢をしてた男ってのがすごい厳つい奴だったんだよ。ただのサラリーマンとかじゃなくてさ。それで俺はそいつが痴漢してる現場を目撃してしまったわけだけど、俺にはその痴漢を注意出来なかった。単純に俺もその男が怖かったし、逆上してその男に彼女が逆恨みされるかもしれない」
たぶん後付けされた方が主に行動原理になったんだろう。『俺もその男が怖かった』というのは事実かもしれないけど理由ではない。ひかるがそれを理由にして行動を起こさないわけがない。
「現にその男は俺に逆上してきたから、多分痴漢を注意してたら彼女も一緒に逆上されていただろう。それで出来るだけコトを穏便に済ませたかったから……出来るだけ自然に……」
「電車の揺れ装ってその男にぶつかったの?」
ひかるが担任の先生にした話から私は推測する。だんだんと話が見えてきた。
「そういうことだ。それで二人の間を割って入った」
「それでキレられて『消え失せろ』なんて言われたんだね?」
「そうだ。でも俺が降りたらまた彼女が痴漢されるかもしれないし、あそこで彼女を降ろしてたら彼女もテストに間に合わないから彼女を降ろすわけにも行かなくて……俺とあの人が降りるのがあの場での最善策だった。だから何とかこっちもキレてその人も一緒に巻き添えにして電車から降ろさせた」
「たぶん彼女はひかるとその人が取っ組み合いになっても、『自分が痴漢されていたのを助けてくれました』って電車の中で言えずに、ひかるに全てを任せて逃げてしまったことに泣いちゃったんだろうね……」
「ああ、たぶん……でも彼女は被害者だし、ましてや加害者や見知らぬ人の前でそんなこと言うのなんて絶対怖いに決まってる。だから彼女は泣く必要なんてないのにな……」
「じゃあ、昨日一緒に帰っていたのは?」
「痴漢にあった後に電車に一人で乗るのは怖いからって。同じ電車を使う友達がいなかったらしい」
話を聞いていて、苦しかった胸の奥が落ち着いた気がした。
やっぱりひかるは優しい。ひかるは痴漢を受けた少女の傷を癒すため一緒に下校する選択をしたのだ。
私があれこれくだらないことに思い悩んでいる間にも、ひかるは一人の少女を救っていたのだ。
「でもいいの? その話しちゃって?」
やっぱり私が変な詮索をするべきではなかったのだ。痴漢被害の話は被害者にとってはデリケートな話。それなのに私に話しても良かったのだろうか?
「ああ……ちゃんとに話した上でこうしてる。俺は心春にだけは勘違いしてほしくなかった」
私にだけは勘違いしてほしくない……それは一体どういう意味で言ってるの?
結局ひかるはいつもの優しいひかるなだけだったわけだ。ひかるとその少女の話に足を踏み入れようとした自分が恥ずかしい。
それなのに……そんな自分を恥ずかしく思っているはずなのに……その優しさにますますひかるのことを好きになっていくはずなのに……
その優しさを独り占めしたいと思う私は自分勝手なんだろうか?
※ ※ ※ ※ ※ ※
「珍しいね、心春ちゃんがトップテンを逃すなんて」
「うん、残念……」
どうして十位を逃したか。原因は分かっていた。
「えっと、私はいるかな……」
「ゆずはどうせランキング圏外だよ」
「なぎちゃん、ひどい!」
生徒たちがもみくしゃになる順位表の前の人だかりから抜け出すと、遠目にその様子を眺めながらゆずと渚が出てくるのを待った。
「すごいな心春。十五位だって?」
隣で声を細めて言ってきたのはひかるだった。
「でも、トップテンは逃した……あとちょっとで十位に入れたのに……」
自分でもその口調に悔しさが現れていたのが分かった。
「まあ、あんまり落ち込むなよ。またチャンスならあるからさ」
またチャンスがあるって? よくもまあそんな簡単に言ってくれる。
もう……一体誰のせいでこうなったと思ってるの?
ジトーっと横からひかるのことを少しだけ睨み付けた。それが私にできる精一杯のことだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
木曜日の心春を迎えた夕食を終え、俺と心春は俺の部屋にいた。
「ひかる、負けたんだから言うこと聞いてよ」
「あれ負けたうちに入るのか? 俺一科目受けれてないんだぞ? そもそも戦いに出場できてない」
「ダメ。不戦勝」
「ダメってなあ……」
心春は一歩も引かない。
そもそも一科目受けれていないから総合順位が出ていない。それなら争えないだろ。ちなみにその一教科を俺がちゃんと受けれたとしても、そのテストで満点近くの点数を取らなければ、心春の点数には届かなかった。
「確かに心春が勝ったし、けど俺はそもそもテスト受けれていないし……」
「じゃあお願いを聞くって話はなしでいいよ。その代わりテストでトップテン入れなかったから慰めて」
高飛車な口調で心春は命令する。
「結局お願いしてるじゃん」
「こうなったのはひかるのせいなんだから当然でしょ?」
「俺なんかしたか? まあ別にいいけどさ」
俺は心春の頭に優しく触れる。唐突に頭に手を置かれたため、高飛車な態度だった心春も少し動揺して、体をビクッと揺らした。
「頑張ってたのに、惜しかったなぁー。よしよし」
あっちが慰めてくれって言ったんだ。だから頭を撫でるのもあっちが求めていることだ。
そうやって自分に言い訳をして恥ずかしくなるのを抑える。
心春は少し下を俯いて大人しく撫でられていた。
「心春はもともと何をお願いしようとしてたの?」
「え?」
「いや、少し気になって……別に嫌なら言わなくていいんだ」
「……一緒に遊びにいってほしいって」
「え?」
「高校生になってから二人で遊びに行く機会とかほとんどなかったから……」
心春は恥ずかしそうに顔を背けて、黙ってしまった。
「何だよそれくらいなら普通に誘ってくれれば行くよ。前に映画見に行くって約束もしたしな」
「連れていってくれるの?」
心春は若干上目遣いになって見つめてきた。
「当たり前だよ」
むしろ俺の方からお願いしたいくらいだよ。
「テスト終わったし、今週末にでも行こうか?」
「うん!」
心春は飛びきりの笑顔で頷いた。
20000PV越え、星200以上、ジャンル別ランキングで一度だけ日間八位を獲得することができました。
皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。
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