第107話 尾行

 マリーに追いやられた俺達は、仕方がないので村の端っこの方に簡易的な小屋を作って、そこで寝泊りをすることにした。


 小屋といっても、俺が土魔法で作成した本当に簡素なものだ。


 雨でも降ってこようものなら、寝ている間に泥だらけになることは容易に想像できる。


 そうして、俺達がデカウ村にやってきてから2日が過ぎていった。


 3日目の今日も、欠かすことなくマリーの元に向かい、メアリーの引き渡しをお願いする。が、結果は惨敗。


 せめてメアリーと話をさせてくれと懇願してみたものの、全く取り合ってくれない。


 よほど、彼女の身に及ぶ危機を警戒しているのだろう。


 すでにハウンズに居場所がバレているという話を聞けば、まぁ、分からないこともないが。


「これは本当に手詰まりだな……」


「そうね。マリーは私たちの事、完全に敵だと思ってるみたいだし」


「どうしたもんかなぁ……」


 そんな風にぼやいている俺達は今、村の傍にある森を散歩していた。


 昨日までは、小屋に籠って打開策を考えたり、村の様子を見て回ったりしていたのだが、良いアイデアは思いつかなかった。


 ということで、気分転換を兼ねた散歩だ。


 ちなみにクリュエルはというと、徹夜でマリーの家を見張っていたとかで、今は仮眠を取っている。


 あれ? てことは、昼の間は俺が見張らないといけないのか?


 まぁ、見張れと命令されたわけじゃないし、昼間ならメアリーたちが村の中にいる限り、ある程度安全だろう。


 そんな風に自分を納得させて、ジップラインで大きな木の上まで登っていた俺は、不意に、シエルに呼びかけられる。


「あれ? ねぇ、ニッシュ。あれって……」


「ん?」


 彼女の指さしている方に目を向けた俺は、村の方からこちらに小走りでやって来る一人の女性を見つけた。


 その女性のことを俺は知っている。


「メアリーじゃん。あんなところで何やってるんだ?」


「妙にコソコソしてるわね」


 周囲を伺いながら森の中を進んでいるメアリーを、俺はよく観察した。


 着ている衣服は、庶民のそれとあまり変わりのない、素朴なもの。


 結われている黒髪は、丁寧に手入れがされているのだろう、艶やかな光沢を持っている。


 庶民の格好をしているとはいえ、控えめに言っても、美人と言って差し支えないだろう。


 そんな彼女は、手提げの籠を大事そうに持ちながら、小走りにどこかへと向かっているようだった。


「手に持ってるのは……弁当かな?」


「ってことは、誰かに届けに行ってるってこと?」


 シエルの言葉を聞いた俺は、ふと一つの考えに行きつき、そのまま口にする。


「そういえば、ヘルムートっていう、メアリーの婚約者もここにいるんだよな? ここ数日、姿を見ないけど」


 姿を見ないというのはあくまでも俺の話である。


 クリュエルに言わせれば、夕方ごろにマリーの家に帰宅する姿を何度か目にしたらしい。


 正直に言うと、俺はあまりヘルムートに興味を持っていなかったので、気にすらしていなかったが……。


 よくよく考えれば、彼とメアリーの関係性を知っておくことは、マリーを説得する材料になりうるかもしれない。


「尾けてみるか……」


「ニッシュ……あんたそれ、本気?」


「引くなよ。別に、そのまま連れ去ろうとか考えてないぞ? ただ、メアリーと話をするきっかけができるかもしれないだろ? それに、マリーを説得する手がかりもあるかもだし」


「ふん……そうね。じゃあ、バレないように行くわよ!」


 言い訳のように告げた俺を、初めは訝しんでいたシエルだったが、なにやら納得したように賛同を示してくれた。


 そうして俺達は、木々の枝を飛び回るようにしてメアリーの後を尾行し、とある場所にたどり着く。


 そこでは複数人の男たちが、汗を流して作業を行っていた。


「ここは……川?」


「何か、工事でもしてるみたいね」


「見た感じだと、水路の整備をしてるみたいだな」


 自然の川から農地用の水を引き込むための水路。


 どうやら何らかの理由でその水路が壊れたらしく、男たちはその修繕を行っているらしい。


「あそこ見て、メアリーが居るわ! でも、隠れてる?」


 俺が男たちの様子に気を取られている間に、俺の右肩に乗ったシエルが、茂みに身を隠しているメアリーを見つけ出す。


 メアリーは何かを見ているらしく、殆ど微動だにしない。


 その様は、シエルの言う通り、隠れていると言っても差し支えないように思えた。


「あんまり村人たちに姿を見られたくないのかもしれないな。理由は分からんけど」


 俺がそんなことを呟いた次の瞬間。


 修繕していた水路周辺で、ガラガラという音が鳴り響く。


 何事かと水路の方に目を移した俺は、水路を整備するための木材が盛大にぶちまけられている現場を目撃した。


 地面に転がっている木材の傍に一人、金髪の男が立っている。


 どうやら、その金髪の男が木材を落としてしまったようだ。


 そんな彼のバディなのだろう、一匹の小型犬が、彼の足元を走り回っている。


「あ~あ~。あれは、盛大にやらかしてるじゃん」


 落としてしまった木材のせいで、せっかく整備を終えていたはずの水路の一部に綻びが出来てしまったらしい。


 作業の手を止めた男たちのうち、数人が額に手を当ててため息をついている様子が見て取れた。


 声は聞こえないが、うんざりしているのだろう。


 しかし、誰も金髪の男に文句を言いだすような事はないようだった。


 むしろ、金髪の彼をこれでもかと慰めようとしている。


「誰も怒ったりしないのね。私だったら、絶対に文句言ってやるわ!」


 俺が今、丁度考えていたことをシエルが呟く。


 まぁ、それが普通の対応だよな、と心の中で呟きながらも、俺はシエルに向けて言った。


「……それを言えない相手ってことかもな」


「え? あ~、そういうこと? あの金髪君がメアリーの婚約者のヘルムートかもしれないってことね。でも、彼は既に没落してるんでしょ? 別に村人が気を遣う必要ないんじゃない?」


「没落してるとはいっても、元貴族ってのを村人が意識してるんじゃないか? まぁ、時期にその気遣いもなくなっていくんだろうけど」


 言いながら、俺は大きなため息を吐いた。


 別に、村人たちに同情したとか、ヘルムートに同情したとか、そういうため息ではない。


 ただ、傍から見ていて、あまり気分のいい光景じゃなかったから。というのがため息の理由だ。


 どことなく流れる気まずい雰囲気は、あまり好きじゃない。


「なんか、こうやって見てると、彼のことが不憫に見えてきたわ」


 シエルも同じようなことを感じたのだろうか、ため息は吐かないものの、小さく呟く。


 そんな俺達と同じように居心地の悪さを感じたのだろうか、男達のうちの一人がなにやら号令をかけたことで、その場の全員が作業をやめた。


 どうやら、休憩することにしたらしい。


 各々が持参していた弁当を取り出して、昼飯を取り始めている。


 そんな中、ヘルムートだけが一人、茫然と立ち尽くしているのだった。


 見ているこちらまで切なくなってしまう。


「完全に独りぼっちじゃない……」


 シエルの言葉を耳にしながら、メアリーの方に目を向けた俺は、ホッと安堵の息を漏らした。


「お、メアリーが動いたぞ。あれは……やっぱりヘルムートに持ってきたってことみたいだな」


 ここでヘルムートにも救いの手が差し伸べられたということだろう。


 木の麓に並んで腰を下ろしたメアリーたちは、仲良く弁当を食べ始めている。


「なによ、心配して損したわ。あれだけ談笑できるんなら、大丈夫そうね」


 仲睦まじく昼食を摂る二人の姿を見て、シエルがそう告げた。


 が、俺は、このシエルの感想に賛同しかねる。


 明確に言えるわけじゃないんだが、二人の様子を見ている男たちの目に、何やら不穏なものを感じるのだ。


 不満や憤りが籠っているような、そんな視線。


 しかし、彼らが表立ってそれを口にすることは無いのだろう。


 そうして昼食を終えたらしいメアリーは、ヘルムートに何やら挨拶した後、村の方へと戻り始めた。


 ヘルムートのその後の様子も気にはなるが、今はメアリーについていくべきだろう。


「とりあえず今は、メアリーの後を追うか」


 行きと同じようにメアリーの後を追った俺達は、マリーの家が見えたところで、なにやら異変が起きていることに気が付く。


「ん? なんだ?」


 マリーの家の前に、村人たちが群がっているのだ。


 その様子を見たメアリーもまた、少しだけ驚いているようだ。


「人だかりができてるみたいね。見に行くわよ!」


 そう言って促してきたシエルに従うように、俺はマリーの家の方に向かって、ジップラインを伸ばしたのだった。

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