第106話 瓜二つ
「今のは……メアリーよね?」
バタバタと階段を駆け上がっていく足音を聞きながら、シエルが呟いた。
俺は、シエルの言葉を聞いたマリーがどんな反応を示すのか確認するために、彼女の顔を凝視する。
しばらく沈黙を貫いていたマリーだったが、俺の凝視に耐え切れなくなったのか、小さな声で言葉を並べだした。
「……あれは、アタシの姪っ子さ。あんたらの言うメアリーとかいうのとは、無関係だよ」
そんな返答に、思わず苦笑いを零しながら、俺は思考する。
『マリーさんはそう言ってるけど、完全にメアリーだよな。声とか口調とか、そのまんまだったし……それに』
俺は以前に見た一人の女性のことを思い出していた。
前回の世界で焔幻獣ラージュと戦っていた時、落ちていた仮面の破片を拾ったことで目にした、あの女性だ。
その女性と、今しがた階段から顔をのぞかせた少女は、瓜二つだった。
つまり、俺の記憶の欠片に現れたあの女性は、やはりメアリーだったのだ。
今このタイミングでは、メアリーは仮面をしていない。
それはつまり、この後なんらかのきっかけがあって、彼女は仮面をつけるようになった。
ということだろうか?
もう少し頭の中を整理して、話をした方が良いかもしれない。
そう考えた俺は、クリュエルに提案しながら、マリーの顔を伺った。
「クリュエル。今日のところはもう帰ろう。普通に考えれば、突然現れた変な奴に、引き渡すとも考えにくいし。ですよね?」
対するマリーは、俺のことを訝しむように睨んだ後、ふん、と鼻を鳴らした。
憮然とした表情のままのクリュエルを引っ張るようにして、その場を後にした俺達は、とりあえず馬の元に戻り、あてもなく道を歩き出す。
歩きながら、重苦しい沈黙を味わっていた俺は、すぐにその味に飽きて、おもむろに口を開いた。
「どうしたもんかなぁ~」
「そうね、マリーさんはメアリーを引き渡すつもりは無いらしいし。かといって、強引に連れ出しても、メアリーが協力してくれるとも思えないし」
とりあえず話をしながら考えたい。
そんな俺の考えに賛同してくれたかのように、シエルも呟きだす。
こういう時、バディの存在はとてもありがたい。
変に考え込むことを避けることができるからだ。
「そもそも、マリーさんはどうして、メアリーを匿ってるんだろう?」
「さぁ……メアリーの両親と仲が良かったとか? お金目的とか? ただ、人が良いだけとか? 理由を考えようと思えば、いくらでも思いつくわね」
そんな俺達の呟きに、突然、クリュエルが口を挟んでくる。
「それはマリー側の理由だろう? 考えるなら、メアリーの両親、エリオット家側の視点で考えろ」
彼女も俺達の考え事に付き合ってくれるらしい。
これは好機と考えた俺は、クリュエルの言葉に賛同する。
「それは確かに。俺がエリオット家の領主だったら、自分の娘を誰かに預ける場合、ただ人が良いだけの人間に預けたりはしないよなぁ。それこそ、信頼できる人に任せるか、自分の手元に置いとくか……」
そこまで考えた俺は、どうして今まで疑問を抱かなかったのか、という疑問を抱いた。
「そもそも聞いてなかったけど、エリオット家の人間はどうなったんだ?」
「エリオット家もウォルフ家も、現在は王都にて監禁状態にある。監禁とは名ばかりの投獄だがな」
すかさず答えを開示してくれるあたり、クリュエルもこの現状を何とか解決したいと考えてくれているのだろうか。
「それじゃあ、メアリーとウォルフ家のヘルムートは、逃げ出してる状態ってわけか?」
「……そうなるな」
「だったら、どうしてこんな農村に留まってるの? 逃げるなら、もっと遠くに逃げた方が良いんじゃないかしら?」
シエルの疑問に、唸りをあげて考え込みそうになった俺は、ふと、黙り込むクリュエルの様子に気が付く。
しかしその様子は、何かを知っているというより、痛いところを突かれたという感じだ。
そして、彼女はどこか申し訳なさそうに、話し始めた。
どうでも良いけど、申し訳なさそうな顔もできるんだな。
「……それについては、アタシらにも正確な意図は掴めていない。ただ一つ言えることは、ハウンズもここにメアリーがいることを知っているということだ」
「は!?」
「どうして!? それだったら、すぐにでもメアリーのことを捕まえに来るんじゃないの?」
新たに提示された情報は、当然ながら俺達に疑問を植え付ける。
しかし、その疑問も完全には解消されることは無かった。
「それについても謎だ。だが、一つ推測はできる。簡単に言えば、奴らもメアリーの力が欲しいってワケだ」
「メアリーの力っていうのは、そんなにすごいもんなのか……」
「氷魔法そのものに希少性がある訳ではない。ただ、メアリーの場合は、そのバディが特殊だ」
ここにきて、バディの話。
俺は今まで、メアリーのバディを目にしたことが無い。
彼女もまたモノポリーの一員として動いていたので、てっきりバディの存在は隠すか居ないものとして扱っていると思ってたけど……。
生まれた時からそんなことをしていたわけじゃないってことだよな。
謎がどんどんと増えているような気がした俺は、さらなる情報収集に努めることにした。
「バディ? そっか、メアリーのバディね。どんな能力があるんだ?」
「永久凍土と呼ばれている。つまり、溶けない氷だ」
「それがあると、何ができるんだ? 確かに、戦いでは強そうだけど」
「……同じ特性を持った有名な男がいる。名前はバーバリウス。奴の場合は、バディに頼ることなく会得してしまっている分、より化け物といえるがな」
「バーバリウスが……」
なんか、頭が痛くなってきた。
つまり、メアリーはバーバリウスと同じだけのポテンシャルを持っていたってことになるのか。
それを念頭に、前回の世界での記憶を思い返した俺は、とても彼女にそれほどの実力があったとは思えなかった。
まぁ、普通に強い部類だとは思うけど、バーバリウスと同等だったろうか?
いや、この世界の魔法は、単純な強さだけで測れるような物じゃない。
魔法はあくまでも、身体機能の延長線上と考えた方が良い。
だとするなら、より上手く魔法を使いこなせるかどうかが重要ってことだよな。
俺がなんとか自分を納得させた直後、クリュエルがさらに話を進めてゆく。
「そして、以前にも言ったが、奴と戦ううえで炎魔法は必勝とはなり得ない。なぜなら、奴に敵うほどの炎魔法など、この世に存在しないからだ」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「それだけの炎魔法を駆使する化け物を、奴が手なずけているからだ」
彼女の言葉を聞いた俺は、当然ながら、前回の世界で戦った幻獣のことを思い出した。
焔幻獣ラージュ。
クリュエルが言っているのは、恐らくあいつのことだろう。
確かに、ラージュよりも強い炎魔法を駆使する単体の人間が居たら、それは脅威だろう。
俺がそんなことを考えた時、シエルが首をかしげながら問いかけた。
「ん~。前からよく分かってなかったんだけど。炎魔法で挑めないってなった時に、どうして氷魔法なら戦えるってなるの? バーバリウスも氷魔法を使うんでしょ?」
「簡単な話だ」
シエルの疑問を聞いたクリュエルは、短く言葉を切ったかと思うと、一呼吸おいて告げたのだった。
「弱点を突けないのなら、強みを消してやればいい。例えば、同系統の魔法をぶつけ合う状況に持ち込めれば、それは単純な力比べになる。殆ど同じ実力者が、単純な力比べを始めたら、当然、拮抗するだろう?」
「なるほどな、その拮抗した状態が、俺達にとっては大きな隙になりうるってわけか」
思わず感心してしまった俺は、そう呟きながら、ふと気付いたのだった。
俺の使う魔法は、この世界の魔法で言う、どの立ち位置になるのだろうか?と。
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