第100話 夜闇の特訓
細い横穴から勢いよく飛び出した俺は、巨大な大穴から吹き上げてくる気流を足元に感じながら、ジップラインで上を目指した。
きっと、ゲイリーも何らかの方法で地上を目指しているに違いない。
透明なせいで姿の見えないゲイリーのことを考えた俺は、すぐに意識を眼前に戻す。
ゴツゴツとした岩肌の大穴をぬけ、夜闇の広がる空に舞い上がった俺は、そのままゼネヒットに向けて進んだ。
ひんやりとした夜風が心地いい。
そんなことを考えているうちに、ヴァンデンスの透明化の魔法が解けてしまう。
途端、ゼネヒットの街に甲高い警鐘が鳴り響いた。
「毎晩毎晩、申し訳ないなぁ」
城壁の上を忙しなく駆け回る兵隊達の姿を見下ろしながら、俺は呟く。
『確かに、私達って彼らからしたらかなり迷惑な存在よね。夜の見張りなんて、普通は眠気との戦いなのに、ここ5日間、何が目的か分からない私たちの相手をしなくちゃいけないんだから』
頭の中で響いたシエルの声は、どこか苦笑いをしているように聞こえた。
そんな彼女の言葉に賛同するように、俺も苦笑いを零した時、鋭い風切り音がいくつか、俺の足元を通過してゆく。
「おっと、もう弓矢を撃ってきた……やっぱりうんざりしてるみたいだな」
『ちょっと、気をつけなさいよ。さっきゲイリーにも言われたでしょ? 慣れてきた時が危険だって。怪我でもして帰ったら、笑われるわよ?』
「ほんとにその通りだな。よし、気合を入れ直すか」
言いながら意識を眼下に集中した俺は、東門の真上にたどり着いたところで大きく息を吐き出し、一思いにジップラインを解除する。
当然、俺の身体は自由落下を始めた。
頭の上の大きな耳が、落下によって生じた激しい風の音を捉える。
見る見るうちに近づいてくる城壁をしっかりと見据え、四肢を大きく広げて準備を整えた俺は、着地と同時に地面を蹴り、ゴロゴロと転がった。
転がることで全ての衝撃を殺そうとしたのだが、若干手や足に痺れが残ってしまう。
しかし、そんな手足の痺れも既に慣れたもので、俺はもう意に介さない。
「さて……と、今日はどうしようかな」
瞬く間に俺を取り囲み始める兵隊を右から左に嘗め回した俺は、小さく笑みをこぼしてしまう。
『反撃禁止、なんてのはどう? 今日はひたすら躱し続けるの。見た感じ、こいつらも疲れきってるみたいだし』
「それ良いな。じゃあ今日は全く反撃せずに、2時間逃げ続けるってことで。皆にとってもありがたい話だろ? あ、でも、バーバリウスとかトルテとか出てきたら、そうも言ってられないか」
「ええい! 舐め腐りやがって! ひっ捕らえろ!」
立ち上がりながら軽い口調で語り掛けた俺に対し、兵隊の一人が怒号をあげた。
それを合図にするように、武器を構えた兵隊が四方八方から切りかかってくる。
咄嗟に身構えた俺は、大股で切りかかろうとしてくる兵隊を見つけ、そいつの懐へと潜り込みながらジップラインを描いた。
まるで、スライディングをするように、その兵隊の股下を潜り抜けた俺は、背後で動揺している兵隊達に向けて告げる。
「ふぅ……身体が小さくて良かった。なにせ俺は、まだ5歳だしなぁ。ほらほら! こっちだぞ! このまま5歳児に出し抜かれたままで良いのか~?」
言いながら南に走った俺は、ある程度まで進んだところで城壁の縁に立った。
そうして、寝静まっているであろうゼネヒットの街を見下ろす。
なぜ、俺達がこんなことをしているのか。
それを簡単に説明するならば、特訓のためだ。
バディとのリンクや魔法など、戦いに必要な技術を体に馴染ませるために、俺達はこうして、夜のゼネヒットを逃げ回っている。
はじめてヴァンデンスから特訓の内容を聞いた時には、彼の正気を疑ったが、これが案外上手くいったのだ。
おかげで俺は、リンクや魔法をかなり使いこなせるようになってきた。それも劇的な成長速度で。
今の俺ならば、夜通し街を逃げ回ったとしても、普通の兵隊に捕まることは無いだろう。
それだけの持久力も備わってきている気がする。
そして、目的はそれだけではない。
この特訓は今後の作戦の下準備も兼ねているのだ。
「上手くやってくれよ……ゲイリー」
ぽつりとそう呟いた俺は、ぞろぞろと駆け寄って来る兵隊達の気配を察知して、大きな一歩を踏み出す。
当たり前だが、俺が踏み出した足元に地面は無く、俺の身体は街に向かって、再び自由落下を始めた。
とはいえ、先ほどよりは高度が低い。
今度は両足だけできれいに着地を決めて見せた俺は、流れるような動きで住宅の壁を駆け上がると、屋根の上に立つ。
と、そんな俺の行動を察知していたとでも言うように、四方八方の屋根の上に、沢山の兵隊が姿を現した。
中には、それなりに動けそうなやつらも混じっている。
弓矢や風魔法などを構えている兵隊達。
そんな彼らを一通り見渡した俺は、改めて気を引き締め、駆け出した。
途端、複数の矢が俺の進行方向目掛けて放たれる。
それらの矢を、鋭くなった視覚と聴覚で正確に把握した俺は、考えるよりも早く体を動かした。
矢が通るであろう軌道を読み、そこを通過するようにジップラインを張り巡らせて行く。
それも、でたらめにラインを描くのではなく、必要最小限の本数と威力で。
そうして描き終えた俺は、間髪入れずに魔法を発動した。
その間、ずっと走り続けながらも、風魔法使いの様子を伺うことは忘れない。
想定通り、放たれた矢は全てジップラインによって弾き飛ばされる。
とはいえ、気を緩めて良いわけではない。
続けざまに放たれた矢が、再び俺に目掛けて飛んできているのだ。
それらの矢を弾き落とすのは止めた俺は、今度は自分の身体の要所要所にポイントジップを設置し、その状態で進行方向に大きく跳躍した。
頭を先頭にして飛び込んだ俺は、飛んでくる矢の軌道を避けるように、ポイントジップで自身の姿勢を調整する。
傍から見れば、飛び交う矢を、ギリギリのところで全て躱しながら突き進んでいるように見えるだろう。
着地同時に両手で反動をつけ、大きく飛び上がり、ジップラインで滑空した俺は、大きな通りを挟んだ建物の上に着地する。
「よし。今のは結構うまく出来てたよな」
『はいはい、分かったから。早く逃げるわよ。まだまだ時間はあるんだから』
「っと! やばい、風魔法か!」
一息つこうと立ち止まり、小さく呟いた俺は、背後から聞こえてきた不穏な音を聞いて、大きく左の方へと跳躍した。
そうして、夜が更けてゆく。
ヴァンデンスに言われた通り、2時間ゼネヒットの兵隊達から逃げとおした俺達は、何事もなかったかのように街を去った。
もちろん、そのままダンジョンに戻ったりはしない。
ダンジョンの近くにある、小さな木々の片隅で合流した俺とゲイリーは、いつも通り待った。
しばらく待機したのちに、予定通り姿を現したヴァンデンスによって透明になった俺達は、ダンジョンへと帰ったのだった。
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