第99話 取り戻した日常
俺がバーバリウスの屋敷から奴隷たちを解放してから、またまた一週間が経った。
その間、俺は何もせずにぼーっとしていたわけじゃない。
いかんせん、一気に30人もの人間を連れて来てしまったので、もともとヴァンデンスとゲイリーが根城にしていた空間では狭すぎたのだ。
だからこそ、ここ一週間毎日、俺は作業に明け暮れている。
要するに、住処となる広い空間を探し、魔物の駆除や整地や建築を行っていたのだ。
もちろん、俺だけで全ての作業をしたわけじゃない。
要領は東の森の時と同じで、30人を3つの班に分けた。お馴染みの『調達班』『整備班』『防衛班』だ。
ダンジョンの中には、いくつものエリアと呼ばれる広い空間があるらしい。
そのエリアは、複数の細い通路でつながっていて、エリアごとに特徴を持っている。
俺達が見つけたエリアには、日光のような光を放つ石や果実のなる木、そして川のようなものまで揃っている。
まさに、棲みつくにはもってこいのエリアだ。
「それにしても、本当にこのエリアがあってよかったわよね。この前見つけたところなんか、熱すぎて死ぬかと思ったわ」
少しずつ整備が進んでいる拠点の様子を、大きな岩の上に座って眺めていた俺に、シエルが語り掛けてくる。
俺の頭の上にいる彼女は恐らく、2日前に見つけた別のエリアのことを思い出しながら言っているのだろう。
このエリアから伸びている通路のうち、北に延びている通路を進んだ先。
そこには壁や床や天井から溶岩があふれ出している、まさに地獄のようなエリアがあったのだ。
「まぁ、あんな溶岩だらけなところには、そもそも住もうと思わないけどな」
俺もその光景を思い出しながら呟く。
すると、俺のすぐ隣に座っている少女……マーニャが口をはさんできた。
「そんなところがあったの……? 今度私も見てみたい……です」
正直、俺は少しばかり混乱している。
マーニャに初めて会った時の事を思い出せば、彼女が少しばかり内気な少女だったのは、分かり切っていた話だ。
しかし、俺の中でマーニャという少女は、内気というよりは勝気で活発な少女だった印象が強い。
あまり深く考えた事は無かったけど、前回俺とマーニャが経験した5年間の中で、彼女は何かしらの変化を遂げていたのだろう。
何がきっかけで、彼女が変わったのか、俺には到底計り知れない。
「ウィーニッシュ……さん? どうかしました?」
マーニャの顔をジーッと見つめながら考え事をしていたせいか、彼女はどこか顔を俯きながら問いかけてくる。
「いや、何でもないよ。それと、俺のことはニッシュで良いよ。せっかく同い年の友達なんだしさ。さん付けとか無しでいこう!」
頭の中にある混乱を振り払うように、明るく振舞った俺の言葉を聞いて、初めに反応を示したのはマーニャのバディだった。
「よかったなぁ、マーニャ。初めての友達って奴じゃないか? ウィーニッシュ、マーニャのこと、よろしく頼むよ」
マーニャの膝の上で四肢を広げてうつ伏せに寝ているハリネズミ。
デセオという名の彼は、口元に優しい微笑みを浮かべながら、マーニャのことを見上げている。
「……別に、初めてじゃ、ないもん」
そんなデセオに対して、どこか憮然としないような表情を見せるマーニャは、気持ちを切り替えるように俺に微笑みかけてきた。
「分かった。ニッシュ。よろしくね」
「お、おう! よろしくな、マーニャ」
ぎこちない会話を交わしたのちにやって来る沈黙は、非常に居心地が悪くなる。
そんな沈黙に耐えかねた俺は、岩の上にすっくと立ちあがると、そのまま地面に飛び降りた。
「どこか行くの?」
「そろそろ仕事しようかなって思って。マーニャも、調達班の仕事がまだ残ってるだろ? そろそろ行かないと怒られるぞ?」
「そうだった……」
顔に焦りを滲ませた彼女は、ウェーブのかかった栗色の髪を揺らしながら、ゆっくりと岩から降りてくる。
そんな彼女の手を取って、降りるのを手伝った俺は、マーニャが地面に立ったのを確認してから、仕事場に向かって歩き出した。
マーニャも自身の役割を果たすために移動を始めている。
自然と解散する流れに乗った俺は、大量に積み上げられている丸太を前に、ため息を吐く。
「よし、やるか」
このエリアの木を何本も切り倒して作った丸太だ。
俺達は今、これらの丸太を使って、いくつかの簡易的な建物を作っている。
「ニッシュ、皆待ってるみたいよ」
シエルの言葉を確かめるように、左の方に目を向けた俺は、汗を流しながら休憩をしている男達を目にした。
彼らも俺も、少しばかりの休憩を取っていたのだ。
全員、バディが解放されて魔法を使えるようになったとはいえ、一日中動いていれば体力を大きく消耗してしまう。
そろそろ休憩も十分だろうと判断した俺は、指先から丸太を通過して伸びるラインを思い描きながら、男たちに声を掛けた。
「そろそろ運びますよ~! 準備お願いしま~す」
「あぁ、分かった」
返事を聞いた俺は、すぐに作業を再開したのだった。
そうして、また一日が過ぎてゆく。
前回のセオリーを引き継ぐなら、ゼネヒットから逃げ出して1週間過ぎたあたりから、襲撃されることが増えていったはずだ。
今のところ、ゼネヒットからの追っ手が俺たちの付近までやってきたという報告はない。
防衛班のとりまとめはヴァンデンスとゲイリーがやっているので、その情報に間違いはないだろう。
それはもちろん、ダンジョンという地の利もあると思うが、同時に、バーバリウスによる監視を躱すことができていることを意味していた。
前回のアルマ救出作戦の終わり際に、バーバリウスの元に現れた鷹。
あれが奴のバディなのだとしたら、東の森が襲撃された理由も説明が付く。
空から丸見えだったというわけだ。
「このまま身を隠し続けることができればいいんだけどなぁ……」
夕飯のスープをすすりながら呟いた俺は、ふとダンジョンの天井を見上げた。
そこには、いくつもの光り輝く魔石が埋まっている。
その魔石の光が黄色から赤に変わった時、地上も夜になっているのだ。
そして、夜は夜で、俺にはやるべきことがある。
俺の視界の端で、静かに視線を投げかけてくるフードの男。
ゲイリーの姿に気が付いた俺は、手にしていたスープを一気に飲み干すと、彼の元に小走りで向かった。
「準備は良いか?」
「もちろん。そろそろ慣れてきたから、もっと大胆なことをしても大丈夫かもな。例えば、あー……戦いながらダンスを踊るとか」
「……」
「無視する気か? なぁゲイリー、そろそろ俺達も親交を深めようぜ? それとも俺の事嫌いなのか?」
「親交を深める? なら良いことを教えてやろう、どんな物事も慣れ始めた頃が一番危険だ。覚えておけ」
「手厳しいなぁ」
ゲイリーとそんな会話を交わしながら、俺はシエルとリンクする。
途端、視覚と聴覚が大幅に敏感になり、俺は全身が軽くなったような感覚に満たされてゆく。
そんな状態でダンジョンの出口につながっている通路に差し掛かった俺達は、不意に足を止めた。
前方から誰かが歩いてくる気配がしたのだ。
すぐに身構えようとした俺だったが、次の瞬間にはその必要がないことを悟る。
耳と目が、接近している人物の正体を教えてくれたのだ。
「師匠。俺たちは準備できてますよ」
「少年は随分とその力を使いこなせるようになってきたみたいだね。上々だ。でもまぁ、だからと言って特訓をやめるわけじゃないけどね?」
「分かってるって」
暗がりから現れたヴァンデンスが、軽い口調で言ってのける。
そんな彼に、同じく軽く返した俺は、何も言わずに歩き出したゲイリーに続くように、出口に向かって進みだした。
俺達2人の後を、ヴァンデンスも追いかけてくる。
そして、外の月明かりがうっすらと見え始めた時。
いつも通りヴァンデンスが告げた。
「それじゃあ2人とも。透明の効果が続くのは1分だ。いつも通り、2時間だけ街で暴れたら戻ってきなさい。いつものところで、透明の効果をつけてあげるから」
その言葉を聞くや否や、俺とゲイリーは自身が透明になっていることを確認し、ダンジョンの外へと飛び出したのだった。
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