第4章 未来の展望

第91話 二度目の儀式

 俺は……早坂明はやさかあきらという男は、良く言えば普通の男だった。


 そんな俺は死んで地獄に落ちた後、閻魔大王に飲み込まれて、このよくわからない世界に転生した。


 何のために転生させられたのか、いまいち分からない。


 閻魔大王の話では、俺が反省をしていないから、より過酷な世界に転生させる。ということらしいが。


 本当にここは過酷な世界なのだろうか?


「ニッシュ! 私の名前、ちゃんと考えてるんでしょうね!? 変な名前にしたら、許さないわよ?」


 俺の頭の上でパンの端切れを貪っているのは、俺のバディである少女だ。


 少女と言いつつ、彼女は人間ではない。


 見た目はリスとネコが入り混じったような可愛らしい……不可思議な生き物。


 初めて目にしたときは、驚きのあまり茫然としてしまったが、今となっては驚きは感じない。


 この世界にとっての常識。


 俺にとっての非常識。


 バディという存在や、5歳になったら必ず行われる刻銘の儀式。その他にも、魔法の存在などなど。


 この世界は確実に、俺の全く知らない別世界だった。


「ちゃんと考えてあるから、安心していいよ」


 とはいえ、そんな世界で5年間も生活していれば、おのずと慣れてしまうものだ。


 少し高い椅子に腰かけ、残り少ないパンを口に放り込んだ俺は、こちらを見て微笑んでいる母さんに微笑み返した。


 母さんと彼女のバディであるテツ、そして俺と少女の4人で送る生活は、貧乏ではあるが、幸せだ。


 そんな幸せの節目である今日を、もっと噛み締めよう。


 口中に広がる甘味を堪能した俺は、食事を終え、頭の上の少女を見上げる。


 彼女に名前を付けることで、俺達の間に、正式な繋がりが生まれる。


 それが5歳の節目に行う刻銘の儀式であり、今日がその当日なのだ。


 つまり、俺はこの後、頭の上に座っている少女に名前を付けなければならない。


『ショコラ……モカ……ルナ……いろいろ案は思いつくんだけどなぁ……なんかしっくりこないんだよなぁ』


 考えてあると言ったにもかかわらず、俺は彼女の名前を決めかねていた。


 なんというか、思いつく案が全てペットの名前のように思えてしっくりこないのだ。


 もっとこう……これだ! って思えるものがあればいいんだけど。


「ニッシュ? さっきから私の顔を凝視してるけど、何か用でもあるの?」


「ん? いや、何でもない。うん、何でもない」


「絶対何か考えてたでしょ……もしかして、まだ名前を決めかねてるとかじゃないでしょうね?」


「そんなわけないだろ? もう、決めてるさ」


「ふふふ……ウィーニッシュ、焦らずに、ゆっくり決めて良いからね?」


 俺の頭の上で声を荒げる少女をなだめるように、母さんが微笑みながら告げた。


 母さんの肩には、いつもの硬い表情を浮かべたテツが腰を下ろしている。


 そんなテツを眺めながら、俺はふと思いついた疑問を口にした。


「母さんは、テツの名前を決めた時、どうやって決めたの?」


「え~っと、あんまり覚えてないかなぁ~」


「やっぱり名前に悩んでるんじゃない!?」


「いや、そうじゃなくて、皆はどうやって決めたのかなぁ~って、少し気になっただけ」


「ふ~ん?」


「もし悩んでるんだったら、儀式の練習だけでもしてみる? 練習してる間に、何かひらめくかもしれないわよ?」


「母さんまで……まぁ、流れを把握するくらい良いよな~」


 そんな流れで、俺たちは刻銘の儀式の練習をすることになった。


 母さんの指示通りに手を重ねた俺達は、ゆっくりと目を閉じた。


 途端、俺は指先に小さなしびれを覚えた。


 熱を帯びたそのしびれは、腕を通って肩にのぼり、そして、全身へと広がってゆく。


 きっと、この状態で俺が名前を応えれば、儀式が成功するのだろう。


 しかし、練習なので俺が名前を応えることは無い。


 とりあえず、目を開けるか。


 そんなことを考えた俺は、次の瞬間、頭の中を何かが這いずり回るような気持ち悪さに見舞われた。


 胃の底から背骨を通って脳髄に、細かな痺れが走ってゆく。


 そのしびれは俺の脳に到達すると、ジワーッと頭の中に広がり始め、かすかな音になってゆく。


 ザワザワとしたそれらの音は、頭の中に広がるにつれて細かく分裂し、一つ一つ判別できるようになってゆく。


 そんな音に引っ張り出されたかのように、ノイズまみれの映像が姿を現し始めた。


 どこから現れたのかわからないそれらの映像は、俺の頭の中を飛び交ったかと思うと、一本の列を作ってゆく。


 流れてゆくその映像の列は、まるで、時系列順に並んでいるようだと俺は思った。


 母さんやテツと過ごしていた日々。


 刻銘の儀式の直後、襲われたこと。


 ハウンズという組織のこと。


 バーバリウスという男に囚われ、奴隷としてダンジョンで働いていたこと。


 モノポリーがハウンズを襲撃した日のこと。


 ヴァンデンスという男のこと。


 奴隷から解放されて、東の森で生活していたこと。


 アルマとヴィヴィの悲劇と救出作戦のこと。


 焔幻獣ラージュによって壊滅したゼネヒットのこと。


 俺が失敗して、再びやり直しをさせられていること。


 そして、シエルの姿をしたミノーラという神のこと。


 それら全ての情報が、ほんの一瞬で、俺の脳みそに刻み込まれていった。


 とてつもない情報量のせいだろうか、激しい頭痛を感じる。


 咄嗟に両手で頭を抱え込んだ俺は、ゆっくりと目を開けて眼前にいる少女、シエルを見つめた。


 対するシエルもまた、俺のことを目を見開いて凝視している。


「シエル……」


「ニッシュ……? え? ここは……何が起きたの?」


 どうやらシエルも俺と同じような状態にあるらしい。


 混乱を隠せない様子の彼女は、辺りの様子を見渡しながら、頭を抱え込んでいる。


「2人とも、大丈夫?」


 動揺を隠せない俺たちの様子を見て、さすがに心配しているらしい母さんが呟いた。


 と、母さんの呟きが合図だったとでも言うように、何者かが玄関扉をノックした。


「誰かしら?」


 怪訝そうに玄関扉を見つめた母さんは、ゆっくりと椅子から立ち上がると、少し警戒しながら扉の方へと歩み寄ってゆく。


 そんな母さんの後姿を見た俺とシエルは、一瞬互いの目を見合った後、間髪入れずに動き出す。


「母さん! 下がって!」


「え? ウィーニッシュ? 一体どうしたの……っ!?」


 俺の叫び声に驚いた母さんがこちらを振り返ったのと同時に、玄関扉が勢いよく蹴り破られた。


 なだれ込んでくる男達から母さんを守るように間に割って入った俺は、身構えたままその男を見上げ、睨みつける。


 睨まれたことをあまり意に介さなかったのか、その男は、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、こう告げたのだった。


「私はゼネヒット税務局より参りました。トルテという者です。少し中が騒がしかったため、強引に入らせていただきました。申し訳ありません」


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