第85話 世界を作り直す

「大丈夫か?」


「……はい。え? どうして」


「いや、ほっといたら、あんた死んでたし。この状況を何とかするためには、氷魔法を使えるあんたの力が必要だから」


「この状況? ……っ!」


 傷が癒えたばかりで、あまり意識が鮮明ではなかったのか、アンナはどこか呆けた返事を繰り返した。


 とはいえ、俺との会話や周囲の様子を見たことで、すぐに何もかも思い出したらしい。


 傍に転がっていた剣を手にした彼女は、勢いよく立ち上がると、隙のない動きで身構えた。


 彼女の切っ先が警戒しているのは、俺。


 まぁ、さっきまで敵対してたんだから、仕方がない。


「ちょ、ちょっと待てって。今この状況で、俺たちが戦う理由は特にないだろ?」


「そんなことはありません。あなたはその歳で、既に指名手配されるほどの犯罪者です。ここでみすみす見逃すわけにはいきません」


「え? 俺って指名手配されてんのっ!? ……って、いや、ちょっと待て、本当に今はそれどころじゃないだろ! あいつをなんとかしないと!」


 言いながら焔幻獣ラージュを指さした俺。


 対するアンナはラージュを一瞥すると、ヤレヤレとでも言うように首を横に振り、ゆっくりと告げる。


「あちらはバーバリウス殿に任せます」


「それができなくなったんだよ! 残念なことに!」


「なぜですかっ!?」


 俺の反応が想定外だったのか、焦りを表情に出した彼女は、取り繕うように咳ばらいをした。


 そんな彼女に、俺は説明を始める。


「あー……なんていうか、俺達もあいつの封印をバーバリウスに押し付けて、その間に逃げようと思ってたんだけどな、あの野郎、自分だけ逃げやがったんだよ」


「……逃げた? 彼が?」


 焦りから驚きへ、表情を塗り替えていったアンナは、しばし考え込んだ後、剣を鞘に納めた。


「しかたがありません。今は協力しましょう。ただし! あなたの罪が許されたわけではありませんよ?」


「分かってるよ。つっても、罪なんて犯してないんだけどなぁ……」


「街にこれだけの被害を出しておきながら、何を言っているのですかっ!?」


「ぐっ……」


 それは確かに、反論できない。


 何も被害を出さずにハウンズへの抵抗ができるなら、それが良かったんだろうが、それができるだけの力が、俺にはなかった。


 結局、やっていることはモノポリーと同じなのかもしれない。


「で? 手を組むのは決まりで、これからどうするの? ニッシュ、何か考えでもあるわけ?」


 口を噤んでしまった俺を情けなく思ったのか、頭上を漂っているシエルが問いかける。


「そうですね。バーバリウス殿がいないとなると、その他大勢の中から氷魔法を使える者をかき集めて、焔幻獣ラージュに立ち向かう。くらいしか方法は無いでしょう。ちなみに、あなたは使えるのですか?」


「いや、氷魔法は全然使ったことないから、わかんねぇ。やってみればいけるかも?」


「不安ですね……」


「ニッシュ! 雷魔法は!? さすがのあいつでも、最大出力の雷魔法なら、効果があるんじゃない?」


「お! それはよさそうだな!」


「それは良いアイデアですけど、少し不安材料も残りますね。まず、ある程度ラージュに近づかないといけませんが、それが一番難しいかと思います」


「なるほどな……近づこうとする度に、さっきみたいな攻撃を撃たれたら、ひとたまりもないな……せめて、あいつの近くに近づければいいんだが」


 と、俺がそんなことを告げた途端、周囲に充満していた闇が、ジワーッと消えた。


 恐らく、ヴァンデンスが闇の魔法を解除したのだろう。


 確かに、もうこの魔法は必要ない。


 なぜなら、闇を降ろしていたのは、夜行性の焔幻獣が動きやすくするためのもので……。


「そうか! そうだよ!」


 東から上りかけている陽の光に照らされながら、俺はそう叫んでいた。


 そんな俺の様子を、シエルとアンナが不思議そうに見つめてくる。


「ニッシュ? 何か思いついたの?」


「思いついたっていうよりは、教えてもらったって感じだな」


「教えてもらった? 誰に?」


 訝しむアンナに向けて笑みを返した俺は、得意げに告げた。


「それはもう、俺の師匠だよ。前に師匠が言ってたんだ。『この世界で一番強いのは、自分の思い通りに世界を作り直せる奴なんだ』って! だから俺達は今から、街全体に雨を降らす!」


「「雨!?」」


 俺の言葉にシエルとアンナが口をそろえて驚いた。


「そうそう! 焔幻獣ラージュはどこからどう見ても、水に弱いだろ? なら、雨にも弱いはずだ! そうして、雨に打たれて弱ったところを、氷魔法でとどめってわけよ!」


「でも、雨を降らすなんて、そんなことあんたにできるの? ニッシュ?」


「それができるんだなぁ……多分。いや、割と成功率は高いと思うぞ! けど、そのためには、あんたの力が必要だ」


 俺はそう言うと、アンナを指さした。


「私?」


「そう! この後、あんたはできる限り高いところまで飛んで、氷魔法で空気を冷やしまくってくれ! そうすれば、自然と雲ができて、雨が降るはずだ! 俺は成功率を少しでも上げるために、地上から塵とか埃とか、大量に巻き上げるから!」


「ニッシュ……あんたそれ本気で言ってんの? そんなんで雨が降る訳ないじゃん」


「シエル、俺は本気だぞ! なんたって、これは俺の魔法なんだからな!」


「ニッシュの、魔法……?」


「にわかには信じがたいですが……本当にうまくいくのですね?」


「あぁ! 信じてくれ!」


 半ば強引に押し切ろうとした俺の言葉は、不意に鳴り響いた轟音にかき消された。


 咄嗟に身構えた俺達は、音のした方へと目を向ける。


 どうやら、何者かの攻撃を受けた焔幻獣ラージュが、反撃のために街の中で暴れているらしい。


「あまり時間はありませんね。わかりました。もし雨が降れば、確かに有効ですし、最悪上手くいかなかった場合は、私の独断で別の方法に切り替えることもできそうです」


「よしっ! それじゃあ、ここからは別行動だな! 頼んだぜ……えーっと、アンナさん?」


「アンナでいいわよ。あなたは、ニッシュと呼べばいいのかしら?」


「いや、それは勘弁」


 最後にいたずらっぽく笑ったアンナは、躊躇することなく上空へと飛び去って行く。


 そんな彼女を見送った俺は、一つ息を吐き、街の中心に向けて駆け出したのだった。

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