第75話 侵入

 ウィーニッシュ達と別れた俺達は、影魔法で早朝の闇に紛れながら、ゼネヒットの北門へと向かっていた。


 すぐ後ろを飛んで着いてくるゲイリーにチラッと視線を飛ばすが、何も反応はない。


 良い歳した男が二人で、駄弁りながら空を散歩する画は、正直あまり映えないだろうから、良いんだけどさぁ。


 視線を合わせるくらいしてくれても良いと、おじさんは思うわけだよ。


 そんなことを考えてくると、目の前にひらひらと舞い降りてきたラックが、忙しなく語り掛けてくる。


 なに心の中で独り言をつぶやいてんだよって。


 いや、ラックが実際に声を出すわけじゃないよ? けど、長年ずっと一緒にいると、やっぱり通じ合うものってあると思うんだ。


「さっきからどうした?」


「え? いや、別に気にしなくていいぞ。うん。気を使わせて、悪いな」


 ちょうど北門の上空あたりにたどり着いたころ、業を煮やしたようにゲイリーが訪ねてくる。


 とはいえ、心の中で独り言を呟いてたなんて、言うわけないよな。


 そうやって気を取り直した俺たちは、北門を越えて街の中に入り込んだ。


 城壁に立っている見張りなんて、正直あまり意味をなしていない。


 まぁ、光魔法や影魔法を使える人間が、比較的少ないという事実だけで、何とか成り立っているようなもんだ。


 それで成り立っている社会が、こんなゴミ溜めのようなものなら、それほど文句を言う人間もいないんだろう。


 建物の影になって、視界の悪い路地に降り立った俺たちは、積み上げられている木箱に身を隠し、通りの様子を伺う。


 今のところ、俺たちの動きがバレた気配は無い。強いて言うなら、北門付近の衛兵たちの動きが、少しあわただしくなり始めているくらいだ。


「よし、手筈通り、俺達はここで二手に分かれる。俺は屋敷に。ゲイリーは武器庫だな」


「……」


 俺の言葉を無視したゲイリーは、ゆっくりと踵を返すと、路地の奥の方へと姿を消していった。


 その姿を見送った俺は、はぁ、とため息を吐き、改めて通りの様子を伺う。


 事前に打ち合わせていた時に聞いた話だが、ゲイリーは今までに何度か、街の北部に侵入したことがあるらしい。


 目的は、ハウンズの弱点を探すこと。


 その際に、アルマが囚われている場所を発見したとのことだ。


 バーバリウスの新たな屋敷にある、地下牢。


 そこに、彼女がいるらしい。


 まぁ、どこまでが本当かわからないが、嘘なら嘘で、俺が探し当てればいい。


「俺には幸運が付いてるからな。だろ? ラック」


 頭上をひらひらと舞うラックが、俺の言葉にこたえるように、軌跡で丸を描いた。


 途端、東門の方から、巨大な雷鳴が轟いてくる。


 思わず漏れる笑みを抑え、俺は意を決して通りに足を踏み出す。


 歩きから小走りへ、少しずつ速度を上げていく俺の姿は、傍から見れば、一介の兵士に見えるだろう。


 人気のない通りを小走りで駆け抜けた俺は、躊躇することなくバーバリウスの屋敷に向かった。


 閉ざされた門の前に二人の兵士が立っている。


 その二人に駆け寄った俺は、息を荒げたフリをして告げる。


「お、おい! 東門にあいつが現れたぞ!」


「は? あいつ? 何の話だ?」


 兵士の一人が困惑の表情と共に、そう言った。


「はぁ!? お前、あいつって言ったら、あいつだろ! ウィーニッシュだよ! 元奴隷のガキだ! ついに俺たちに復讐に来たんだよ。ったく、そんなことも知らないのか? まぁいい、それより、早くこのことを報告してくれ!」


「わ、わかったよ……」


 目を見開いて捲し立てる俺の様子に気おされたのか、兵士の一人は半ば呆れながらも、門を開けて中へと入っていった。


 その後姿を見送った俺は、もう一人、残された兵士に、視線を向ける。


「なんだ? 報告は俺達でしておくから、お前は持ち場に戻れ」


「いやぁ、悪いけど、ここが俺の担当なんだよなぁ」


 怪訝そうな視線を投げかけてくる男に対して、俺はそう言い放った。


 その瞬間、俺は男の顔の前に手を出すと、指をはじいて見せた。


 目の前で指パッチンを見た兵士は、その瞳を一気に濁らせ、何も言わず茫然と立ち尽くし始める。


「30秒だ。30秒経ったら、目を覚ましていいぞ。あ、それと、俺はこのまま西の方に報告に行った。ということにしといてくれ。頼んだ」


 立ち尽くす兵士の右肩をポンポンと軽く叩いた俺は、しまっている門を軽々飛び越えると、敷地に侵入する。


 ちなみに、姿を消して空から敷地に侵入しない理由はいくつかある。


 そのうちの一つが、バーバリウスの存在だ。


 あいつほどの実力者になると、透明化していたとしても、気配で悟られてしまう可能性がある。


 確信は持てていないが、バーバリウスも俺と同じように、姿を隠したりする魔法に詳しいのではないかと考えている。


「まぁ、勘だけどな」


 門を抜けて、屋敷の前庭にある庭木に身を隠しながら進んでいた俺は、そこで、空に響くウィーニッシュの声を耳にする。


「バァーバリウスゥー! 出てこぉい! こんの臆病者がぁ! お前は部下にばっかり働かせて、何もできない木偶の坊なのかぁ!? 俺と勝負しろぉ!」


 薄闇に響くその声を聴きながら、俺は庭木の中に身を隠し、息を潜めた。


 この場にバーバリウスがいるのであれば、必ず、何らかの反応があるはずだ。


 その際、俺がここで見つかってしまっては、全て意味がなくなってしまう。


 この時、俺が想定していたのは、怒り狂ったバーバリウスが、部下を駆り立て、東門に送り込む様子だった。


 しかし、現実は少し違う。


 まず初めに起きた異変は、屋敷の二階の窓が、ひとりでに開いたこと。


 窓が開いたものの、誰かが姿を現したわけではない。


 その次に起きた異変は、屋敷の正面玄関。


 ゆっくりと開いた扉から現れたのは、不自然に着飾った姿のバーバリウスと、もう一人、金ぴかの鎧に身を包んだの男。


 金ぴか鎧の男は、なにやらバーバリウスに一礼すると、そのまま屋敷の中へと戻ってゆく。


 対するバーバリウスは、金ぴか鎧に礼を返し、そのまま屋敷の正門の方へと歩き出した。


 何も告げることのないまま、ゆっくりと歩くバーバリウス。


 そんな男の生きざまを演出するかのように、再び空に雷鳴が轟いたのだった。

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