第74話 空を彩る

「放電!」


 俺がそう叫ぶと同時に、指先から10本の稲妻が迸る。


 狙いは当然、街の上空を浮遊しているアンナだ。


 城壁の方に向かって飛んでいたアンナは、バリバリと音を立てる稲妻に気づくと、手にしていた剣を大きく振ってみせた。


 途端、彼女の周辺に氷の矢が大量に現れたかと思うと、俺に向けて放たれた。


 とはいえ、氷の矢と稲妻を比較すれば、稲妻の方が速度がある。


 必然的に、大量の矢が俺のもとにたどり着くより早く、稲妻が彼女を襲った。


 風魔法や剣を振るった反動で、見事に稲妻を避けるアンナだったが、全てを躱すことはさすがに難しかったらしい。


 足先に一発、稲妻を受けてしまった彼女は、続けざまに二発の稲妻を体に受け、そのまま街に落下していった。


 その様子を見届けた俺は、すぐそこに迫りつつある氷の矢を目にして、新たなラインを思い描いた。


 自信の周囲を巻き込むようなジップライン。トルネード・ジップだ。


 速度を落とすことなく飛来する矢と、近づく地面。


 それらを見比べてタイミングを計った俺は、満を持して魔法を放った。


 発動と同時に、俺の体はトルネードジップに巻き込まれるように回転を始める。


 ぐるぐると回る視界に耐えつつ、落下の衝撃を和らげた俺は、氷の矢をすべて弾き切ったことを確認すると、地面に着地した。


 回転しつつ、両手で地面に反動をつけ、勢いを殺す。


 しかし、完全に勢いを殺すことはできなかったのだろう。俺は城壁の上をゴロゴロと転がった。


 掌がジンジンと痛むが、それだけで済んだのだから御の字だよな。


 心の中で独白した俺は、急ぎその場で立ち上がると、少し離れた位置で繰り広げられている戦いに目を移した。


「うおりゃぁ! ごらっ!」


 盛大な雄たけびを上げながら、拳を繰り出すアーゼンと、それらの拳を真正面から受けきっているバーバリウス。


 拳が打ち合う度に、周辺の空気を揺るがすような轟音が鳴り響いており、傍から見れば、ものすごい迫力だ。


 一つ違和感があるとすれば、打ち合いが互角に進んでいること自体が、おかしなことだろう。


 バーバリウスもそこそこ屈強な男ではあるが、アーゼンとの対格差を覆せる程ではない。


「あいつはどうなってんだ? バケモンなのか?」


「あんたがそれを言う? まぁ、言いたいことは分かるけど。それより、敵が来るわよ?」


 今の今まで肩にしがみついて黙っていたシエルが、呆れながら呟くと、激しく戦う二人の奥から迫りくる兵士たちを指さして告げた。


「そうだ、忘れてた」


 女騎士とバーバリウスに気を取られていた俺は、武器を手に迫りくる兵士たちに向かって走り出す。


 戦闘を繰り広げる二人に向かって走る俺は、その途中で、ラインを描いた。


 脇の方に置いてあった小型の大砲二つ。それらにラインを通すと、叫びながら魔法を発動する。


「気をつけろぉ!」


 俺の言葉に続くように、飛んで行った二つの大砲は、バーバリウスとアーゼンの間に割って入る。


 警告したとはいえ、殆ど奇襲ともいえるその攻撃を、バーバリウスとアーゼンは軽く避けてしまう。


 当然、狙いを外した大砲たちは、その奥から迫ってきていた兵士たちに直撃する。


 そんな様子を見ながらも走り続けていた俺は、アーゼンから距離を取ったバーバリウスに目掛けてとびかかる。


 右側頭部を狙った拳も、脛を狙った蹴りも、弾かれた反動を利用した踵落としも。


 全身を駆使して、様々な種類の攻撃を叩き込んでみたものの、それらすべてを、バーバリウスは防いで見せた。


 まるで全身が鋼でできているかのようなバーバリウスの防御に、俺が一瞬怯んだことで、わずかな隙が生まれてしまう。


 その隙を見逃さなかったバーバリウスは、即座に攻勢に転じる。


「くっ!」


 図体の割りに速いジャブや蹴りが、俺のガードに容赦なく降り注いで来る。


 攻撃を受けた腕や足が、衝撃にジンジンと震え始め、それらが次第に痛みに変わってゆく。


 このままでは押し負けてしまう。と俺が焦りを抱いた時、眼前にいたバーバリウスが大きく後ろに跳びのいた。


 そんな彼を追いかけるように、アーゼンが俺のすぐ横を駆け抜けてゆく。


 俺も追い打ちを……!?


 アーゼンに続こうと走り出した俺は、視界の端を急速に横切った影に気づき、とっさに横に飛び退いた。


 ザクザクザクッという乾いた音が響いたかと思うと、俺が元居た場所に氷の矢が数本突き立っている。


「避けられましたか」


 空からかけられたその言葉につられて、俺は空を見上げる。


 すると、俺の視線と交差するように、鎧の頭の部分が勢いよく落ちてきて、ガシャンと大きな音を立てる。


 当然、空に浮かんでいる女騎士の顔が露わになっているわけで、俺は思わず彼女の姿に見惚れてしまう。


 朝日に照らされた長くて美しい金髪が、風にたなびき、キラキラと輝いて見える。


 そんな彼女の背中からは、白くて巨大な羽が一対、生えているのだった。


 天使かよ……。


 心の中だけでなく、思わず呟いてしまいそうになった俺は、その言葉をぐっと飲みこむ。


 対するアンナは、剣の切っ先を俺に向けて突き付けると、言い放った。


「よくもやってくれましたね。この鎧は結構お気に入りだったのに……覚悟してください!」


 そう言ったアンナが、そのまま俺に向かって突進を始めようとしたそのとき。


 突然、俺たちを照らしていた空が暗転する。


 否、正確には、闇がゼネヒットを包み込んでいた。


「な、なにが!?」


 狼狽えるアンナを見上げていた俺は、思わず笑みをこぼしてしまう。


 そんな俺に気が付いた彼女は、訝しむように問いかけてきた。


「何がおかしいのですか?」


「何がって、そりゃ、計画通りにいけばうれしいよな。とりあえず、後ろを振り返ってみろよ」


「計画!?」


 驚きの表情を隠せないアンナが、俺の視線の先を見るために振り返る。


 ゼネヒットを包み込んでいる巨大な闇。


 空を塗りつぶしてしまったかのようなその闇の中に、一つの模様が浮かび上がっているのだ。


 煌びやかな虹色の蝶。


 空を彩った巨大な一匹の蝶を見上げた俺は、ふと、こちらを睨んできているバーバリウスを視線を交わす。


 額に青筋を立てている彼の顔を見て、俺は笑いながら告げてやった。


「悪いけど、俺たちの作戦がうまくいったみたいだぜ」

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