第71話 鋭い眼光

 眼下では、大勢の兵隊たちが様々な灯りを手にして、東門へと集まってきている。


 俺たちの思惑通り、ハウンズの連中が動き出したようだ。


 俺がその様子を眺めていると、背後から二発三発と、砲撃の音が鳴り響いてくる。


 どうやら、ドワイトが階段の破壊を本格的に始めたらしい。


「それじゃあ、俺達も始めるか」


「そうね」


 相槌を打ったシエルが俺の頭に腰を下ろすのを待って、俺は右腕を前に突き出した。


 そして、眼下の街に視線を走らせ、とあるものに狙いを定める。


「あそこに止まってる荷車とか狙えるか?」


「大丈夫そう……」


 俺の頭の上で、俺と同じように右腕を前に突き出しているシエルが、そう呟く。


 その言葉を聞くと同時に、俺は先ほどはなった雷撃を思い浮かべる。


 雷魔法は非常に強力な魔法だ。しかし、強力がゆえに一つの欠点がある。


 それは、コントロールが難しいこと。


 出力も狙いも、思い通りに雷撃を放つためには、バディであるシエルの補助が必要になるのだ。


 とはいえ、俺もシエルもまだまだ慣れているわけではない。


「はい、皆さん! 危ないから伏せてね!」


 俺は誰も聞いていないであろう街に向かってそう告げた後、魔法を発動した。


 右手の指先から、通りに停められている荷車めがけて、一本の稲妻が走り抜けてゆく。


 先ほどよりも威力の弱いその稲妻は、しかし、早朝の街に轟音と稲光を染み込ませるには十分だった。


 稲妻を受けた荷車はと言うと、積んでいた果物などをばらまきながら、横転する。


 着弾点から火が発生してしまっているようだが、周囲に燃えやすいものはないようなので、問題はないだろう。


「これで少しはひるんでくれたら……ってワケにもいかないか」


 街の中を稲妻が走ったというのに、ハウンズの兵士たちは一瞬足を止めただけで、動きを止める様子がない。


 どんな訓練を積んだ猛者達なんだよ。と心の中でつぶやいた俺は、視界の端でキラリと光るものを目にする。


「思ったより早いな……」


 街に建ち並ぶ建物の上に、弓兵が現れ始めたのだ。


 それも、一か所だけでなく、広範囲に散らばって配置されている。


 中には魔法を準備しているらしき兵士もおり、全員を撃退するのは、少してこずりそうだ。


「ウィーニッシュ! そろそろやばいぞ!」


 背後から呼びかけるドワイトの声を聴き、俺は城壁の縁石から降りた。


 額に汗を流してきたの城壁を指さしたドワイト。


 彼の指した方に目を凝らすと、大勢の兵士たちが俺たちの元へ駆けて来ているのが見て取れる。


 どうやら直近の階段から上ることを諦めたようだ。


「やばいぞ! どうする? どうする? あんな数、オレッチ達だけで対処できんのか!?」


 ドワイトの頭から飛び降りたリノが、俺やドワイトの顔を見上げながら叫ぶ。


「落ち着きなさいよ! どっちにしろ、ここで私達が何とかするしかないんでしょ? ニッシュ、何か良い策はないの?」


「悠長じゃないか」


 シエルとリノのやり取りを聞きながら、必死に頭を回転させていた俺は、直後に聞こえたその声を聴いて、全身を硬直させる。


 聞き間違えるわけがない。


 この声は、バーバリウスのものだ。


 そのことに気が付いたのは俺だけではなかったらしく、俺はドワイト達と一緒に、ゼネヒットの街へと視線を動かした。


 眼下の街の明かりに照らされて、ボウッと浮かび上がる薄いシルエット。


 薄闇の中に浮かぶそのシルエットが、ゆっくりと俺達の元に近づき、音もなく城壁に足を下した。


 黒と赤を基調とした豪勢な上着を羽織っているバーバリウスが、あごに蓄えているひげを右手でさすりながら、俺たちを見下してくる。


 それらの仕草一つ一つに、得体のしれない余裕を感じるのは、俺だけだろうか。


「バーバリウス……!?」


「さすがに飼い主のことは覚えているようだな。いい心がけだぞ? それに、お前は良い商品に成長を遂げたようだ。ウィーニッシュ。ただ……」


 そこで言葉を区切ったバーバリウスは、ゆっくりと首を横に振ると、俺を睨みつけてきた。


「反抗が何を意味するのか、知らないようだ」


 告げたと同時に、バーバリウスが右腕を上げる。


 途端、彼の背後にある街から、赤く光る謎の物体が、大量に浮かび上がってきた。


「なんだ!?」


「よそ見をしている場合か?」


 突然の光景に驚いてしまった俺は、一瞬のうちに間を詰めてきたバーバリウスの拳を腹に受けてしまう。


「っが!?」


 肺の中の空気と、胃の中の酸、そして全身を駆け巡る痛み。


 それらを口から吐き出した俺は、その場で膝から崩れ落ちる。


 四つん這いで痛みに耐えるものの、バーバリウスの追撃は止まない。


 顔面を蹴り上げられた俺は、背後に数メートル弾き飛ばされると、背中から城壁にたたきつけられた。


「くっそ……」


 仰ぎ見る天に、大量の赤い光が見える。


 今にも降り注いで来るそれらの光を、痛みに悶えながら見上げていた俺は、犬の悲鳴を耳にした。


 咄嗟にバーバリウスの方を見た俺は、地面に転がるリノとシエル、そして首根っこをつかまれたドワイトを目の当たりにした。


「や……めろ!」


 痛む腹を抑えながら両足に力を込めた俺は、瞬間的に地面を蹴る。


 一瞬でトップスピードまで加速した俺は右手を振りかぶると同時に、左手から伸びるラインを思い描いた。


 狙いはドワイトをつかんでいるバーバリウスの腕だ。


 振りかぶった右の拳を今まさに打ち付けようとした瞬間、バーバリウスが動いた。


 俺の攻撃を防ぐために、ドワイトを盾にしようとしたのだ。


 なんと卑劣な行為。


 と、少し前までの俺なら思ったかもしれない。


 しかし、今の俺は、バーバリウスがそういうことを平気でする男なのだと知っている。


 だからこそ描いたラインだ。


「おらぁ!」


 ドワイトが突き出された直後、俺は魔法を発動させる。


 途端、前傾姿勢だった俺の体は、足先で大きな弧を描くように、きれいな前転をして見せた。


 そのさなか、振りかぶっていた右手でドワイトをつかんだ俺は、回転の勢いを利用して、彼を後方に放り投げる。


 そして前転の勢いを乗せた踵落としを、バーバリウスの両肩にぶち込んだ。


 ドンッという衝撃音とともに、バーバリウスが歯を食いしばる。


 両足の踵に痛みを覚えながらも、何とか後ろに跳んで退こうとした俺は、直後、両足首をバーバリウスに掴まれてしまう。


「ヤベッ!」


 鋭い眼光に睨まれ、身をよじって逃げようとした俺は、しかし、逃げ出せなかった。


 まるで苛立ちをぶつけるように足首を強く握ったバーバリウスは、勢いをつけて俺を地面に打ち付ける。


 両腕で頭をガードしてはみたものの、猛烈な衝撃が頭を揺らした。


 ぼやける視界と口中に広がる血の味、そして、全身を包み込む痛みの中で、俺は少しの時間、まどろんだのだった。

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