第69話 稲光

 モノポリーとの取引が行われて、9日目の早朝。


 俺を含めた四人は、ゼネヒット東の平原に身を隠し、時が来るのを待っていた。


 ヴァンデンスの魔法で、他人からは姿が見えない状態になっているとはいえ、全身を緊張感が駆け巡る。


「そろそろ時間だな。二人とも、ヘマするなよ?」


 東の空にうっすらと見え始めた陽光を確認したヴァンデンスが、俺とドワイトに告げる。


「分かった。師匠達も、上手くやってくれよ?」


「当たり前だろ? おじさんとラックにかかれば、朝飯前さ」


「……」


 俺と師匠の後ろで黙り込んだまま話を聞いているゲイリーは、静かにため息を吐く。


 ドワイトもまた、しかめっ面のままゼネヒットの城門を見つめ、大きく深呼吸をした。


「それじゃあ、おじさん達はそろそろ出発するか。行くぞ、ゲイリー」


 ヴァンデンスとゲイリーはそんな言葉を残して姿を消した。


「ドワイトさん、リノ。よろしくです」


「あぁ」


「安心しな! オレッチに任せてれば大丈夫だぜ!」


「自分で言うことかしら……で、ニッシュ、このまま東門に向かう?」


「あぁ。思いっきり目立ってやろうぜ!」


 シエルの言葉に賛同した俺は、身を隠していた茂みから出ると、うすぼんやりと見える東門に向けて歩き出した。


 そんな俺の後を、ドワイト達が着いてくる。


 そのまましばらく歩いていると、東門にチラホラと明かりが灯り始めた。


「気づいたようだな……」


 明かりを見上げながら呟くドワイト。


 彼の言う通り、俺たちの姿に気が付いたらしい東門の衛兵達は、明かりを手に城壁を右往左往しているようだ。


「さて、どう出てくるかな……」


 ドワイトに目配せをしながらそう呟いた俺は、なおも歩みを止めることなく、東門に近づく。


 その時、東門の脇にある小さな扉が開いたかと思うと、兵隊がぞろぞろと外に出てきた。


 門の前に隊列を組み始める兵隊たちの先頭に、なにやら隊長らしき人物が仁王立ちしている。


 城壁の上に視線を上げると、大勢の弓兵が俺達に狙いを定めていた。


「ドワイトさん、リノ、矢の攻撃に警戒しておいてください。正面は俺が対処するので。」


「引き受けよう」


「良いぜ! オレッチに任せな!」


 飛び道具である矢に対して、最も有効なのは風魔法による妨害だろう。


 俺が使うジップラインやポイントジップでも、対応できないことはないが、あまりに労力がかかりすぎる。


 それを理解しているのか、俺の提案を快く引き受けてくれたドワイト達は、スッと一歩遅れて歩きだした。


 場違いな話ではあるが、あの堅苦しいドワイトが、魔法を使う時だけリノを頭の上に乗せることに、俺は面白みを感じている。


 まぁ、魔法を使うために、仕方がないのだが。どこか、かわいらしく見えてしまうのだ。


「なに考えてるの? 集中しなさいよ。口元、ニヤけてるわよ」


「……すまん」


 シエルの指摘に気を取り直した俺は、改めて門の前に並ぶ兵たちを睨み、足を止めた。


 さて、なんと切り出そうか。


 そんなことを俺が考えた時、都合のいいことに、隊長の男が口を開いてくれた。


「ウィーニッシュ、久しぶりだな。元気にしてたか? 今戻ってくるなら、また俺が、可愛がってやるぞ?」


「は? あんた誰だっけ?」


 思ってもみなかった語りかけに、俺は思わず、素で返してしまう。


 暗がりの中だから分からないのかと、目を凝らしてみるが、やはりその男に見覚えはなかった。


「だめだ、やっぱり知らねぇや」


「……ふん、まぁ良い。後でたっぷりと教えてやる。この俺、ゴストー様がな!」


「ゴストー?」


 ゴストーの隣に立っているドーベルマン型のバディにも見覚えがない。


 そのうえ、名前を聞いてもいまいちピンとこないことを考えると、それほど仲のいい関係ではなかったのだろう。


 そう自分に言い聞かせた俺は、シエルに目配せをすると、右手を前に突き出して身構えた。


「矢が来るぞ!」


「分かった!」


 ドワイトの声を背中で聞き、反射的に答えた俺は、視界の上の方で吹き飛ばされてゆく矢を見て、一つ深呼吸する。


 肺の中を大量の空気で満たし、それを一気に吐き出す。


 一連の動作を終えた俺は、瞬間的に全身に力を漲らせ、一気に突進をかました。


 第一矢をドワイト達が防いだこの隙に、一気に敵との距離を詰めたのだ。


 こうなってしまえば、矢の心配をする必要はないだろう。


 しかし、敵将であるゴストーもそれを見越していたのか、俺が飛び出すとほぼ同時に、腰に携えていた剣を振りぬいた。


「来いっ!」


「真正面から行くわけないだろ!?」


 迎え撃とうとするゴストーに向けて、俺はそう吐き捨てると、前に突き出していた右腕を上に突き上げる。


 そして、あらかじめ描いていた魔法を、発動した。


 途端、俺の体は進行方向を変え、空へと上昇を始める。


 もはや剣の届かない位置まで上昇することに成功した俺は、そこで一旦魔法を解除した。


 位置的には、隊列を組んでいる兵隊たちの頭上。


 そのまま落下すれば、敵陣のど真ん中に落ちることになる。


 当然、俺の着地点を把握した兵たちは、各々の武器を構えて、俺が落ちてくるのを待ち構えている状態だ。


 中には、バディと共に魔法を発動しようとしている兵士もいる。


 そんな兵士達に向けて、俺は叫んだ。


「邪魔だから吹き飛べぇ!」


 叫ぶと同時に、両手かららせん状に延びるラインを自身の周囲に作り上げた俺は、躊躇することなく魔法を発動した。


 直後、俺は敵陣のど真ん中に着地する。同時に、俺を取り囲んでいた10名程度の兵士達が、螺旋を描きながら空へと舞い上がってゆく。


 武器も兵士も地面に転がっていた小石も。何もかもを巻き込んだその嵐は、数秒後には収まった。


 遠心力で飛ばされる兵士達を視界の端で確認した俺は、引き続き、俺を取り囲んでいる兵士達を見渡す。


「馬鹿が! そんなところに落ちれば、袋のネズミじゃねぇか! お前ら! やっちまえ!」


 俺の様子を伺っていたのだろう、ニヤニヤと笑みを浮かべて叫ぶゴストー。


 そんな彼の言葉を聞いた俺は、思わず口元を緩めながら告げる。


「勝算も無しに、突っ込むわけないだろ?」


 言いながら両腕を広げた俺に対して、今度はドワイトが声を張り上げる。


「ウィーニッシュ! 準備はできたぞ!」


 とっさにドワイトの方を振り向くゴストーだが、時すでに遅し。


 ドワイトが地面に突き立てた一本の剣を、人ごみの中から何とか目視した俺は、小さく呟く。


「放電!」


 途端、すさまじい光と音を伴った雷が、俺の腕から放たれたのだった。

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