第63話 湧き上がる溜飲

「俺がアンタと話がしたいって言ったんだ。アンタの部下は何も悪くない」


「……話?」


 凄んでくる傷の男を宥めるように、俺が言うと、男の目が怪訝かいがに染まる。


 床に放り投げられていたシャツを拾い上げた男は、唇をキュッと結んだまま、服を着た。


 そして、改めて俺に対面すると、顎で右側を指し示す。


 示された場所には、小さな椅子と机が用意されており、どうやら座るように促されているようだ。


 取り敢えず、指示に従う事にした俺は、何も言わずに椅子に座った。


 大人用の椅子なので、足先が床に付かないが、まぁ、不満を言える立場では無いだろう。


「客だ、茶を持ってこい」


 低く、そして短く告げた男は、相変わらず不機嫌そうな表情のまま、対面の椅子に腰を下ろした。


 男の指示を聞いて、クリュエル達は互いに顔を見合わせると、視線で無言の戦いを繰り広げ始めた。


 戦いの結果、アーゼンが圧し負けたのか、ドスドスという足音を立てながら部屋を出て行く。


 扉が閉まり、唐突に訪れた沈黙の中、俺と男は睨み合う。


 男にとって、今の俺はどんなふうに見えているのだろうか。ただの生意気なガキだろうか。それとも、戯言を喚き散らすガキだろうか。


 どちらにしろ、話を聞いてくれるようなので、俺の方から切り出してみる。


「アンタ、名前は何て言うんだ?」


「知ってどうす……」


「ウィーニッシュだったっけ? こいつの名前はカーズよ。ったく、アンタ本当に面倒くさいわね」


 答える気を見せなかったカーズの言葉を遮るように、シェミーが面倒くさそうに告げた。


 近づいて来る黄色いモフモフを一瞥したカーズが、鼻筋にしわを寄せているが、俺は見なかったことにする。


 カーズがいら立ちを引っ込めるまで待ち、俺は改めて話を切り出した。


「まず初めに。俺はアンタの……モノポリーの仲間になるつもりは無い」


「ちょ!? ニッシュ!?」


 緊迫する空気の中で、俺の右肩にしがみついていたシエルが、慌てたように声を漏らす。


 対するカーズは、顔色一つ変えることなく呟いた。


「そんなことは知っている。で、話はそれだけか?」


「いや、ここからが本題だ。仲間になるつもりは無いけど、ハウンズを倒すことには賛成してる。だから、手を組もう」


 俺がそう言い終えた時、先程出て行ったアーゼンが、小さなお盆を手にして戻って来た。


 そうして、ぎこちない仕草でテーブルの上にお茶を並べて行く。


 かなりボロボロなカップを手に取った俺は、微かな躊躇いを覚えながらも、一口啜った。


 紅茶の仄かな甘みが、緊張で乾ききっていた喉を潤してゆく。


 胸元を過ぎて行く温もりを味わった俺は、深呼吸をして意を決すると、相変わらず黙り込んでいるカーズに向けて告げる。


「これを言うと失礼だと思うけど、なぜ未だにモノポリーはハウンズに勝てていない?」


「ガキが! さっきから黙ってれば、好き勝手言いやがって! ぶっ殺すぞ!」


 俺の言葉に激昂したのか、壁に背中を預けて立っていたアーゼンが手にしていたお盆を放り投げ、こちらに向かって詰め寄ってくる。


 が、彼の怒りをカーズが妨げた。


 今にも俺に殴りかかろうとするアーゼンに向けて、カーズが手を伸ばすと、それに従うようにシェミーが動いたのだ。


 以前見た時と同じように、膨張を始めたシェミーが、見る見るうちにアーゼンを包みこみ始めたのだ。


「ぐっ……くそっ! ボス! 離しやがれ!」


「……短気は直せと言ったはずだぞ? 少しそのまま話を聞いていろ」


 黄色いモフモフの中から頭だけを出すという滑稽な状態で拘束されたアーゼンは、憮然とした表情のまま黙り込んだ。


 それでも睨みつけて来るアーゼンの視線をなるべく見ないようにして、俺は話し続ける。


「正直、個々の戦力だけで言えば、モノポリーの方に軍配が上がるはずだ。それは間違いないだろ?」


 カーズに向けて言いながら、俺は今までの戦闘の事を思い返す。


 ハウンズから送られてきた刺客の戦闘力と、クリュエル達の戦闘力の差は、今日見たばかりだ。


 まだハウンズが本格的に俺達を襲撃していない可能性を指摘されれば、まぁ、何とも言えないが。


 それを加味したとして、これだけ猛者が揃っているモノポリーでも、簡単に勝ち越せない理由があるはずなのだ。


 そして、俺はその秘密に心当たりがあるし、恐らく、カーズも知っている。


「ハウンズの最大の武器は、組織としての規模だ。それは大量の兵隊って意味でもあるし、物資力や金銭力って意味でもある。だろ?」


 送られてきた刺客達のことや、奴隷として働いていた頃の記憶を、俺は総動員する。


 あまり詳しいわけでは無いが、ダンジョンで集めた様々な物資は、大量に集められ、毎日のようにどこかに送られていたのだ。


 それだけのことが出来るだけの人員や交易手段を、奴らが持っているのは想像に難くない。


 だが、それだけの物資や人員を動かすのに、大量の金銭は欠かせない筈だ。


 だからこそ、俺はこうして、カーズに取引を持ち掛けに来たのだ。


「フェニックスの能力は、ハウンズにとって必要不可欠なものだ。だから俺達は、全力でハウンズからヴィヴィのことを守り抜く。同時に、アルマのことを助け出す。その間、俺達がモノポリーの邪魔をすることは無い。モノポリーはただ、好きなだけ暴れてくれれば良い。こんなところでどうだ?」


「……」


 ハウンズ対モノポリーの戦場から、ヴィヴィやアルマを排除することが出来れば、ハウンズの勢いが削がれるのは言うまでも無いだろう。


 そして、両者の対立が激しくなればなるほど、俺たちに向けられる矛先が少なくなる。


 お互いに悪い条件ではないはずだ。


 と、俺の条件を聞いて考え込んでいたカーズは、深く息を吐くと、問いを並べ始めた。


「お前らがフェニックスを守り切れる根拠は? もう一つ、助け出せる根拠は?」


「……俺は普通の人間じゃない。それは知ってるよな。それと、ヴァンデンスっていう男が、俺たちに手を貸してくれる。そいつは光魔法を使うから、潜入にかなり役立つはずだ。ある程度の作戦も、既に考え始めている」


 俺は畳みかけるようにそう告げると、視線に力を込めてカーズを見つめた。


 そんな俺の目を、カーズは凄みながら睨みつけてくる。


 俺の言葉を吟味しているのだろう。しばらく考え込んだカーズは、おもむろに口を開くと、話し始めた。


「良いだろう。ただし。二つ条件を付け足してもらおう」


 そう言ってゆっくりと腰を上げたカーズは、膨張したままのシェミーを一撫でした。


 撫でられたシェミーは、「やっと解放されたわ」とぼやきながら、元の姿に戻ってゆく。


 同じく解放されたアーゼンも、動かせるようになった腕や脚を伸ばしながら、元居た壁の付近に戻って行った。


 そして、カーズが一つ、指をパチリと鳴らすと、部屋の扉がゆっくりと開いて、一人の男が中に入ってくる。


「一つ、そいつをお前らの所に連れて行け。名前はゲイリーだ。潜入作戦に組み込んでも良い。ただし、定期的に報告に戻らせる」


 フードを深々と被っているその男は、部屋の中に入ったかと思うと、カーズの前に跪いた。


 顔は今のところ見えない。


 何とか見れないものかと、俺が目を凝らした時、カーズがもう一つの条件を告げる。


「もう一つ、トルテという男を殺せ。いつでも良い。お前がお前の手で、殺せ」


「は? なんで……」


 理由を問いかけようとした俺は、次の瞬間、口を噤んだ。


 カーズの前に跪いていた筈のゲイリーが、いつの間にか俺の目の前に現れ、喉元にナイフを突きつけて来たのだ。


「っ!?」


「ゲイリー、止めろ」


 カーズの制止を聞いてナイフを引いたゲイリーは、何も言うことなくその場にしゃがみ込み、カーズの方に頭を下げる。


 その様を一瞥したカーズが、ぼそりと告げたのだった。


「一つ教えておこう、ゲイリーの兄はお前に殺されている」


「……俺、が?」


 突然の話で混乱しかけた俺だったが、ふと、とある場面を思い出した。


 それは、マーニャが凍らされた後、暴走した俺がアーゼン達と戦っていた時の事。


 モノポリーのメンバーと思われる男を一人、俺は確かに、殺してしまっている。


 ごくりと飲み込んだ唾が、酷く苦く感じられた俺は、無意識のうちに眉をひそめたのだった。

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