第62話 大きな変化

 話し合いを終えた俺達は、日が落ちてしまうのを待つと、暗闇に閉ざされた平原を西に向けて全速力で走り抜けていた。


 メンバーは全部で4人だ。


 その内の3人は、モノポリーのメンバーだという事に、多少の危機感を覚えはするが、仕方がないだろう。


 先頭を走るのは、刺客達を謎の方法で仕留めたクリュエル。


 その次が、ドレス姿のメアリー。


 両手でドレスを抱えながら走っている彼女の様子は、かなり滑稽なのだが、当人はいたって真面目なのだから、触れないでおこう。


 彼女の後ろを俺が走っており、最後尾を、スキンヘッドの男が走っている。


 アーゼンという名のこの男は、暗やみでも視認できるほどの眼光を俺に飛ばしてきている。


 恐らく、俺が逃げ出さないように見張る役目を担っているのだろう。


「もう少しで着くわね」


 肩に掴まった状態でぼそりと呟いたシエルが、前方を指差した。


 指し示された前方に目を向けた俺は、少しずつ近づいているゼネヒットの街灯りを観察する。


 傍から見れば、ゼネヒットから逃げ出した時に見た光景とそれほど変化があるようには見えない。


 もちろん、街が燃えている訳では無いのだが、同時に、街が完全に機能を失っているようにも見えないということだ。


 話合いの中で聞いた内容だと、現在のゼネヒットはモノポリーとハウンズの対立が激しさを増しており、非常に危険な街になっているとのこと。


 正直、勝手に争っててくれと思いたいところなのだが、完全に無視を出来るような状況でもないだろう。


 言ってしまえば、ヴァンデンスが予想していた通りの状況になっているというわけだ。


 と、そんなことを考えていた俺は、前方を走っていたクリュエルが足を止めたのを見て、同じように足を止めた。


 身を屈め、周囲に視線を投げ掛けた彼女は、軽く手で合図をしたかと思うと、南西の方に針路を変更する。


 モノポリーの縄張りが街の南側に集中していると言っていたので、まず間違いなく、南門を目指しているようだ。


 彼女の後に続いた俺達は、しばらく走ると、南門の前までたどり着いた。


「そう言えば、俺達がゼネヒットから逃げ出したのも、南門だったなぁ……」


「しっ! 黙りなさい!」


 思わず呟いてしまった俺をたしなめるように、メアリーが睨みつけてくる。


 いや、これは確実に、私怨が入ってるだろ。


 と思った俺だったが、もちろん、そんなことを口にはしない。


 黙ってうなずいた俺は、聳えている門を見上げながら周囲を見渡す。


 街を囲っている壁の上には、当然ながら見張りの人間がいるのだろうが、俺たちに反応を見せることは無かった。


 完全に見張りの機能が奪われているのか、もしくは、南側はモノポリーが占拠しているのかもしれない。


「よし、行くぞ」


 考え事をしていた俺を急かすように、クリュエルが声を掛けてきた。


 その指示に従うように、門の横の通用口を通って街の中に入った俺は、街の様子を一目見て、思わず足を止めてしまった。


 曲がりなりにも街として、正常に機能していた時の様子とは、大きくかけ離れてしまっている。


 まず、一番大きな違いと言えば、通りを阻むバリケードがいたるところに設置されていることだ。


 恐らく、ハウンズの侵入を阻む目的なのだろう。


 デタラメに集められた素材で作り上げられたそれらのバリケードを、一般人が通過するのはそれほど簡単では無いだろう。


 かといって、風魔法で飛び越えるのも、それほど容易ではなさそうだ。


 と言うのも、それを見越したかのように、建物の屋根を凌ぐ高さの櫓が幾つも建てられており、当然のように見張りも居るのだ。


 なんなら、建物の屋根の上にも見張りのような人影を複数確認できる。


「どうなってんだよ……」


「おい、止まるな。速く進め」


 立ち止まって呟いた俺の背中を、アーゼンが勢いよく小突いた。


 無骨なガントレットで小突かれると非常に痛いので、すぐに歩き出した俺だったが、落ち着きを取り戻したわけでは無い。


 少し考えれば分かる事だ。


 ゼネヒットの南半分とは言え、これほどのバリケードや櫓を作り上げてしまうのは、そう容易い事ではない。


 きっと、こうやって南半分を占領してしまうことを、あらかじめ計画していたのではないだろうか。


 それだけの計画力と実行力を、モノポリーは持ち合わせている。


「ニッシュ……あれ……」


 街の様子に俺が呆気に取られていた時、何かを見つけたのか、シエルが路地の方を指差した。


 何事かとそちらに目を向けた俺は、薄闇の中にぼんやりと見える影を目にし、咄嗟に口を覆った。


「っ……」


 暗がりの壁に、何者かが磔にされているのだ。


 恐ろしいのはそれだけではない。


 磔にされている人物の周辺に大勢の人間が集り、皆で石を投げている。


 情け容赦のない勢いで投げられているそれらの石は、磔にされている人間の身体に当たると、鈍い音を立てて地面に転がる。


「あぁはなりたくねぇだろ? なりたくねぇなら、俺達の敵にならねぇことだ」


 俺達の視線に気が付いたのか、背後からアーゼンが声を掛けて来る。


 どこか得意気にそう告げるアーゼンに、恐怖を感じた俺は、何も返事をすることが出来なかった。


 しばらく黙ったまま歩き、案内されるままにボロボロの建物に入った俺達は、両開きの扉の前で足を止める。


 恐らく、険しい表情をしているであろう俺の顔を一瞥したクリュエルは、躊躇することなく扉をノックした。


 一瞬、沈黙が訪れる。


 その沈黙が延々と続くのかと思い始めたその時、部屋の中から聞き覚えのある甲高い声が響いてきた。


「はいはい! 開いてるわよ! ほら、アンタが何も返事しないから、皆を待たせてるじゃない! ったく、これだから寡黙な男は嫌いなのよ」


 声が聞こえるや否や、扉を開けたクリュエルはゆっくりと部屋の中へと入って行く。


 その後に続いて部屋の中に消えて行ったメアリーを見送った俺は、アーゼンに突き飛ばされるように、部屋の中に足を踏み入れた。


 危うく床に転がりそうになりながらも、何とか踏ん張った俺は、ゆっくりと視線を上げる。


「あら、これはこれは、珍しいお客じゃない? それとも、敵かしら?」


「……」


 部屋の中にいたのは、ニタニタと笑みを溢して俺達を見るシェミーと、一人黙々と筋トレをする傷の男。


 そしてもう一人、木製の椅子に腰かけた老齢の男。


 なんとも言えない空気が部屋の中に漂い始めた時、クリュエルが淡々と告げる。


「ボス。お話したいことが……」


「俺はフェニックスを掻っ攫ってこいと言ったはずだ……」


 クリュエルの言葉を遮るように、傷の男が口を開く。


 そうして、ようやくトレーニングをやめた男は、明らかに不機嫌そうな視線を、俺に向けたのだった。

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