061 例の全力少年。
サイクロプスがその腕にまだ力を込めず、エインズを煽るように笑う。一方のニーナは正気が抜けたような、絶望の眼差しをエインズ達に向けていた。
「エインズ様、守る為の全力、今こそ発揮するべきです。ジタ様の仲間でしたら、なおの事ニーナ様を傷つけようとするのはジタ様への裏切りです」
「ジタさんはきっとこんな事を許す魔族じゃない。こいつらが魔王やジタさんの命令じゃなく勝手にやってるのなら、もっと許せない。無抵抗な奴を殴るつもりはないけど、これがもしパフォーマンスじゃない、本気だって言うなら全力で止める」
エインズはチャッキーを地面に降ろして攻撃の態勢を取る。剣の柄を握るのではなく、わざと柔らかく作られている小手も外して素手をサイクロプスへと向ける。
「小手を外して降参か? 降参したら助けるなどと誰が言った? 抵抗して殺されるか無抵抗で殺されるかの違いだ」
「確認したい事が2つある」
「なんだ命乞いのお替りか? 聞くだけ聞いてやろう」
見た目は武器を捨てたただの少年。その風貌は決して強そうでもなければ狡賢そうにも見えない。
だから魔族は忘れていたのだ。自分達の背後で先ほどまで木がなぎ倒されていた事を。
「1つ、これが人族向けの演出じゃないのなら、ニーナや俺を殺すってのは魔王やジタさんの指示か」
「ジタ様を連れ戻すのは魔王様の指示だ。その後何をしようが俺達の勝手だろう」
「2つ、俺たちが脅威だから殺すのか、それとも殺しを楽しむために殺すのか」
サイクロプスはいったん言われた事を把握する為に静止し、そして周囲のものと一緒に大げさなほど笑い出した。一方のニーナはエインズが怒っている事に気付き、怖がる事をやめた。どう無事に着地するかを考え始めたようだ。
「こりゃおかしい! こんなガキが脅威? 魔王様も何でこんなガキを恐れて俺たちを寄越したのか。人族の言う事は誇張が過ぎる」
その答えを聞いて、エインズはふうっ息を吐き、そして拳を構えなおした。足元ではチャッキーも姿勢を低くして攻撃の態勢を取っている。
1体の魔族が後方からエインズたちの頭上を飛んで逃げていったが、もうエインズはそんな事を気にはしていなかった。
「ジタさんへの裏切り、そしてニーナを攫った事、絶対に許せる事じゃない。たとえここで負けると分かっていても、ジタさんが悲しまないようにニーナの救出はさせてもらう!」
「ほう、許さない? 俺たちがどう許されないのか、見せてもらおうじゃないか」
「力加減も出来ない駆け出しのソルジャーだって、負けられない戦いはあるんだ! 魔族がどれだけ強くても、全力で立ち向かわなくちゃいけない時があるんだ!」
「そうかそうか。負けて絶望の味を知ればいい。せいぜいその猫と一緒に猫パンチでも1撃喰らわせてくれ」
サイクロプスは多勢に無勢だと思い込み、ニーナを投げ捨てるように地面に落とした後で自身も拳を構える。
「ニーナ様、エインズ様の後ろに」
よろけ、腕を押さえながら、ニーナはエインズのすぐ傍まで来る。ニーナはエインズが持ってきた鞄から銃を取り出し、不意打ちを狙う魔族の牽制をしようと、後方へ銃口を向けた。
「ニーナ、全力で戦わなきゃきっと勝てない」
「あー……分かってる。私も腕前を披露するいい機会だわ」
「でも、こんな事言うのは甘いと思うんだけど、仲直り出来そうな魔族とはやっぱり戦いたくない」
「ジタさんが悲しむからって事よね、分かってる。エインズのそういう性格はもう分かってる。私の援護は動きを止めるためと思って。襲ってこない魔族は撃たないわ」
エインズもニーナも、悪者を完膚なきまでに成敗し、煽るように見下ろす性格ではない。悪者だから痛めつけていいとも思っていない。
そんな事をすればきっとどんなに正しいことをしようと、立場が違うだけで今相手している魔族と同レベルにまで堕ちる。
だから攻撃してこない魔族は狙わない。ジタという魔族の友人……いや、友魔と言うべきだろうか? とにかく知り合いが出来たなら尚更だ。それを2人と1匹はしっかりと確認し合った。
「死ぬ前のお祈りは終わりか? そんな華奢な体と装備、俺がぶん殴って終わりだ!」
サイクロプスが胸の前で拳を突き合わせてポーズを取り、エインズ達に向かって突進を始める。その距離僅か30メータ程だ。ニーナは背中をエインズに預け、38口径のリボルバーで、動き始めた魔族の足元へと威嚇射撃を行う。
「いくぞ!」
エインズが体を捻って拳を脇腹付近で構え、溜めを作る。向かってくるサイクロプスや、その後ろの有象無象へと一気に拳を突き出し、膝蹴りのように片足を上げ、掌底打ちの如く手を開いた。
「ファイアァァァ!」
物理攻撃ではなくファイアなんだ……とニーナが拍子抜けしたのはさておき、その火力は誰も想像していなかった。
「あああぁァァァァ!」
サイクロプスを中心として半径10メータ程に収まったのは幸いだが、驚くべきはそれが火球ではなく火柱となっていることだ。
地上数百メーテまで届くかというほどの炎は、上空に暗闇の中でも判るほどの黒い煙の渦を作る。炎に巻き込まれた魔族の断末魔はエインズたちや周囲の魔族の耳をつんざく。
「ゥアァァァ熱い熱い!」
「アアアアァァァァ!」
一方、エインズが一体何をしているのか気になるものの、ニーナは反対を向いて魔族に当たらないように発砲し、1体でも多く降参を誘おうとしていた。
だが、急に真夏でも感じたことのないような熱気に襲われ、ニーナの背後がやけに明るくなる。おまけに魔族は襲い掛かる素振りも見せず、ポカンと口を開けて空を見上げて静止してしまった。
「な、何……?」
不審に思ったニーナがゆっくりと振り返ると、そこには口をポカンと開けたままのエインズとチャッキー、そして何かの間違いだと思うような、空へと立ち登る炎の柱があった。
「はっ!? エインズ、燃えちゃう! 森が燃えちゃう!」
「あ、あっ! そうだ、ウォーター!」
エインズは自分が放った魔法に唖然としていたが、ニーナに声を掛けられ我に返り、消火の為に水魔法のウォーターを唱えた。
だが全力、咄嗟の判断とくれば、当然加減などしていない。
「あああエインズ! エインズ止めて! 洪水になっちゃう!」
「ま、待って! そんなにピタリとは止められないよ!」
「蛇口じゃないんだからパッと止めなさいよ! あー……見るも無残」
エインズの放った水は前方へ広がり、炎に巻かれた魔物、巻かれていない魔物、その全てを綺麗さっぱり洗い流してしまった。
「どうしよう、怒られるかな」
「誰によ。……さあ後ろのあんた達、まだやる?」
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