038 例のパーティー、魔王子に案内される。



* * * * * * * * *





 ジュナイダ共和国。


 温暖で過ごしやすいガイア国の北東に位置し、気候面では夏でも涼しく冬は厳しいが訪れる。周囲を鋭くとがった山々に囲まれた農業及び観光の国である。


 標高500メータほどの国境からなだらかな丘が始まり、少しずつ傾斜がきつくなり始めると、ガイア国からの玄関町とも言える町に着く。その頃には標高も1200メータを超え、もっと内陸へと進めば標高2000メータの町や村もある。


 西端の幅細い部分に位置するため、縦断にそんなに時間は掛からない。そこから少し北へと下ればもう特別自治区だ。


「結構高いところまで来たわね。夏でもそこまで暑くないってのが救いだけど。見てよ後ろの景色! 国境の砦があんなに下の方に見えるわ!」


「観光に来たみたいな気分になるね。ソルジャーってお得だなあって思う」


「お得? どういう事?」


「だって、ソルジャーっていうちゃんとした仕事なのに、仕事しながら観光が出来ちゃうんだから」


「効率的かつ合理的なご職業と言えますね。賢い選択をなさったと思いますよ、エインズ様、ニーナ様」


 恰好だけはソルジャーだが、気分は完全にハイキングだ。これから魔王城を偵察しに行くなどという雰囲気は微塵も漂っていない。


 明らかに新人といった風貌、そしてリュックサックには猫が入って頭を出している。まさかこんなパーティーが魔族と対峙するつもりだなどとは誰も思わない。


「もうちょっと登れば町が見えてくるぜ。小さい町だけど俺は気に入ってるんだ。時々1人でうろうろしたりもする。村で作られるチーズや肉料理が人気なんだとよ」


「へえ……ジタさん何でも知ってますね! もしジタさんがソルジャーだったら一緒にパーティー組んでもらいたかったなあ」


「いやあ……さすがにそれはまずいかな。俺が魔族を相手にするってなると色々困る事になるんだ」


「お家の人が厳しいんですか?」


「ん~、まあ……そんなとこかな」


 エインズの尊敬の眼差しが眩しすぎて、ジタは上手くはぐらかしながらもむず痒い嬉しさを隠すことが出来ない。


 実は魔王の息子だと名乗った時、ソルジャーがどんな反応を示すのかは想像に容易い。居心地の良さを感じたせいか、結局ジタは自分の身分を明かさないと決めたようだ。


 精霊という存在は苦手だが、不思議とチャッキーには嫌悪感がなかった。少し触れるとそのもふもふ感がたまらず、ジタは時折チャッキーの頭を撫でたりもしていた。


 あのファンシーな自室を持つ親にしてこの子あり、と言ったところか。


 途中で休憩をはさみ、3人と1匹は少しずつ日が陰り始めた高原での最後の休憩と言って街道横の岩場に腰かけた。岩自体は真っ黒だが、これが白ければ羊と勘違いしたかもしれない。そんな長閑な景色の先に、魔族の領域があるなどとは想像もつかない。


「あ、ねえ! この先に建物が見えるわ! 時計塔……いえ、鐘かしら。町が近いってことね」


「ああ、あれが高原の町マイルだ。あと1時間くらいで着くと思うぜ」


「坂道は続くし、休憩なしだとちょっときつい距離ね。あ~足が痛い」


 エインズにとってはこんな坂どうという事はない。スキップですぐにたどり着いてしまうくらいの道のりでしかない。けれどエインズは旅全般において移動のペースはニーナに合わせている。


 どの程度歩いたら「疲れるべき」なのかが分からないエインズは、ニーナを無理させたくなかった。おまけに自分が1人で旅をする時が来たら、周囲の者に合わせる練習にもなる。


「いつか、俺も疲れた~って言って息を切らしたり、足を揉んだりする日が来るんだ。疲れる……力を制御して初めてそれが分かるんだ。はやく疲れたいな」


「そうですね。他の者たちのように『お疲れ様です』言われて頷ける日もきっと近い事でしょう」


 疲れてみたい……それは決してニーナやジタへの挑発や皮肉ではない。彼にとっての単なる憧れだ。そんな訳の分からないやり取りに対し、ジタは魔族らしい捉え方をしたようだ。


「ん? どうした、憑かれたいのか? お前はもう十分憑かれてんじゃないのか」


「えっ、いや、今は休憩していますけど、別に疲れたとかそういう事じゃないんです」


「いやいや、精霊がお前にしっかり取り憑いてんじゃねえか」


 ジタに指摘され、エインズはチャッキーをじっと見つめる。エインズは精霊に取り憑かれていると言われてハッとし、チャッキーとどちらが目を丸く出来るのか競うように見開く。


「そうだ、そうだよチャッキー! そういう意味で言えば俺はもう生まれた時からずっと憑かれてたんだ! やったよチャッキー! いつも憑かれてたんだ! 言葉の響きは一緒だから間違いじゃない!」


「お憑かれ様でございます、エインズ様。ああ、わたくしは今まで『お憑きの物』として、ずっとエインズ様のお役に立てていたのですね。こんなに喜ばしい事が身近にあったなんて」


 決して怪談をしている訳ではない。冗談を言っているつもりもない。ただ、自分が「つかれた」に該当している事に喜んでいるだけである。


 第三者から見れば全く理解不能な事だが、エインズにとっては他人と一緒である事は嬉しい事だ。


「もう。聞いてる私がどっと疲れちゃうわ。ジタさん、この緊張感の無さがエインズなの。本当に強い子なんだけど、ちょっと常識とかそっち方面は……弱いというか。ソルジャーがみんなこんなって訳じゃないの」


「いいじゃねえか、こんな害のなさそうなソルジャーなら歓迎だぜ。それよりこの辺は夜になると魔物の死体が彷徨い歩くっていう言い伝えがあるらしいんだ」


「ま、魔物の……アンデッドだ! えっ怖いんだけど」


「ああ。1人で歩いているはずなのに、ふと後ろの暗がりから足音が……」


「キャァァァーー!」


「うわぁぁ! 駄目、夜寝られなくなります! もう寝られる自信無いです!」


 耳を塞ぐ間もなく始まったジタの怖い話に、ニーナとエインズはこの世の終焉でも見たかのような顔で絶叫する。震え上がり、岩から降りて自分の背後を何度も確認しては「いないよね」と呟いている。


 まだ話のほんの導入部分だけを喋っただけなのにこの怖がりよう。


 魔族は人族の恐怖心が何よりのご馳走であり、同時に生きていくために必要な要素だ。普通の食事だけでは気力が失われてしまうのだという。


 2人の怯えをすかさず掬い取ったジタは、これ以上ないくらいに満たされ、2人を時々怖がらせようと決めた。

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