第24話 夢見草②
「校長室に行ってたってことは、この前の事件のことかな」
八尋たちは生徒会室に着き、柊が空いていたパイプ椅子に座りながら言う。
「はい。危険な目に遭わせて申し訳ないって校長が言ってました」
「へー、あの人も謝ることあるんだ。意外」
「誠と同じようなことを言わないでください」
誠の言葉に柊が笑っていると、貴一が呆れるように柊を止める。
呆れているが柊自体を嫌ってはなさそうな貴一を見て、先輩同士のある種の信頼感があるのかと八尋は柊と誠、貴一のやりとりを見ながら思った。
そして柊は八尋たちの方に向き直り、表情を固くする。
「冗談は置いといて。みんなが巻き込まれたのは俺のせいだよ。発端は俺が学外活動やろうなんて言ったからだし」
深刻な面持ちでその先を言おうとする柊を、貴一が待ったと止める。
「先輩まで謝らないでください。周りが思うほど、俺たちは深刻に考えていません」
「そうなの?」
「どこかの二年生たちはいい経験になったと言っているくらいなので」
貴一がエリナと涼香に視線を送ると、涼香が力強くピースサインを向け、その後ろでは小さくエリナがうなずいていた。
それを見て表情が緩んだ柊に、八尋の横にいた恭平も続けて柊に言う。
「逆に、俺たちがいたから事件が解決できたって思ってください!」
「……そう思っておこうかな。じゃあ、そんな頑張った後輩みんなに、俺からの差し入れ」
柊は持っていた箱を長机の上に乗せる。
それは誰がどこからどう見てもケーキを入れるための箱で、表には筆記体でその店の名前であろう文字が書かれていた。
それは間違いなく甘いものだと理解した八尋とあかりは目を輝かせる。
箱の中には、定番のショートケーキからチョコレートケーキ、さらにはプリンやエクレアなど、色とりどりのミニサイズのケーキが詰められていた。
見るからに高級そうなケーキに、八尋たちは感嘆の声を上げる。
「こんな高級そうなのいいんすか!?」
「俺は食べたことないけど、前に仕事した時のスタッフさんが美味しいよって教えてくれたから買ってみた」
「超有名店のケーキとは……桃姫のお兄さん、やりおる」
涼香の言う通り、それは名前を聞けば誰でも知っているような有名店で、気軽に八尋たちが買えるようなものではなかった。
ケーキを見ながら思い思いに話す八尋たちの目の前に、涼香がドンと立ちはだかる。
「ここは公平に、正々堂々じゃんけんで決めるしかないよねっ!」
「あたしは残ったのでいい」
「俺もだ」
「ちょいちょいお二人さん。ノリ悪いぞ〜!」
盛り上がる八尋たちにのうしろで黙っていたエリナと貴一、窓際で傍観していた凌牙を涼香が手を引いて無理やり集め、有名店のケーキを賭けたじゃんけん大会が始まった。
勝った順に好きなケーキを選んでいくことになり、一番に勝利した凌牙は箱の前で立ち尽くす。
「灰谷、まだ迷ってんのか?」
「ちげぇよ。腹減ってねぇからパス」
「なんと! んじゃ、凌ちゃんの分も一緒にもーらい!」
二番目に勝利した涼香が凌牙の分も選ぼうとしたところ、横から誠に腕を掴まれる。
「待て、ここは会長の特権で俺がもらう」
「なにをっ! そこはかわいい後輩に譲ってください!」
「じゃあ、間をとって今回活躍した俺が!」
涼香と誠の間に恭平も割り込み、自分の分を確保する前にやいやいとあまりのケーキを巡って言い争っていた。
その間に三番目に勝った八尋が、箱に並ぶケーキを見てどれにしようと悩み始める。
するとそのうしろから、そっとあかりに声をかけられた。
「赤坂くん。帰りに時間あるかな?」
あかりの問いにおとといのことかなと、八尋はなにも疑うことなくうなずいた。
その後生徒会は解散し、八尋たちも学校を出て駅に向かう。
柊は大学の友人と会う予定があると足早に去り、恭平は急きょバイト先に呼ばれたらしく、全速力で帰っていった。
「学校でケーキを食べる日が来るなんて思わなかったよ」
「うん。それにとっても美味しかったね」
先ほどのことで盛り上がっていたが、八尋はふとあかりと二人きりになっていることに気がつく。
「ちょっとだけ寄り道しない?」
いたずらっぽく笑うあかりは、入学式の頃のよそよそしさはすっかり消え去っていた。
「も、もちろん!」
八尋は淡い期待を必死に振り払い、いつも別れる駅を通り過ぎていく。
少し歩くと川沿いに桜の木が並んでおり、二人はそれを見ながらゆったりと歩き続ける。
入学式の頃は満開だったであろう桜は、すでに散って葉桜になっていた。
しかしそれは新緑の季節が訪れるのを期待させる風景で、二人は日がかげり始めた道を歩く。
小さな橋に着いたところで八尋は立ち止まり、あかりの方に向き直る。
「あの、おととい電話に出られなくてごめんね! あのあと疲れて寝ちゃってて!」
「ううん、私も時間を考えずに連絡しちゃったから全然気にしないで」
笑顔から一転して引き締まったあかりの表情に、八尋も思わず背筋が伸びる。
「赤坂くん、あのとき助けてくれて本当にありがとう。赤坂くんが来てくれなかったら、私は今ここにいないかもしれない」
大げさだと八尋は言いかけたが、自分たちが駆けつけなかったらもっと大変な未来になっていたのかもしれない。
八尋は考えることなく、思ったことをそのまま口に出す。
「桃園さんが無事で本当によかった。俺なんかが桃園さんを助けられたなら、異能力を鍛えた甲斐があったかも」
「ありがとう。赤坂くんたちのおかげだから、そんなに謙遜しないで」
眉を下げて笑うあかりに、八尋もつられてふにゃりと笑う。
「私ね、実は誰にも言ってなかったことがあるの」
その言葉に八尋はドクンと胸が高鳴る。
あかりが誰にも言っていないことはなんなのか。それを自分に言うことはつまり、と八尋は淡い期待を抱く。
「私ね、医療魔法士になりたいの」
「医療魔法士?」
「異能力の魔法でケガを治す人のこと」
八尋の予想する言葉ではなかったが、初めて聞く言葉に思わず聞き返した。
あかりは風に揺れる葉桜を眺めながら続ける。
「魔法の魔分子操作で治療をするんだけど、きちんとした方法が確立してないからか、まだ世界で数人しかいないの」
「そんな職業があったんだね」
「うん。私もお兄ちゃんからその話を聞いてね。私も魔法が使えるからいつかなれるかなってずっと夢見てたの。でも、現実味がないって言われるのが分かってるから、誰にも言ったことがなかったんだ」
話し終えたあかりは儚げな表情で川のせせらぎに視線を移す。
「でも、なんで俺にそんな話を?」
「赤坂くんが日常を守るために守護者になるって言ってたでしょ? それを聞いて、私も頑張らなきゃって思ったの」
それはあかりの本心から出た言葉だった。
自分の言った言葉があかりを突き動かすなんて、八尋はいまだに信じられなかった。
「私の夢、応援してほしいな」
照れくさそうに笑うあかりは八尋を見つめ、それが今の八尋にはたまらなくまぶしく感じた。
(あぁ、俺……)
——桃園さんのことが好きだ。
八尋が以前から抱いていた気持ちが、たった今確信に変わった。
最初は、ただの憧れる存在だったのかもしれない。
入学式では頭がよくてかわいくて、絵に描いたような理想の女の子だと思っていた。
そこから恭平を通じて知り合い、クラスは違えど昼食を食べたり、一緒に帰ったり、時には異能力のことを教えてもらったり。
そうして次第に、八尋はあかりに対する想いが膨らんでいった。
心のどこかであかりを好きなのかもしれないと思っていたこともある。
だが、恭平があかりを好きだと知っていたために、八尋はどこか一歩引いていた。
しかし、あの事件でなによりもあかりを助けることを先に考え、頭より先に体が動いていた。
あのときに言った大切な人というのは、それはおそらくあかりのことだった。
そこで八尋は無自覚に、あかりへの想いを口にしていた。
とてもまっすぐで優しくて、でもときどき一人で抱え込んでしまうこともある。そんなあかりを守り、一番近くでその夢を応援したい。
「どうしたの?」
あかりが小首を傾げ、八尋は無心でずっと見つめていたことに気がつきあわてて目を逸らす。
あかりへの想いを自覚した途端、八尋にはあかりの一挙一動すべてが輝いて見えていた。
「桃園さん!」
「は、はい」
この気持ちをあかりに伝えたいと、八尋の口が自然とあかりの名前を呼ぶ。
そのときひときわ強い風が吹き、あかりの長い髪がなびく。
その瞬間はまるで少女漫画の一ページらしく、八尋は時が止まったかのように感じていた。
好きです、付き合ってください。
短い間に頭の中でシミュレーションをして、八尋はあかりへの想いを口にする。
「あの……これからも、俺と仲よくしてください!」
八尋の口から出た言葉は、自分の思考とはまったく異なる言葉だった。
「え?」
あかりも予想していなかったのか、丸い大きな目をぱちくりとさせて八尋を見つめていた。
恥ずかしさに耐えきれなくなり、八尋は橋にもたれかかってうずくまる。
(なんでそんなことを言ったんだ、いい雰囲気だったのに俺のバカ!)
八尋は数秒前の自分を人生の中で一番うらんだ。
下を向いている八尋の顔はこれ以上になく真っ赤で、恥ずかしさからあかりの顔を見られなかった。
あかりはしゃがんで八尋の名前を呼ぶ。
「私でよければ、これからもよろしくね」
それが告白の返事だったらどんなによかったかと、八尋はうつむいたまま火照る頬を押さえた。
八尋は恥ずかしさを振り払い、顔を上げてあかりと視線を合わせる。
「あの、明日約束してたカフェに行かない!?」
「明日?」
「うん! 俺は約束したあの日からずっと楽しみにしてた! でも、またいつ行けなくなるか分からないから、行けるときに行きたいなって!」
八尋はしゃがんだまま、あかりにまくし立てる。
あかりは思考が追いついていないのか、ポカンとした表情で八尋を見つめていた。
「大丈夫、かな?」
「もちろん」
急に冷静になった八尋がおそるおそるあかりに尋ねると、あかりは優しくほほ笑んだ。
またちゃんとしたタイミングでこの気持ちを伝えよう。
それまではあかりとの思い出をたくさん作ろうと八尋は心に決めた。
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